※高城未来研究所【Future Report】Vol.760(2026年1月9日)より

今週は、スリランカにいます。
この数年、南インドとスリランカへ何度も渡航しながら、最新の遺伝子から見るアーユルゲノミクスと古典的アーユルヴェーダ医療の両方を学んでいます。
スリランカに来るたびに感じるのは、ここでは「医療」という言葉が、近代社会で使っているそれとは、まったく異なる重心を持っていると都度感じます。
患者を診断してとにかく病名を名付け、目先の症状を抑え、数値を正常範囲に戻す。そうした行為が中心にあるのではなく、「その人がどのように生き、どのようなリズムで世界と関わっているか」を調律することが、医療の本質として据えられています。
これは単なる思想の違いではなく、時間の捉え方そのものが違うと言ったほうが正確かもしれません。
近代医学は、ある意味で非常に優秀です。戦時に予算が大量投入されたこともあって、感染症、外傷、救急医療、手術、画像診断、分子レベルでの介入など急性期に大変強く、その精度とスピードは、疑いようもなく人類を救ってきました。
しかし同時に、慢性疾患、原因不明の不調、メンタルヘルス、老化、そして「未病」と呼ばれる領域に対しては、必ずしも万能ではありません。
むしろ、そこにこそ現代人の苦しみが集中しているように見えます。
アーユルヴェーダは、その真逆の地点から世界を眺めています。
病名よりも体質、数値よりも傾向、短期的な改善よりも長期的なバランス。
各人が生まれながらに持っている性質と、環境や生活によって生じるズレを区別し、その差分をどう埋めていくかを考える。
この構造は、実は最新のゲノム科学やエピジェネティクスがようやく言語化し始めた世界観と、驚くほど重なっています。
そこで、注目すべきはアーユルゲノミクスで、簡単に言えば「遺伝子情報を用いて、アーユルヴェーダ的体質論を再解釈する試み」です。
何千年も前に、観察と経験だけで構築された体質分類が、現代の遺伝子解析によって裏打ちされつつあります。
これは、古代の叡智が正しかったという単純な話ではありません。
むしろ、人間という存在を理解するためには、テクノロジーだけでも、伝統だけでも不十分であり、その両者を重ね合わせた地点にしか真実は現れない、ということを示しているように思います。
スリランカのアーユルヴェーダ医師たちと話していると、誰もが各人によって異なる遺伝子変異に大変興味を持ち、特に若い医師たちは驚くほどデータ志向でもあります。
脈診や問診といった伝統的手法を重視しながらも、血液検査や画像データ、最近ではウェアラブルデバイスの数値にも強い関心を示す。彼らにとって重要なのは「どの方法が正しいか」ではなく、「その人を理解するために、何が役に立つか」なのです。
この柔軟さこそ、現代医療が最も学ぶべき点かもしれません。
一方、日本や欧米では、健康が大規模マーケティングによって、どんどん「商品化」されています。サプリメント、健康食品、デバイス、アプリ、検査、トレーニングやヨガに至るまで。
選択肢が増えるほど、人はかえって迷い、自分の体の声が聞こえなくなる。
数値が良くなれば安心し、悪くなれば不安になる。しかし、その数値が「自分にとって何を意味するのか」を理解している人は、実はほとんどいません。
ここで重要になるのが、「平均値からの逸脱=異常」という近代的発想を、一度手放すことです。遺伝子レベルで見れば、人間は驚くほど多様で、そもそも完全な平均など存在しません。
にもかかわらず、一律の基準に自分を当てはめ、そこから外れると不安になってしまいがちです。
この構造そのものが、慢性的なストレスを生み出している原因のひとつになっているのは間違いありません。
アーユルヴェーダでは、「正解」は人の数だけ存在します。
同じ食事が薬になる人もいれば、毒になる人もいる。同じ運動が活力を与える人もいれば、消耗させる人もいる。重要なのは、自分の身体が何に反応し、何に疲弊するのかを知ることです。
スリランカの朝は早く、日の出とともに人々は動き出します。湿った空気、強い日差し、ゆっくりとした時間。
ここでは、自然のリズムに逆らうこと自体が不調の原因になると考えられています。夜遅くまで働き、人工光に囲まれ、季節を感じずに生きる。
それが当たり前になった現代社会において、この感覚はほとんど失われています。
テクノロジーは敵ではありません。しかし、使い方を誤ったり利便性に溺れれば、人間の感覚を鈍らせる道具にもなります。
だからこそ、僕は最先端のデータと、最も原始的な身体感覚を、同時に扱う必要があると常々考えています。
数字を見るが、数字に支配されない。理論を知るが、理論に縛られない。そのバランスこそが、これからの時代の「本当の健康」なのではないでしょうか。
スリランカでの学びは、単なる医療や健康の話にとどまりません。
それは、「どう生きるか」という問いそのものに直結しています。
効率や成果だけを追い求める生き方から、調和や持続性を重視する生き方へ。外側の評価よりも、内側の静けさを基準にする生き方へ。
そうした価値観の転換が、今、世界中で静かに始まっているように感じます。
偉大なるSF作家アーサー・C・クラークが愛した、小さな緑溢れる島国スリランカ。
おそらく100年前の日本も、このような自然と呼吸が整う「美しい空気感」溢れる島国だったんだろうな、と考える今週です。
それにしても、気候変動が目立ちます。
本来乾季なのに雨が続き、地球規模で自然と言うOSが壊れてしまったと、心底実感しています。
高城未来研究所「Future Report」
Vol.759 2026年1月2日発行
■目次
1. 近況
2. 世界の俯瞰図
3. デュアルライフ、ハイパーノマドのススメ
4. 「病」との対話
5. 大ビジュアルコミュニケーション時代を生き抜く方法
6. Q&Aコーナー
7. 連載のお知らせ
高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。
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