岩崎夏海
@huckleberry2008

岩崎夏海「本・映画のリコメンド」より(その1)

スーツは「これから出会う相手」への贈り物 

 

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みなさんは、服について真剣に考えたことがあるだろうか?

恥ずかしながら、ぼくは30代の後半になるまで、あまり考えたことがなかった。というより、服をちょっと軽視しているところがあった。

高校生の頃、ぼくは自意識がとても強かった。自意識が強い人間は、周囲の目を気にする。ぼくは、誰が見ているわけでもないのに、いつも周囲の目を気にしていた。

そして、その頃のぼくが最も怖れていたのは、「かっこつけてる」と思われることだった。ぼくは、「かっこつけることほどかっこ悪いことはない」と思っていた。だから、「かっこつけてる」と思われるのが本当に怖かった。

かっこつけていると思われるのを怖がったぼくは、自然と無難な服しか着ないようになった。その頃は、ジーパンにネルシャツ、冬は上にセーターを着る――というのが定番だった。トレーナーを着ることもあった。いわゆるオタクのような格好をしていた。そうして、とにかく目立たないよう目立たないよう心がけていたのである。

そんなぼくにとって、20代半ばに出会ったGAPや、30代で出会ったユニクロは福音だった。これこそぼくのためにある服だと思った。いずれも定番であるため、着ていても目立たない。それでいて質が良く、しかも値段が安い。特にユニクロが流行するようになってからは、ぼくはそれしか着なくなった。

余談だが、「ファイナルファンタジーXI」というオンラインゲームを遊んでいたとき、「ユニクロ装備」というジャーゴンがゲーム内で流通していた。「ユニクロ装備」とは、「安価で買えるがそれなりの性質を持っている」という意味である。

オンラインゲームでは、装備が悪いとプレーの質が落ちるため、誰かと一緒に遊ぶときは、それに気を遣う必要がある。そこで変な装備をしていると、白い目で見られるのである。

そのため、ある程度の装備をする必要があるのだが、そこで他人から「まあこれだったらいいか」と最低限認めてもらえる装備のことを「ユニクロ装備」といっていたのだ。

ここで「ユニクロ」というのは、「手に入りやすい」という意味と同時に、「性能がいい」ということも意味していた。そんなジャーゴンに使われるほど、ユニクロは、手に入れやすくはあっても、けっして恥ずかしい服ではなかったのだ。

そうして30代の後半まで、ぼくはある種の自信を持って、ユニクロ一辺倒でやってきた。ところがそこで、転機が訪れる。職務の変更に伴って、仕事場でスーツを着なければならなくなったのだ。

ぼくは最初、これに抵抗を覚えた。それは、クリエイターとしてのみみっちいプライドからだ。スーツというのは、日本においては会社員の記号のようなところがあるので、クリエイターたる自分には相応しくないと思ったのだ。

しかしながら、職務には逆らうこともできず、渋々スーツを着始めた。すると、スーツというのはある種の制服のようなところがあるので、それを着ているとちっとも目立たなかった。そのため、もともと服で目立つことが嫌いだったぼくは、これがいっぺんで気に入った。そうして、今までスーツを着てこなかった自分の不明というものを、大いに恥じたのである。

さらにぼくは、自分自身がいつの間にかつまらないプライドに縛られていた――ということにも気づかされた。というのも、まずスーツを着るのを嫌がったということが、つまらないプライドによるものだった。それに、かっこつけていると思われることを嫌がったことも、いつの間にかプライドとなって、ぼくの心の中に垢のようにこびりついていた。

何のことはない、かっこつけてると思われるのを嫌がることが、すでにかっこつけているということになっていたのだ。ぼくは、自分でも気づかないうちに、自分が最もかっこ悪いと思うような人間になっていたのである。

それで、すっかり改心した。そこからはコペルニクス的転換で、これまでの態度を180度あらためて、服装に気を遣うようになったのである。これまでとは違って、かっこつけるようになったのだ。

かっこつけるようになったぼくは、いろんなことに気づかされた。

まずは、人はそもそも、ぼくがかっこつけてるかどうかなど気にしていない――ということだった。つまり、ぼくが「かっこつけていると思われると嫌だな」と考えていたのは、自意識過剰の杞憂に過ぎなかった。

もう一つは、それでもかっこつけていると、他者が喜んでくれる――ということだった。

スーツを着こなすようになってから、ぼくは、他者から服装について言及されることが多くなった。ユニクロのときは服のことについて何も言われなかったのが、スーツになると、ちゃんとしてますねとか、かっこいいですねと褒めてくれるようになったのだ。

そこで気づいたのは、ちゃんとした服装というのは、相手に対して好印象を与えるということだった。そしてぼくは、これまで相手に好印象を与えることができずにさんざん苦労させられてきたので、「好印象を与えるというのはこんなにも簡単だったのか」ということに目を見開かされた。

服装に気を遣うということは、相手に好印象を与えるという意味で、これほどコストパフォーマンスの良いことはない。人格で相手に好印象を与えるのは至難の技だが、服装でそれを与えるのは誰にでもできるとても簡単なことなのだ。だから、本気で相手に好印象を与えようと考えたら、服装に気を遣わない手はないのである。

そうしてぼくは、ますます服装に気を遣うようになり、その知識をさらに深めようと、服についての本を読むようにもなった。そんなときに読んだのが、この一冊である。

スーツの適齢期

この本は「王様の仕立て屋」という、ぼくがやっぱり服を勉強する上で参考にしているマンガのアドバイザーを務めている片瀬平太さんという方が書いたもので、そこでは、服装――特に男性がスーツを着こなすことの意味について、詳しく書かれている。

この本の中で、ぼくは、ぼくの目を見開かされるような言葉と出会う。それは

「男の場合、自分のために装っているうちは、年はどうあれ、まだ子供だ。誰かのために、その場のために、ふさわしい装いを整えることができるようになって、はじめて大人といえる」

というものである。

それでぼくは、着飾るということは、ぼく自身のためではなく、相手のためなのだという考えを、初めて知ることができたのだ。そのためこれ以降は、相手のためだと思うことで、思う存分かっこつけることができるようになったのだ。

 

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岩崎夏海

1968年生。東京都日野市出身。 東京芸術大学建築科卒業後、作詞家の秋元康氏に師事。放送作家として『とんねるずのみなさんのおかげです』『ダウンタウンのごっつええ感じ』など、主にバラエティ番組の制作に参加。その後AKB48のプロデュースなどにも携わる。 2009年12月、初めての出版作品となる『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(累計273万部)を著す。近著に自身が代表を務める「部屋を考える会」著「部屋を活かせば人生が変わる」(累計3万部)などがある。

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