名越康文
@nakoshiyasufumi

名越康文メールマガジン 生きるための対話(dialogue)より

「常識の毒」を薬に変える

※名越康文メールマガジン「生きるための対話(dialogue)」号外 Vol.089(2014年12月01日)より

 

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常識を打ち破れ!

いつの時代も、この世界には「常識を大切にせよ」というメッセージと、「常識を打ち破れ」というメッセージの両方が存在してきました。もちろん公には、非常識な振る舞いを戒め、常識に沿った生き方が推奨されていることは言うまでもありませんが、その一方で、「常識を打ち破れ」というメッセージもまた、私たちの周りにはあふれているのです。

「常識に囚われない非凡な発想」がなければ新しい商品、新しいビジネスは生まれない、とか、「大会社のサラリーマンになるのではなく、独立して、自由な働き方を模索せよ」とか、「常識的な結婚観や家族観に囚われず、自分なりの生き方を見つけよう」など……。こうした「常識を打ち破れ」というメッセージは、古今東西、繰り返し、繰り返し語られてきたものです。

さて、では常識というのは守るべきものなのか、それとも、打ち破るべきものなのか。どちらなのでしょうか?

僕のカウンセリング経験を振り返ってみると、確かに「常識」という枠組みによって苦しんでいる人というのは少なくないだろうと感じます。学校や会社に毎日、決められた時間に通うこと、結婚し、家族をつくること、お金を稼ぎ、家族を養うこと……さまざまな常識や規範からこぼれ落ちることへの恐怖心が強いストレスとなり、追いつめられてしまう人というのは、いまでもたくさんおられるはずです。

そういう意味では、僕は「常識を打ち破れ」というメッセージに賛成です。少なくとも、常識の枠に自分を無理に押し込めて苦しんでいる人には、常識から解き放たれることは重要な一歩となると考えています。

というのも、僕たちは一人ひとり、個性を持って生まれて来た存在だからです。それを常識の枠に押し込めてしまうことは、ひとつの才能をつぶすという意味で社会的な損失だと思いますし、その人が充実した人生を送るためにも、大きなマイナスになってしまうでしょう。

ただ、だからといって、ただ常識を無視すればそれで済むほど、話は簡単ではありません。常識とのつきあい方というものをきちんと学ばなければ、僕らは結局は、生まれ持った個性を十分に活かすことができない。実は僕は、そう考えているんです。

 

常識という名の着ぐるみを着こなす

そもそも、その時代ごとの常識とか規範にピッタリとあてはまる人というのは、実は一人として存在しません。言い換えれば、どんな人にとっても常識というのは窮屈なものなのです。

誰にとっても窮屈な「常識なるもの」を、あなたはどのように使いこなすのか。一言で言えば、僕たちが常識について考えるべきことは、これに尽きます。

喩えて言えば、常識というのはこの社会で生きていくための「着ぐるみ」のようなものです。どれほど常識的に見える人であっても、生身の姿でこの社会で生きているわけではありません。その人はおそらく、「地肌」と見間違えてしまうぐらいに「常識という着ぐるみ」を見事に着こなしているだけです。後ろに回れば、きっとチャックがついているし、そのチャックをおろすとその下には、常識からはほど遠い、「その人自身」の姿が顔を見せる。そういうことだと思うのです。

「常識とは着ぐるみである」ということは、知っている人にとっては改めて指摘するまでもない、当たり前の事実です。

でも世の中には、そのことを知らないまま、常識との折り合いをつけられずに苦しんでいる人がたくさんいます。「自分自身」を無理矢理「常識」の枠組みにあわせようとして、潰れかけている人は、一度、常識というものを「自分」から切り離して、それを演じるようにしてみてください。それだけでも、ずいぶん息苦しさがなくなるはずです。

 

圧倒的変態性を守るために

人間というのは、一人ひとり異なる個性を持って生まれてくる。こう言うと「そんなの知っているよ」という人も少なくないでしょう。でも、「一人ひとりが異なる個性を持っている」という事実は、とんでもなく恐ろしいことなんです。そのことに気づいている人は、とても少ない。

想像してみてください。あなたがふと、家族の机の引き出しを何の気なしに開けたら、そこにロシアのマトリョーシカ人形がギッシリと詰まっているのを発見したら、きっとぞわっと総毛立つような恐ろしさを感じると思うのです。

変な喩えですいません。でも、自分がまったく理解も共感もできないような感性を他人の中に発見するというのはそれくらい、気味の悪い体験なのです。

「ああ、あなたと私は違うね」という程度では済まない、途方もないギャップが他者と自分との間には存在している。それは、互いが互いの本当の姿を知ったら、驚きのあまり失神してしまうぐらいの「違い」なのです。

では、それほどに異なる他人同士が、曲がりなりにもコミュニケーションを取ることができているのはなぜなのか? 実はそれこそが「常識」の機能であり、力なのです。一人ひとりが「常識」という名の着ぐるみを着ているからこそ、互いに大きく異なる人間が、手をつなぐことができる。

これは、人類文明が進化の過程で生み出した、ひとつの発明なのだと思います。もしもこの「常識」という着ぐるみがなければ、世界にあふれる70億の異なる個性は、想像を絶するような混沌を生んでしまうことでしょう。

 

自分だけの確信

僕らは一人ひとり、自分の内側に誰からも理解されない「圧倒的変態性」を抱えて生きています。常識というのは、この「圧倒的変態性」を覆い隠すためのベールです。

よって、「常識を大切にする」ということと「個性を認める」ということは、まったく矛盾することはありません。というよりも、自分の中にある圧倒的変態性、すなわち一人の人間としての個性を守り、育てていこうとするのであれば、誰よりも常識的な振る舞いを身につけることが求められるのです。

世の中には、政治や社会問題、あるいはアートや文学について気軽に「自分なりの見解」を述べようとする人がいます。しかし、本当の意味での個性というのは、そのようにすぐに言葉にして、誰かに理解されうるような次元にはありません。本当の意味での「あなたの言葉」というのは、自分以外のあらゆる他人からの理解を拒絶してしまうような、圧倒的変態性としてしか存在しえないものなのです。

簡単に言葉で表現できたり、ましてや他者から理解されたりするようなものは個性なんかではありません。それは往々にして、どこかで小耳にはさんだ他人の考えであり、他人の感情に過ぎないのです。

個性とは「私はこう感じている」という、孤独だけれど、しかし強固で揺るぎない感覚のことです。世界中で自分以外の誰もが「違う」と感じていても、一辺の疑いもなく「こうだ」と確信できること。自分の中にある圧倒的な確信こそが、本当の意味での個性といえるものなのです。

 

 

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名越康文
1960年、奈良県生まれ。精神科医。相愛大学、京都精華大学客員教授。 専門は思春期精神医学、精神療法。近畿大学医学部卒業後、大阪府立中宮病院(現:大阪府立精神医療センター)にて、精神科救急病棟の設立、責任者を経て、1999年に同病院を退職。引き続き臨床に携わる一方で、テレビ・ラジオでコメンテーター、映画評論、漫画分析など様々な分野で活躍中。 著書に『心がフッと軽くなる「瞬間の心理学」』(角川SSC新書、2010)、『毎日トクしている人の秘密』(PHP、2012)、『自分を支える心の技法 対人関係を変える9つのレッスン』(医学書院、2012)、『質問です。』(飛鳥新社、2013)、『驚く力 さえない毎日から抜け出す64のヒント』(夜間飛行、2013)などがある。 名越康文公式サイト「精神科医・名越康文の研究室」 http://nakoshiyasufumi.net/

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