名越康文
@nakoshiyasufumi

名越康文メールマガジン 生きるための対話(dialogue)より

カバンには数冊の「読めない本」を入れておこう

df988be9aa1e3351cad324877441dd7b_s

限界を超えるから人は伸びる

人生の中で「限界を超える」経験を時々しておくこと。これは、けっこう大切なことなんです。それは別に、周囲から評価されるようなことじゃなくてもいい。自分なりに何か、「限界を超える」テーマを持っておくのがいいんですね。

僕は以前、10分も正座できなかったのに今は30分を超えるぐらい正座ができるようになりました。これって、他の人からしたらどうでもいいことです。でも、僕にとっては、この経験によって、たくさんの勇気をもらうことができた。自分の限界を超える体験っていうのは、勇気がふつふつと、湧き上がってくるものなんです。

限界を超える、といっても別に、めちゃくちゃきついことなんてやる必要はありません。例えば「とにかくゆっくり動く」なんていう、ちょっと変わったテーマにチャレンジしてみてもいい。目の前にあるコーヒーコップをとって口に運ぶというのは、普通だったら数秒でやってしまう動作ですよね。それをあえて、2分ぐらいかけてゆっくりとやってみる。たった数十センチ手を動かすということを、ゆっくり丁寧にやる。これもある意味では「限界を突破する」ということです。

 

歯ごたえのある読書

「限界を超える」という観点からみると、「読書」というのは非常におもしろいツールだと思います。というのも、本って、簡単なものから難しいものまで、一般的なものからマニアックなものまで、バリエーションが豊かですよね。だから、ある人にとっては簡単に読める本でも、自分にとってはけっこう歯ごたえがあるということがいくらでもある。そうすると、どんな人でも、いくつになっても、「これを読めば私は自分の限界を超えられそうだ」と思える本というのはあるんですよ。

普段は自分が読みたい本、読める本を読んでいればいいんだけど、ときどき、「限界を超える読書」というのにチャレンジする。

古典とか、名作のリストを探れば、必ず自分の読解力とか教養では「ちょっと大変だな」と感じるような本を見つけられるでしょう。そういう本をいつも一冊、カバンに忍ばせておく。そして、気が向いたときにそれにチャレンジする。一回にほんの数ページ、あるいは数行でもいいんです。そうやってチャレンジして、少しでも限界を超えた感覚を得られれば、それが心の中で勇気の種になっていく。それを積み重ねておくと、人生の中で時折やってくる「きつい場面」を乗り切るとき、すごく力になってくれるんです。

そういう意味でも、本っていうのはすごいポテンシャルを持っていると思います。単に「情報が詰まった箱」ではない。本を、単に「情報を得る手段」だと本気で思っている人がいたら、その人はきっと、いくら本を読んでも成長することができない人だと思います。「人を成長させる読書体験」というのは、自分の理解を超えた内容を前に立ちすくみ、ページをめくっていくことすらできないような混乱状態にたたき落とされた、まさにその瞬間にあるわけですからね。

最近、僕のカバンにはだいたい1-2冊は空海の本が入っています。空海の本は、僕にとっては途方もなく難解です。自分の意識レベルを通常よりも何段階も上げていかないと、文字を追うことすら苦痛です。そういう意味では、僕の読解力や理解力の限界をはるかに超えた本なんです。まったく身の丈にあっていない。でも、そんな難しい本でも、1時間ぐらい集中して読んでいると一瞬、「あ、いま読めた!」と思える瞬間がやってくる。

別の言い方をすれば、「限界を超える本」というのは、読み手に、心と身体をいつも以上に整えておくことを要求する、ということかもしれないですね。ある種、「読み手のコンディション」を要求するような本を読むことが、その人を成長させる読書になるんじゃないかと思います。

 

「親切な本」には気をつけよう

最近の本は、書き手もわかりやすく書くし、編集やレイアウトもレベルが上がっているので、とにかく読みやすいですよね。そういういわば「親切」な本は便利なものですが、一方で、そういう親切な本を読んでいるだけでは、読書によって得られる効用というのは、大袈裟じゃなく、半減してしまうんじゃないですかね。

一度読んでも、ほとんどまともに内容が入って来ない本。その本を読むために、1時間ぐらいウォーミングアップして心身の状態を整えておかなければならないような「不親切な本」。そういう本を、ぜひ見つけてみてください。

そういう「不親切な本」に1日1回、それこそ「1行」でもいいからチャレンジしてみてください。「本が要求する心身の状態」というのがわかってくると、そうやって「読もうとすること」「チャレンジすること」によって、勝手に心がすっと落ち着いてきます。

読書というのは、そうやってある意味「背伸び」することによって初めて人を成長せしめるんですね。情報を取り入れるだけの読書(それはそれで、もちろん意味がないわけではありません)ばかりを積み上げて「年に●●冊読んでいます!」といっても、それによって人が成長する、ということはありえないのです。

 

ジャンルはなんでもいい

本のジャンルや時代、作家にこだわる必要はありません。ただ、強いて言えば発行からある程度時間の経った本がいいでしょうね。歴史を重ねて生き残っている本や言葉には、力が宿っています。歴史の淘汰を生き残る「力」というのは、決して「わかりやすい」ものには宿らないのです。誰にでもわかるものほど一瞬にして消え去り、多くの人がその真意を誤解してしまうような難解な本ほど、長く読み継がれる。

数学の世界では何百年も解けないような難問があるそうですが、人を成長させてくれる「名著」というのはそれに似ています。そこには別に、誰もがわかるような「答え」が書いてあるわけじゃない。だからこそ、読み継がれている。

こういう「限界を超える読書」を習慣化しておくと、いろんな副産物が得られます。心が落ち着いて来て、だんだんと「人の話」を聴くのが上手になってくる。僕らは普通、他人の話の7割を聞き逃し、残りの3割を誤解してしまいますが、こういう読書に取り組むようになると、3割ぐらいは相手の話に素直に耳を傾ける、ということができるようになる。

自分の理解の枠組みを超えた「わかりにくいもの」にしっかりと長い時間向き合うように読む、という訓練によって、僕らは初めて、自分とまったく感性の異なる「他人の話」に耳を傾けることができるのです。

いくら本を読んでも、どんなに素晴らしい教授の講義に耳を傾けても、何一つ学ばず、まるで成長しない人もいます。そういう人は常に自分の枠組みの中でしか、人の話を聞くことができません。

もちろん、「自分の枠組み」を持たない人などこの世にはいません。誰だって枠はあるし、枠に囚われています。しかし、自分が枠に囚われているということを知っているか、知っていないか、どのような枠に囚われているかが見えているか、見えていないか、ということは大きな違いです。

自分がどんな枠に囚われているかということを知るのは、辛いことです。自分の偏狭さ、自分のちっぽけさに嫌気が指してしまいそうになることもある。しかし、その「苦しさ」をどれだけ感じているか、ということこそが、後々の大いなる解放に向かって学ぶことの価値なのです。

ぜひ、自分がわからない本を読みましょう。僕のカバンにはいつも、空海の本が入っています。たまにしか開きませんが、必ず、開くことは忘れないようにしたいと思っています。そうやって空海に挑むことこそが、僕を成長させてくれるという確かな実感があるからです。

 

名越康文メールマガジン「生きるための対話(dialogue)

2015年7月6日 Vol.103 目次

00【イントロダクション】「他人に支配されない人生」のために必要なこと

01【近況】類人猿分類(『ゴリラの冷や汗』)がブレイクした理由/「考える」とは何か
02【コラム】カバンには数冊の「読めない本」を入れておこう
03カウンセリングルーム
[Q1]勝ち負けと怒りについて
[Q2]恋愛が面倒です
[Q3] やりたいことが多すぎてひとつに選べない
04精神科医の備忘録 Key of Life
・悪口を言うと運気が悪くなる
05講座情報・メディア出演予定
【引用・転載規定】

※購読開始から1か月無料! まずはお試しから。
※この号をバックナンバーとして購入する

sign

名越康文メルマガ「生きるための対話」のご購読はこちらから

 

「ガイアの夜明け」で大ブレイク!名越康文監修の性格分類「類人猿分類」を絵本で学ぶ

ゴリラの冷や汗』大好評発売中!

 

ape_cover_shop

4つの力が チームを動かす

13期連続2桁増収、6期連続増益。
急成長する食品スーパー「エブリイ」。
従業員の個性を活かす人事の秘密はネットで話題の「類人猿分類」だった!

我々は、組織が一人ひとりの人間に対して位置と役割を与えることを、当然のこととしなければならない。(ピーター・ドラッカー)
仕事は仲間をつくる(ゲーテ)
全ての人には個性の美しさがある(ラルフ・ワルド・エマーソン)

古来、多くの賢人や成功者が「チームワーク」の重要性を説いてきました。しかし異なる個性を持つメンバーの強みを活かし、弱みを支えあうことは容易ではありません。本書ではウー太、ゴリ平、チー助、ボノちゃんの4人による心温まるストーリーを通して、人間が持つ個性の違いと、チームワーク向上のヒントを学びます。創造性あふれる一匹狼のクリエイターも、チームを引っ張るリーダーも、生真面目な管理者も、明るいムードメイカーも、本書を読み終えた瞬間から、仕事や対人関係の持ち方に大きな変化が現れることでしょう。

gori

 

amazonで購入する

名越康文
1960年、奈良県生まれ。精神科医。相愛大学、高野山大学、龍谷大学客員教授。 専門は思春期精神医学、精神療法。近畿大学医学部卒業後、大阪府立中宮病院(現:現:大阪精神医療センター)にて、精神科救急病棟の設立、責任者を経て、1999年に同病院を退職。引き続き臨床に携わる一方で、テレビ・ラジオでコメンテーター、映画評論、漫画分析など様々な分野で活躍中。 著書に『「鬼滅の刃」が教えてくれた 傷ついたまま生きるためのヒント』(宝島社)、『SOLOTIME~ひとりぼっちこそが最強の生存戦略である』(夜間飛行)『【新版】自分を支える心の技法』(小学館新書)『驚く力』(夜間飛行)ほか多数。 「THE BIRDIC BAND」として音楽活動にも精力的に活動中。YouTubeチャンネル「名越康文シークレットトークYouTube分室」も好評。チャンネル登録12万人。https://www.youtube.com/c/nakoshiyasufumiTVsecrettalk 夜間飛行より、通信講座「名越式性格分類ゼミ(通信講座版)」配信中。 名越康文公式サイト「精神科医・名越康文の研究室」 http://nakoshiyasufumi.net/

その他の記事

太古から変わらぬ人間の身体と変わりゆく環境の間を考える(高城剛)
「新聞を読んでいる人は、政治的、社会的に先鋭化された人」という状況について(やまもといちろう)
大麻ビジネス最前線のカナダを訪れる(高城剛)
PTAがベルマーク回収を辞められないわけ(小寺信良)
孤立鮮明の北朝鮮、どうにもならず製薬会社にハッキングして見抜かれるの巻(やまもといちろう)
視力回復には太陽の恵みが有効?(高城剛)
「コロナバブル相場の終わり」かどうか分からん投資家の悩み(やまもといちろう)
50歳食いしん坊大酒飲みでも成功できるダイエット —— “筋肉を増やすトレーニング”と“身体を引き締めるトレーニング”の違い(本田雅一)
シュプレヒコールのデジャブ感—大切なのは、深く呼吸をすること(名越康文)
失ってしまった日本ならではの自然観(高城剛)
殺人事件の容疑者になってしまった時に聴きたいジャズアルバム(福島剛)
シーワールドがシャチの繁殖を停止。今の飼育群を「最後の世代」にすると決定(川端裕人)
人生の分水嶺は「瞬間」に宿る(名越康文)
空間コンピューティングの可能性(高城剛)
日本が世界に誇るべき観光資源、温泉について(高城剛)
名越康文のメールマガジン
「生きるための対話(dialogue)」

[料金(税込)] 550円(税込)/ 月
[発行周期] 月2回発行(第1,第3月曜日配信予定)

ページのトップへ