※岩崎夏海のメルマガ「ハックルベリーに会いに行く」より
「今、なぜ本が売れないのか」という問題への鋭い洞察
佐渡島庸平さんの『ぼくらの仮説が世界をつくる』という本を読んだ。これは、最近では最も夢中になって読んだ。なぜなら、ぼくが今突き当たっている問題について、鋭い洞察を投げかけてくれていたからだ。そこで今日は、その本の内容と、思ったことについて書きたい。
佐渡島さんは、編集者だ。そして、編集者の仕事をこう定義している。
「作家の頭の中をパブリッシュする」
これは、作家の考えの面白さを最善の形で顧客に届ける——という意味だ。そこで良好なビジネスを構築し、作家が面白いことを考え続ける環境を整える。それを、自らの仕事と任じている。
なぜそれを任じるようになったかといえば、そういう役割が現在では不足し、なおかつ求められている——と感じたからだろう。佐渡島さんは、編集者として講談社に勤務する中で、徐々にそういう実感を得ていった。そして、大手出版社にいたのではそれがなかなか果たしづらくなったと考え、独立してエージェントを始めたのだ。
佐渡島さんがそういう考えに至ったきっかけには、出版不況があるだろう。今、本が本当に売れなくなった。しかしながら、その内容は、昔に比べて遜色があるわけではない。むしろ、昔より面白いものが、昔より売れない。
だとしたら、売れないのは内容のせいではなく、他に要因があるはずだ。佐渡島さんは、それを「出版というビジネス形態」にあると考えた。そのため、本以外の方法で、何か顧客にアプローチし、三方よしになれるようなビジネスを考えようとしたのである。
現在は、まだそのビジネスモデルを構築したとは言い難いが、それを徐々に構築しているところだという。はっきりとではないが、それなりに手応えをつかんでいるところだそうだ。
かつて書店は知的好奇心を満たす「オアシス」的存在だった
これは、ぼくの問題意識にも通じる。ぼくも、『もしドラ』(『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』)を出してから6年間、ずっと出版業界を見続けてきたが、本は確実に、そして大幅に売れなくなった。内容に関しては、『もしドラ』に遜色ないものを出し続けてきたという実感はあるので、やはり本というビジネス形態に魅力が薄れているのだろうと強く感じる。
それは、ぼくの中学生の頃の実感と照らし合わせると、なお如実に感じる。子供の頃のぼくにとって、書店というのは宝の山だった。砂漠のオアシスのようなところだった。
中学1年生のとき、タイに住んでいた。それで、日本語にすごく飢えていた、だから、毎日のように、バスで20分かかる日本の本を売っている書店に行っていた。そこで日本語の本を立ち読みすることで、飢えをしのいでいたのである。
さらに、日本では120円くらいの少年ジャンプが600円で売っていたのだが、それは毎週買っていた。買って、むさぼるように読んでいた。同じ雑誌を一週間、くり返しくり返し読んでいた。それくらいしないと、渇きが癒やせなかったのだ。
また、高校で筑波に住んでいたときは、自転車で片道40分かかる大型書店に、週に2回通っていた。そこは、夜9時までの営業だったので、行くときは夜ご飯を食べてから行っていた。そうしてやっぱり、閉店時間まで粘って、いろんな本を渉猟していたのである。
その本屋さんは、周りに何も建物がないところにポツンと建っていた。だから、自転車で行くと遠くからでもよく見えたのだが、その本屋さんの灯りが、ぼくにとっては砂漠のオアシスのように見えた。その本屋さんが見えてくると、自然とペダルを漕ぐ足に力がこもった。
今、そういう飢えを、本屋さんに感じなくなった。ぼくが感じないのだから、他の人はもっと感じないのだろうと思う。
本というのは、そういう中で売らなければならない。だから、ものすごく難しくなった。それゆえ、佐渡島さんは新しいビジネスを築こうとしている。そうして、かつて本にあったような飢えを、その新しいビジネスで構築しようとしているのだ。
本というものの価値、作家であり続けることの難しさ
ところで、こういう本を読むと思うのは、さっきとは逆のことをいうようだが、あらためて本というのはすごいなあということだ。何しろ、人が数十年かかって築いた知識や気づきというものを、惜しげもなくさらけ出してくれているからだ。これが1300円+税とは安すぎる。この中には、佐渡島さんという一人の人間の人生が詰まっている。これは、近藤麻理恵さんの『人生がときめく片づけの魔法』を読んだときにも感じたことだが、本は、その人の人生が詰まったものになると、ぐっと面白くなる。
しかし反面、こういう人生がぐっと詰まった本は、第二弾というのがなかなか難しくなる。これほどまでに惜しげもなく全部さらしてしまうと、もう書くことがなくなるからだ。
だから、こういう芸当は、本職の作家以外にしかできないだろう。佐渡島さんも近藤さんも、他に本職があるからこういう本を書けたのである。もう本を書かなくとも生活できる算段があるから出せるのだ。
そしてその分、いい本になっている。だから、本というのはあらためて難しいなと思った。そして作家というのはなおさら難しいと思った。いい本を継続して出すというのは、文字通り至難の業なのだ。
岩崎夏海メールマガジン「ハックルベリーに会いに行く」
『毎朝6時、スマホに2000字の「未来予測」が届きます。』 このメルマガは、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(通称『もしドラ』)作者の岩崎夏海が、長年コンテンツ業界で仕事をする中で培った「価値の読み解き方」を駆使し、混沌とした現代をどうとらえればいいのか?――また未来はどうなるのか?――を書き綴っていく社会評論コラムです。
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