「なぜ明智光秀は謀反を起こしたのか」。日本史上、最大のミステリーと言われ、既に語られつくした感のあるテーマですが、人事制度という観点から紐といていくと、意外な側面が見えてきます。
明智光秀のキャリアデザイン
そもそも、明智光秀という人はどのような人物だったのだろうか。実は前半生については記録があまり残っていないが、成年期以降に越前・朝倉氏、その後は流浪の将軍・足利義昭に仕え、やがて織田家に仕官したことだけははっきりしている。
この点からわかるのは、光秀は“忠誠心”とか“一所懸命”をアピールするタイプではなく、きわめて打算的かつ合理的な人物だということだ。キャリアデザインの大基本は「常に選択肢が増えるように行動する」ことだが、田舎大名→将軍家→いけいけどんどんの織田家という転職は、見事にその後の彼のキャリアの選択肢を広げているのがわかる。
もちろん、それだけの転職を可能としてきたからには、相当に優秀な人材だったのだろう。イメージ的には、スキルを売りに色々な会社を渡り歩くクールな年俸制社員に近かったと思われる。
一方、彼を中途採用した織田家の人事制度も、当時としては相当に変わっている。この時代、江戸時代や現代と違って転職は大らかで「七度主君を変えねば武士とは言えぬ」(七回くらい転職しないと一流の武士じゃないよね)と言われるほど優秀者は転職しているが、それでもやはり柱は代々の家臣団であり、そういう年功序列的要素は大事にされている。
ところが信長はまったくそういった点には無頓着で、実力のあるものをバンバン登用し、重要なポストに配置している。足軽出身の羽柴秀吉はもちろん、明智光秀、滝川一益、荒木村重といった有力武将はみんな中途採用組である。
その一方で、生え抜きだが無能な重臣は追放するなど、過酷な一面もみせている。要するに、「家老の子は家老」といった年功的運営ではなく、個人の職責に応じて処遇を決める職務給ということだ。ある意味、クールでドライな光秀にとってはとても居心地が良かったに違いない。
織田家成果主義の崩壊
ただし、織田家が中部、東海から近畿地方にかけてを制覇した段階から、徐々に状況が変わり始めた。もはや天下統一は時間の問題であり、安土城築城もそのための準備の一環だろう。だが、織田家が天下統一してしまうということは、転職先がなくなり、否応なしに終身雇用に組み込まれてしまうということだ。終身雇用では社員はトップに服従するしかないから、労働条件は大幅に悪化してしまう。ヨーロッパの労働者より年間400時間も多く働き、有給休暇は半分も使えない現代のサラリーマンが良い例だ。
そうなれば、恐らく中途採用エリートたちの処遇も大幅に切り下げられることになる。だって職務給なのだから、仕事が無くなったらカットされるのは当然だろう。かつて信長が父の代から使えた重臣たちを追放したように、今度は戦闘バカをリストラし、代わりに内政型エリートを登用するのは明らかだ。
光秀の謀反の理由については、昔から様々な説明がなされている。「将軍家や天皇家に対する忠誠心から信長を討ったのだ」というのが割とポピュラーな意見だが、前半生を見ても明らかなように、光秀は全然そういうタイプではない。(転職してから、元の上司である朝倉氏、義昭公と戦ってもいる)
むしろ現実はもっと単純で、常に一定の選択肢を残しつつ、就職先を選ぶという彼のキャリアデザインと相いれないから、というのが理由のように思える。端的にいうと「近い将来、大幅に賃金カットされるから、いま謀反するのは合理的」ということだ。
実は、そういう人は同時期、織田家の同僚で他に何人も出現している。荒木村重、松永久秀といった中途採用エリートがそうで、共に明らかに無謀とも思える段階で謀反を起こし、一族共に滅ぼされている。筆者は、荒木や松永といった一武将が天下をねらって謀反を起こしたとはとても思えない。彼らは織田家という独占的大企業への終身雇用がイヤだったのだろう。
こう書くと「ちょっとくらい辛かったり賃金カットされたって、生活が保証されるんだから悪い話じゃないだろう」と疑問に思う人もいるはず。でも、それは違う。世の中にはそれを素晴らしいと思う人と、耐えられないと感じる人の二種類がいて、少なくとも織田家は意図的に後者を採用してきたのだ。会社が上場して安定期に入ると独立しちゃうようなタイプばかり採用しているようなものだろう。
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