【読者からの質問】「周囲の人とフィーリングが合いません」
名越先生、メルマガ楽しみにしておりました。さっそくですが、ご意見をお聞かせください。
僕は会社の人たちとどうしても打ち解けることができません。以前の職場に年上が多かったせいか、あるいはもともとの趣味志向のせいか、周囲の人と価値観が合わず、まったく話が長続きしません。
ギャグ(ユーモア)を言う人もいるのですが、大概つまらなく、そういうのを聞くと「笑いを舐めてんのか」と思い、不愉快になってしまいます。表面だけ愛想笑いをするのですが、それを続けるのもキツくなってきています。
周りの人を見ていると、世の中、個人の能力よりコミュニケーション能力がすべてなんじゃないかと思えることすらあります。実際、「仕事が多少できんでも話が面白いほうがええ」と断言する人すらいます。その人いわく、失敗したり仕事が遅くても、仲間がいればカバーしてくれるんだ、というのですが、その基準でいえば、僕のような人間はダメだということになります。
おそらく職場を変わったところで、よほどフィーリングの合う人間が偶然いたりしない限りこのような状況がずっと続くと思います。僕はどうしたらよいでしょうか?
「わかってもらう」のは簡単ではない
【名越の考え】
僕も病院にいたころ、同じような気持ちを味わっていたような気がします。
「川のこちら側」が現世だとすれば、「川の向こう側」には、あなただけの世界がある。あなたの主義主張、個人的考えや大事にしている美意識に彩られた、精神世界があるわけです。あなたはそういう精神世界を持ちながら、川のこちら側で生きていかなくてはいけないのが苦しい、と感じて
おられるということだと思います。
まず必要なのは、あなたが自分のなかで育ててきた価値観や美意識、あるいは趣味というものが、世間とどれくらい距離のあるものなのか、どれくらい少数派なのかということを、きちんと自分のなかで認識されることが、大切な第一歩となりそうです。
あなたは本音のところでは、こう感じておられるのかも知れません。「私は世間一般よりもレベルの高い感性とか美意識をもっている」と。それはそれで仕方のないことだし、自分のなかにそうした思いを抱いている限りでは、まったく問題ありません。ただ、あなたの場合、どこかでそれを他人と共有したいという気持ちがあるために、苦しんでおられるのではないかと思います。
これは肝に銘じておいたほうがいいのですが、「川の向こう側」の価値観なんて、「川のこちら側」で生きている人には、そう簡単にわかってもらうことはできません。でも、あなたはそのギャップにイラついているように見受けられます。「いちばん大切にしているもの」、あるいは「いちばんとんがった部分」を他人にわかってほしい、という、やや我がままな欲求が自分の中に隠されていないか、一度自分の心の動きを見つめてみることが必要かもしれません。
その上で、もしあなたが自分自身の「わかってほしい」「認めてもらいたい」という気持ちと向き合うことができるなら、「川の向こう側」の価値観を言葉にして、文章に書く、あるいは話す、ということをお勧めします。それも、ただ単に書く、話すというのではなく、誰かに伝えるというミッションをもって行うことができれば、より効果的です。
たとえば僭越ながら精神科医、カウンセラーは、「どうしてもこの人に、このことを伝えなければならない」というミッションのもとで、仕事をしています。自分が感じていること、考えたことを、価値観を共有できない他人に、なんとか理解してもらわなければいけない、という場でずっと話し続けることによって、僕も「こちら側からあちら側へ」架け橋をかける、というスキルをおぼつかないながらも少しずつ身に着けることができました。あることを伝えるためにはどんな論理が必要なのか、どういう客観性を保てばいいのかということを、少しずつ学ぶわけです。
そういう意味で、単に個人的なブログで書くというよりも、仕事や役割として、誰かに教えたり、伝えたりという機会を継続的に作るほうがよいと思います。もしそういう立場にないとか、自分のタイプと合わないと思うのであれば、「ちょっとした趣味のサークルで、参加者に向って自分の考えを発表する」といった、小さくてもいいから「公の場」で自分の考えを伝える機会をつくるといったこともお勧めできます。
自分のなかにある、(どうも世間とはずれている)もやもやとした感覚のようなものを、どうにかして他人に伝える。そういうことを続けていると、案外、「川のこちら側」で生活しているときに、周囲の話に「なるほどね」と話を合わせながらも、ときどき「でも、僕はこういうふうにも思うんだよね」と、「川の向こう側」の見解を、「川のこちら側」でも通じる言葉で伝えることができるようになる。いわば“半公用語”が身についてくるんです。
						
						
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