茂木健一郎
@kenichiromogi

メルマガ『樹下の微睡み』より

僕が今大学生(就活生)だったら何を勉強するか

今なら物理学だけでは満足しない

僕は子どもの頃から、アインシュタインに憧れていました。それで科学者になろうと思い、高校生になってからはひたすら物理の勉強をしていたんです。大学院でも物理学を専門にしました。でもきっと今、僕が高校生や大学生だったら、物理学を志したかと言えば、疑問符がつきます。物理学の勉強はするとしても、物理学だけの勉強で満足できるとは思わないんです。

それでは実際に何を勉強するか。きっとコンピュータのプログラミングとシステム構築、そしてネット周りのことだと思うんですね。

でも今の大学生と話していると、案外、プログラミングなどIT関係のことを勉強している学生が少ない。これには正直、違和感を覚えました。なぜ彼らは今の世の中でもっとも面白いことを勉強しないのか。

それで事情を聞いてみると、まずIT関係の勉強というのは、「理系」の人がやるものだと思っているんです。

これはまったくの勘違いだと思います。プログラミングの勉強というのは、論理的な思考は使いますが、どちらかというと英語や中国語を勉強する感覚に近い。だから理系も文系もなくて、「言葉を学ぶ」という非常に一般的な学習なんですね。

それから、高校でも大学でも、実際にタメになるようなプログラミングの授業はほとんどないと言うんですね。コンピュータ関連の授業があっても「ダブルクリックのやり方」といったものだけで、まったく意味が無いという。

これは日本の教育システムも根幹的な問題ですが、今の大学や高校の授業で、タメになるITの授業を期待することは、難しいでしょう。というのも、プログラミングの能力などは、ペーパーテストで良い点を取れるということが「学力が高い」とする従来の学力観にうまく合致させることが難しいからです。

プログラミングでシステムを構築するということは、一つの作品を作り上げるようなものです。この出来不出来というのは、そう簡単には評価できません。

先日、面白い話を聞きました。

ある方の息子さんは筑波大学付属高校に通っているんですが、パロアルトの高校に一年間留学をしていたそうなんですね(パロアルトは、生前のスティーヴ・ジョブズや、フェイスブックのマーク・ザッカーバークなどが住んでいるシリコンバレー北部の街)。それで、そこからスタンフォード大学に行こうとしていた。

でも、スタンフォードに行くためにしなくてはならないことがあまりにも大変だというので、結局、楽な東大を選んだそうなんです。

要するに、シリコンバレー周辺では、学力観がまったく違っていて、東大に入るためにはペーパーテストで高い点数を取れればいいわけですが、スタンフォードに入るためには、それだけでは足りないんですね。いろんなことをしなくてはいけない。音楽活動やら、スポーツやら、学級委員をするやら。自分にはこれだけの才能があるということを、実際に「実行すること」で示していかなくてはいけないんです。

僕が今考えている「能力観」というか「学力観」は、このパロアルトからスタンフォードに入るコースで試されることに近いんです。これが現代の世の中だと思うわけです。

もうペーパーテストだけで学力を判断する時代ではないし、ペーパーテストの点数が高くなるように教育する日本の学校システム時代遅れになっています。

でも、教育システムがIT学習の補助をしてくれないから、「自分はできなくても仕方が無い」という話にはなりません。

必要なことは、独学で学べばいいわけですから。

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茂木健一郎
脳科学者。1962年東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに、文藝評論、美術評論などにも取り組む。2006年1月~2010年3月、NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』キャスター。『脳と仮想』(小林秀雄賞)、『今、ここからすべての場所へ』(桑原武夫学芸賞)、『脳とクオリア』、『生きて死ぬ私』など著書多数。

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