津田大介
@tsuda

津田大介のメルマガ『メディアの現場』より

日本の脱原発は本当に可能なのか?――ドイツ10年の歩みに学ぶエネルギー政策

ドイツの再生可能エネルギー政策

津田:話を先に進めましょう。経済界や原発立地自治体と脱原発について合意し、方針が国レベルで固まったとしても、その実現に欠かせないのは代替となるエネルギーです。ドイツでも脱原発政策と再生可能エネルギー政策は両輪で進めていますよね。ドイツの再生可能エネルギーが全電力の20%を超えた――冒頭でそんな話がありましたが、なぜたった10年で発電量を飛躍的に伸ばすことができたのでしょうか。

小嶋:電力の固定買取価格制度によるところが大きいですね。これはドイツの「再生可能エネルギー法」の中核をなす制度で、再生可能エネルギーで発電した電力を一定の価格で全量買い取ることを送電事業者に義務付けるものです。[*27] 再生可能エネルギー事業者にとっては、発電コストを上回る価格で購入してもらえる――将来の収入が保証されるということで、当然ながら新規参入の促進にもつながります。結果、現在ドイツには1000近くのエネルギー供給業者があるということです。[*28]

津田:ドイツをモデルにした固定買取価格制度は今年の7月から日本でも始まっています。[*29] ドイツの先例に習い、気をつけるべきポイントなどはありますか?

小嶋:固定買取制度によって生じる市場価格との差額は、最終的に「賦課金(ふかきん)」として電気料金に上乗せされ、消費者に転嫁されます。ドイツではこの数年、賦課金による電気料金の高騰が問題視されているんです。特に2013年からは、たとえば3人の家庭で年間約70ユーロ(7200円)も値上がりする見通しで、ドイツ国民には結構なインパクトだったようです。[*30] 実際に、現地でも不満の声を耳にしました。

津田:どういう人たちに話を聞いたのですか?

小嶋:まずは消費者団体です。独連邦消費者保護連合という、約40の消費者関連組織を束ねる団体を訪問し、クラヴィンゲルエネルギー・環境局長と会談しました。消費者――国民としても、脱原発に伴う痛みを受け入れるつもりはあるものの、自分たちの家庭や中小企業が負担を強いられる一方で、エネルギー消費量の多い大企業は国際競争力への影響を考慮して賦課金の減免措置を受けている。[*31] クラヴィンゲル氏は、そのことに対して国民の不満が高まるのではないかと心配していましたね。

津田:年間7200円というと、月々の電気代が600円上がるわけですよね。それは結構な負担ですよね。怒りをどこかにぶつけたいというドイツ国民の気持ちもわかります。

小嶋:実は、その怒りのぶつけ先であるドイツの商工会議所にも行って、経済界の意見も聞いたんですよ。独商工会議所のボレイエネルギー気候政策課長に「国民は電気料金の負担が不公平だと感じでいるようですが、このことについてどう思う?」と尋ねたところ、「それは耳の痛い話だ」と。負担は公平であるべきだが、2000社近くもある大口需要家に賦課金をかけてしまうと、そのまま商品の価格にスライドされてしまう、ということでした。そうなれば、大企業の下請けや関係企業にも影響を与えてしまうし、消費者への負担がかかるという意味では同じ。経済界としても心苦しいものの、現状が最善の策なんだと訴えていましたね。

津田:電気料金を下げるための策は今のところないんですか。

小嶋:何もしていないわけじゃないんです。ドイツでは、1999年に始めた太陽光発電を普及させるための融資プログラム「10万個の屋根計画」[*32] や、2004年の再生可能エネルギー法改正による太陽光発電の買取価格引き上げにより、太陽光発電のシェアが急速に拡大しました。2005年には日本を抜いて太陽光発電の設置量で世界一になっています。[*33] 普及が進んだことで、太陽光パネルの価格が下落するなど、設備コストが下がってきている。それなら過保護な買い取りはしなくていいじゃないかということで、今年6月にドイツ議会が太陽光発電の買取価格引き下げに合意しました。[*34]「買取価格については十分気をつけたほうがいい」――消費者連合のクラヴィンゲル氏は、日本からの視察団にもそう言っていましたね。

津田:なるほどね。そのあたりのことは日本でもかなり参考になりそうです。まあ、日本でもすでに42円に決まった太陽光の買取価格が高いと叩かれているわけですが……。[*35] 太陽光をはじめ、再生可能エネルギーの発電所もいくつか視察したんですよね。

小嶋:太陽光発電施設にも行ったのですが、一番印象的だったのはメルケンドルフという町ですね。この町では電力をバイオガスと太陽光でまかなっていて、エネルギー自給率がなんと247%もあるんです。さらに、余剰エネルギーを周辺の自治体に売って収益をあげています。

津田:バイオガス……? それは、バイオマスとは違うんですか?

小嶋:厳密に言うと違いますね。バイオマスは、木材や動物の糞尿などから生産する生物由来の有機性エネルギーのことです。バイオガスはバイオマスの一種で、特に動物の糞尿から出るメタンガスを貯めて発電する――要するにガス発電ですね。[*36] メルケンドルフでは、アグリコンプ社 [*37] という電力会社のバイオガス発電施設を視察しました。

津田:どういうところが印象的でした?

小嶋:太陽光、風力といった再生可能エネルギーは、天候の影響を受けるため安定供給に向かないという弱点があるじゃないですか。でも、このバイオガスは、動物の糞尿から出たメタンガスを蓄えておいて、それを好きな時に発電に回せるんです。長期間の保存はできないので年間のエネルギー調整には利用できませんが、1日に必要な電力の需給ギャップが調整できる。しかも、ガスを発生させた後は肥料として使えるという、無駄のないサイクルが完結しているんですね。このサイクルに感心しました。これは日本の地方にも十分取り入れていけるんじゃないかと思っています。

津田:確かにそれは魅力的ですね。ただ、今、小嶋記者が指摘した風力や太陽光の安定供給については、これから日本でも必ず課題になると思うんです。ドイツでは再生可能エネルギーを安定供給するためにどんな取り組みをしているんですか。

小嶋:その点でドイツの皆さんが問題視していたのは、送電網の不足です。実は、ドイツの再生可能エネルギーの主力は風力発電なんです。全電力の20%を占める再生可能エネルギーのうち風力が8%を占め、バイオマスが5%、太陽光が3%、水力も同じく3%ほど……と続きます。[*38] 主力の風力発電は風力の強いドイツ北部に発電設備が集中しているんですね。2011年5月には、北部の洋上で「ウィンドファーム」という集合型風力発電所の稼働が始まり注目されています。[*39] ただ、ここで発電したエネルギーを、南部や西部の電力大量消費地に届けるための送電線が十分に整備されておらず、そのことで頭を抱えてきたんです。そこで、2010年に発表された政府の「エネルギー計画」には、南北をつなぐ送電線の整備が盛り込まれました。日本でも再生可能エネルギーを推進するのであれば、送電網の整備を早急に進めたほうがいい――そんなことを言われましたね。

津田:というか、日本の場合はまず電力の発送電分離をしないといけない。今年7月から日本でも再生可能エネルギーの固定買取制度が始まったことを受け、ようやく電力会社の送電網が開放されつつあるという段階ですからね。[*40] 規制緩和を進めないと、送電線があったところで新規事業者が参入できません。しかし一方で発送電分離については「電力の自由化や発送電の分離をすると、電気を安定供給できなくなって停電するぞ」みたいな脅しとも取れる反対意見も根強くあります。ドイツは発送電分離に成功しているんですよね?

小嶋:ドイツでは発送電分離と電力自由化がかなり進んでいます。ドイツ――というより、EU全体で推進してきた感じですね。1996年にEUで制定された「第一次欧州電力指令」を受け、ドイツ国内ではまず電力小売りの自由化に着手します。[*41] ただ、送電の利用料金を電力会社と新規参入者の交渉に委ねたため、公平な競争環境が生まれず多くの新規参入者が撤退してしまうんですね。そのせいで、EUの中でもドイツの発送電分離は遅々として進みませんでした。そこでドイツ政府は2005年に「連邦ネットワーク庁」を創設し、電力会社の送電部門を厳しく監督し始めます。[*42] 以来、送電部門と発電部門は会計・運用なども含めて徹底的に分離され、送電部門の独立性が担保されるようになったというわけです。近年では、送電部門を売却する大手電力会社もあるくらいですからね。[*43]

津田:なるほど。日本でも発送電分離を進めるにあたり、電力会社の抵抗が根強い場合は政治主導の強引な方法を取らざるを得なくなるかもしれないということですね。とにかく、EU全体で電力を自由化して、国をまたいでエネルギーを供給しあえる関係ができた、と。でも、だからこそドイツは脱原発に踏み切れる――結局は隣のフランスにある原発の電力をあてにしているんじゃないか、という意見もあります。その環境がない日本にはドイツと同じことはできないと、脱原発反対派の攻撃材料になることもある。このあたりの問題は質問しましたか?

小嶋:ドイツの環境省を訪問した際、日本の議員団の方がアルトマイヤー環境大臣に訊いたとのことでした。「ドイツは電気が足りなければフランスの原子力発電で作られた電気を買えるので、ドイツの脱原発の政策はまやかしではないか?」と、かなり直球の質問ですね。環境大臣の答えは「ノー」です。もちろん、他国の電力を輸入しなければならない時期も、年間を通して何カ月かはあると。その一方で、逆にドイツが他国に輸出している期間もある。ドイツがフランスから電力を輸入することもあるのでしょうが、出力変動の効かない原子力発電で余った安い電気を買って、調整してあげているというイメージらしいんですね。それに、フランスの原発の多くは河川沿いにあり、冷却には河川の水を使います。干ばつなどにより河川の水量が減ると原発の出力を下げたり、停止を余儀なくされるので、その場合はフランスが電力を輸入することになります。[*44] もう一つ言えるのは、EU諸国の送電線は相互に結ばれているので、市場に乗った安い電気は自動的に買われてしまうと。つまり、原発による電気かどうかなんて選択できないんです。ただ、全体としてはドイツは電力輸出超過している。福島事故で原発を止めた以降も、年間では輸出電力のほうが多いと話していました。[*45]

津田:自給自足は基本的に可能なんだけど、いざというときのフェイルセーフとしてみたいなものとして、他国から融通してもらえる、と。電力の輸出入量で見ればドイツが他国の電力に依存していないことは明らかで、「ドイツはフランスの原発で作った電気を買っているから電気が足りてて脱原発できるんだ」という言説は間違いになるわけですが、他方では国内で大きな電力ショートが起きる事態になっても他国から融通してもらえる環境がある。そういう意味では日本とは違うわけですね。つまり、この問題は電力量で捉えるのではなく、フェイルセーフがあるかどうかで捉える必要があると。そうすると確かに日本の脱原発へのハードルはドイツより高い。将来的に日本は、韓国や中国、台湾などの近隣諸国と送電線をつないで電気を融通し合うという手もあるのかもしれませんね。

小嶋:可能性としてはありますね。

津田:ドイツのエネルギー政策についてはよくわかりました。参考にすべき点は多いものの、日本が同じレベルに達するにはまだまだ時間がかかりそう気配ですね。

小嶋:そのとおりですが、日本がドイツに勝る部分もあるんです。地熱に関して日本には高いポテンシャルがあり、実用化のための技術も企業が持っています。太陽光でいえば、日本は日照時間がドイツの約1.4倍なので、実はドイツより太陽光発電に向いているんですね。シュレーター連邦議会環境委員長が「日本もドイツも産業が発達した工業国なので、技術力を再生可能エネルギーに応用し、一緒に脱原発をやり遂げたい」というようなことを言ってくれて、なんだか心強かったです。ドイツのような意気込みが日本にも必要だと思いました。

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津田大介
ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。1973年生まれ。東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース非常勤講師。一般社団法人インターネットユーザー協会代表理事。J-WAVE『JAM THE WORLD』火曜日ナビゲーター。IT・ネットサービスやネットカルチャー、ネットジャーナリズム、著作権問題、コンテンツビジネス論などを専門分野に執筆活動を行う。ネットニュースメディア「ナタリー」の設立・運営にも携わる。主な著書に『Twitter社会論』(洋泉社)、『未来型サバイバル音楽論』(中央公論新社)など。

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