小山龍介
@ryu2net

小山龍介のメルマガ『ライフハック・ストリート』より

変化のベクトル、未来のコンパス~MIT石井裕教授インタビュー 後編

※このインタビューの収録は2012年9月に行われました

ゲスト:石井裕(マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ副所長・教授)
聞き手:小山龍介

 

<前編はこちらから>

 

潜在的な問題に向き合うこと

小山:僕は、ボランティアで東北にほぼ毎月足を運んでいるのですが、そこで、いろいろと感じることがありまして……。

[caption id="attachment_2545" align="alignright" width="252"]    石井MITメディアラボ教授[/caption]

石井さん:ボランティアは、東北のどちらに行かれているんですか?

小山:最近は宮城県の南三陸町と石巻市です。そこで感じたのは、震災に遭われた方たちがみんな「これから何とかして生きていこう」と、むしろ非常にいきいきと生きているということでした。

それを見て、僕はこう思いました。問題に直面したときに「何とかその問題を解決していこう」という思いが、ある種のハングリー精神と同じように、人を生かすことがある、と。

生きているから問題は起こる。しかし、問題があるからこそ、生きている実感が得られる。「問題と向き合うということが、実は生きるということの裏返しなのではないか」と思いました。

石井さん:それは、とても貴重なご経験をされましたね。問題に向き合うことで人がよりいきいきと生きられるというのは、確かにそうだと思うし、素晴らしいことだと思います。

ただ一方で、僕がどうしても気になるのは多くの場合「問題は顕在化したときに、初めて問題として捉えられる」と手遅れになってしまうという問題です。震災が起こる前、多くの人は原発の安全性について「問題がある」とは思っていませんでした。

政府や電力会社が作り上げた安全神話に“騙された”と言うのは簡単です。しかし、結局、大東亜共栄圏の実現を国民が半ば信じ込まされる形で盲目的に太平洋戦争に突入していったのと似た図式がそこにはありました。いわば原子炉がメルトダウンする前に、我々の頭がメルトダウンしていた。

ともすると、顕在化した問題は誰もが危機感を持つけれども、そうでない潜在的なリスクの理解に対しては多くの人が困難を感じる傾向がある。この問題は、非常に根深いものだと思います。

 

「答え」は、隠喩の中にある

小山:「顕在化していない問題を感じ取る」ということは、先ほどおっしゃっていた「BOTで、偶然タイムライン上に現れた言葉に意味を見出だす」ということに近い、知的働きなのでしょうか。

石井さん:ええ、非常に近いと思います。

顕在化した問題というのは、海に喩えると、海面から上に出て浮いている氷山の一部のような部分です。一方で、潜在的な問題とは、海面上には出ていないため、見ることができないけれども、複雑な問題が顕在化した現象の下で起きている。それをどうやって感知・理解し分析するか。

そのときに、ある刺激が視界を拡張してくれる。

流れ星が落ちてきたり、雷が光ったり。その刺激によって、海の中に沈んでいた問題が、突然明らかになる。アルキメデスの原理発見の逸話にあるような「ユーリカ!」の感覚ですね。

ですから、まず大事なのは、つねに問題意識を持ってたくさんの問いを自分の中で溜めておくことです。そうすると、ある言葉やある現象を見たときに、「それが隠喩(メタファー)として答えを暗示している」ことに気づくことができる。

僕が名づけた「隠喩概念空間連続跳躍の技」という独創思考の訓練法があるんですよ。隠喩、連想、跳躍をキーワードに、見たもの、感じたものを、連想を使って他のものと結びつけていく、連続跳躍を行う知的訓練です。

大事なのは、まず隠喩を読み解く感性です。

例えば、「戦争」は隠喩の源泉です。「弾」「敵」「爆撃」という言葉は隠喩としてさまざまな分野において当てはめることができる。「エコロジー」もそうです。「水」や、生命の循環である「食物連鎖」などをICT のサービスになぞらえ
てみると、新しい発見がありますよね。

また、それをどうネーミングしていくかというのにもメタファーは役立つ。隠喩をエンジンとして、新しい概念に名前をつけていくこと。ここでも大事なのは、「凝縮」だと思います。

フィンランドの「オンカロ」[2*]をご存知ですか? 放射性廃棄物を長い年月をかけて処理していくための、世界唯一の施設です。ノンフィクション作家の山岡淳一郎さんにインタビューしていただいた日経ビジネスオンラインの記事[3*]やツイッターでもかなり詳しく言及しているので、ぜひ読んでみてください。

高レベルの放射性廃棄物が無害になるまでには、10万年もの月日がかかる。それを処理する施設を作ったのは、今のところフィンランドだけなんです。地盤がしっかりしていないと造れないため、日本では難しい。日本人は「10万年もの間保存しなければいけないような放射性廃棄物を、未来に向けて生み出してしまった」ということについて、深く考えなければいけない。

「オンカロ」を取り上げた映画がありまして、それも素晴らしい映画なのでぜひ観てください。『100,000年後の安全』という映画です。この映画は、我々の未来を照射し、また哲学的な議論を呼び起こしています。

[2*]高レベル放射性廃棄物の永久地層処分場
[3*]「原発問題は「10万年先の未来を考える」好機だ/石井裕・MITメディアラ
ボ副所長・教授に聞く」(注・記事を読むには無料会員登録が必要です)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/NBD/20120822/235909/?ST=pc

 

未来を見据える前の「温故知新」

――先生のお話を伺っていて、未来を見つめることと、歴史を思い出すということは密接につながっているのだ、ということを改めて強く感じたのですが。

石井さん:それはおっしゃる通りですね。歴史は繰り返すので、「温故知新」は大事です。

原発の問題を考えるにあたっても、「なぜ日本が 太平洋戦争に突き進んでしまったか」ということをもう一度考えてみると、多くの共通点が見えてきます。『昭和16年夏の敗戦』という猪瀬直樹さんの本があります。

あまり知られていませんが、実はアメリカと戦争を始める前に、30代の若手エリートを集めて、あらゆるデータをもとに開戦のシミュレーションをしたそうです。そうしたら、「敗戦必至」という結論が出た。初めは原油確保のための奇襲が成功しても、最終的には海上輸送の問題で追い込まれるだろうということまで分かっていたんです。開戦前の16年に、すでに敗戦の予測がついていた。

それにも関わらず、結局は開戦の道へと突き進んでしまった。このことと、今回の原発事故は、政府、組織、人的な閉鎖性が生み出したという意味で、非常に隠喩的に重なるんです。もちろん別次元の問題もたくさん絡み合ってはいますけれども。

歴史は繰り返しているようにも見えます。だから、歴史から学ばなければならない。

山岡淳一郎さんの『原発と権力』を興味深く読みましたが、原発を動かしていたのは「欲」だと書かれていましたね。政治欲、権力の欲……。原発問題について深く知りたかったら、ぜひ読んだ方がいいと思います。

問題に直面したときに、「ああ、これはどこかで見たことがある」なという既視感を、どう生かせるか。

今、日本でも原発事故についてもいろいろと議論されていますが、不思議なのは、「起きた事故についてこれからどうするか」ということがフォーカスされていて「将来、同じようなレベルの大事故が起きて放射能漏れが起きたらどうするか」ということがほとんど考慮されていないことです。

「今後、こんな大規模な地震・津波・メルトダウンは起きないだろう」という誤った暗黙の前提があるように思える。しかし、過去には平安時代に貞観大震災が、明治、昭和の時代にそれぞれ三陸沖大地震が起きている。次の大震災をリスク計算の要因として取り込まないのは、確率統計を無視した無責任な問題認識なのではないでしょうか。

過去の積み重ね、先人たちの経験から学ぶことで、未来に対して初めて向き合えるのではないかと僕は思います。

 

変化のベクトルを見定めること

小山:今の時間軸の話につながるのですが、現在には、過去からの因縁と未来への原因が集約されていますよね。

そのときに「今この瞬間に、どういう現象、どういう変化が起きているのか」ということに対して、僕たちはどうも鈍感になっているような気がします。変化を感じ取る感受性というものは、どういう姿勢によって身につくものなのでしょうか。

石井さん:僕は微細な現象の変化そのものを、微分しても仕方がないと思うんです。大事なのは、大局的な変化のベクトルを見定めることです。どの方向に向かっているのか。また、どういう選択肢があるのかということです。

現在のアクションが、次の行動に大きな影響を与えることがあります。

小さな例ですけれども、例えば今、このビルは冷房の設定温度を上げて、節電していますよね。そのことによって、二酸化炭素の排出量が減り、地球温暖化のスローダウンにつながると期待されている。確かにこの努力で、東京が水没する瞬間が、何秒か伸びるかもしれない。自分の行為が、未来にどのようなインパクトを与えるか。その行為と影響を吟味するには、やはり過去のデータや歴史を踏まえないといけない。さらに未来を予測するシミュレーションモデルが必要になる。

未来にどういう選択肢があるかを考えて、どこに向かうかというベクトルを自分の中に確立しつつ、「じゃあ今日はどう行動するか」と判断していくのが理想的な姿勢ですね。

小山:そのベクトルが力強いものであればあるほど、自分の人生のライフスパンを超えて考えることができるということでしょうか。つまり、自分が死んでも、ほかの人がそれを引き継いでやってくれるような……。

石井さん:そうですね。しかしそれが、なかなか難しいようですね。今、政府がエネルギーについての選択肢を国民につきつけていて、地方でいろんな議論がされているんですが、2030年という極めて短期的な議論しかなされていない。

そもそも、多くの人が「オンカロ」を知らないんですよね。日々の生活で忙しいから仕方ない、ということなのかもしれませんが、人々の関心の薄さに危機感を感じています。これからの未来について、我々は真剣に考えなくてはいけないと思うんです。

 

日常に自分なりのまなざしを向ける

小山:長期的な視野を持って未来を見ようと思ったら、普段の生活から少し離れて考えをめぐらす機会を持った方がいい、ということなんでしょうか。

石井さん:必ずしも、日常から離れなくてもいいと思います。それこそ、問題意識を持って、ツイッターのタイムラインを追うのでもいい。日々の生活の中で、偶然目や耳に飛び込んでくる情報は、自分の考えをクリスタライズ(結晶化)するきっかけになりえます。どんなに無関係でくだらないことに見えても、情報というものは自分なりにその意味を解読・翻訳(ディコード)することで、新しい価値を生み出す事ができる。

普通の生活しながらも、本質を捉えるまなざしをつねに持ちながら、独自の視点・視座から世界を観察し考え続ける、ということだと思います。過去が風化していく中で、未来へと語り継がなければいけないことはたくさんある。日常の中で「自分は何を未来に語り継いでいくか」を考えていってほしいですね。

<終わり>

<前編はこちらから>

 

【プロフィール】
石井裕(いしい・ひろし)
1956年生まれ。1995年MITメディアラボ教授に就任し、タンジブルユーザーインターフェースの研究で世界的な評価を得る。2001年にはMITからテニュア(終身在職権)を授与され、09年からメディアラボ副所長も務める。著書に『タンジブル・ビット/情報の感触 情報の気配』、『CSCWとグループウェア』、『グループウェアのデザイン』ほか多数。ツイッターアカウントは@ishii_mit。
https://plus.google.com/+HiroshiISHII/about

 

<この文章は小山龍介メルマガ『ライフハック・ストリート』から抜粋したものです。もしご興味を持っていただけましたら、ご購読をお願いします>

小山龍介
1975年生まれ。コンセプトクリエーター。株式会社ブルームコンセプト代表取締役。京都大学文学部哲学科美術史卒業後、大手広告代理店勤務を経てサンダーバード国際経営大学院でMBAを取得。商品開発や新規事業立ち上げのコンサルティングを手がけながら、「ライフハック」に基づく講演、セミナーなどを行う。『IDEA HACKS!』『TIME HACKS!』など著書多数。訳書に『ビジネスモデル・ジェネレーション』。2010年から立教大学リーダーシップ研究所客員研究員。

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