現代における武術の意味とは
小田嶋:今日は私自身もいろいろ技を体験させていただいて、驚きました。甲野さんのやっていることを私なりにごくごく簡単に言えば、「腕力」とか「脚力」といった部分部分じゃなく、体全体をどう使って一番効果的に力が出せるか、ということを考え抜いていらっしゃる印象で、運動には素人の私にとっても、ロジックと効果が分かりやすくてとても面白い。
しかし、分からないのは、私のような素人や、あるいはロボット工学の専門家とかが「これは学ぶべき点がありそうだ」と思うくらいなんだから、柔道界の人だって興味を持ってもいいはずでしょう。ところが、甲野先生のところに来ている選手たちも、いまだにお忍びで来ているとか。
甲野:柔道の世界の人は「自分たちのほうが専門家だ」と思っているから、彼らと同じ常識を共有しようとしない私の発想はインチキに見えるんでしょうね。しかし、私に言わせれば、彼らは「柔道」というルールの専門家ではあるかもしれませんけれど、武術の専門家ではまったくない。
この問題は競技化された柔道や剣道だけではなく、昔の武術的色合いが濃いとされている合気道でも言えます。例えば、ある技に対して、普通はやらないような返し方を思いついて「こういう返し方をされたときはどうするんですか」と師範に聞こうものなら、「あのね、そういうことはやっちゃいけないんだよ」というような気まずい雰囲気を作られて、ごまかされることがほとんどです。
小田嶋:気まずい雰囲気か(笑)。私が新人歓迎会で君が代を斉唱したときのようなものかな。武術と、柔道などの「スポーツ」の違いは具体的に何ですか。
甲野:武術は本来、「人間の生理的反射」とか、「関節はこちら側にしか曲がらない」といった、人が決める以前にすでに決まっている自然のルールだけが前提で、それ以外の人為的なルールがない。それが、人がルールを定めるスポーツ競技と武術の最大の違いです。
例えば、すぐそこにものすごく凶暴な人が暴れていて、いますぐ取り押さえるか、ノックアウトしないと大変なことになるとしましょう。そういう非常事態においては、すべて自分の責任で、その場をどうするかを決めなくてはならない。そのことに向き合うのが、本来の武術の姿です。
小田嶋:暴漢と向き合うときにルールもへったくれもない。身体の構造や反射、つまり自然に決まったものに沿いながら、急場において全て自分の判断でサバイバルしていくのが武術ということですね。
甲野:そうです。武術というのは、突き詰めれば「生き残り術」です。私がロボット工学の研究者や音楽家など、一見畑違いの人から関心を持たれるのも、人間にとって、自然に決まっている制約以外はほとんど制限がない中で、技を工夫しているからだと思います。
例えば、私は楽器の演奏に関してはまったくの素人ですが、楽器を弾いている姿を見れば、「ああ、ここが身体の使い方として不自然だな」ということはわかるのです。なので、畑違いの音楽家対象の講座も引き受けて、もう50回続いていますよ。
その他の記事
「モノ」と「場所」に拡張していくインターネット(高城剛) | |
「10年の出会い、積み重ねの先」〜日本唯一のホースクリニシャン宮田朋典氏による特別寄稿(甲野善紀) | |
「正しく怒る」にはどうしたらいいか(岩崎夏海) | |
寒暖差疲労対策で心身ともに冬に備える(高城剛) | |
チェルノブイリからフクシマへ――東浩紀が語る「福島第一原発観光地化計画」の意義(津田大介) | |
まるで漫才のような“5G最高”と、“5Gイラネ”が交錯した韓国5G事情(本田雅一) | |
「モテる人」が決して満足できない理由(岩崎夏海) | |
【対談】類人猿分類の産みの親・岡崎和江さんに聞く『ゴリラの冷や汗』ができたわけ(1)(名越康文) | |
イランの転機を実感させる強い女性達の姿(高城剛) | |
「もしトラ」の現実味と本当にこれどうすんの問題(やまもといちろう) | |
いまそこにある農政危機と農協系金融機関が抱える時限爆弾について(やまもといちろう) | |
2022年夏、私的なベスト・ヘッドフォン(高城剛) | |
視力回復には太陽の恵みが有効?(高城剛) | |
岸田文雄さんが増税判断に踏み切る、閣議決定「防衛三文書」の核心(やまもといちろう) | |
日本のものづくりはなぜダサいのか–美意識なき「美しい日本」(高城剛) |