甲野善紀先生との出会い
着物を普段着にするようになってから、着物そのものにも興味を持つようになった私は、着物雑誌を手に取るようになりました。そこで2002年の春にふと目についたのが雑誌『美しいキモノ』に掲載された甲野善紀先生の記事だったのです。「着崩れないナンバ歩き」の紹介だったのですが、当時の私は、「今の日本に、古武術を専門の仕事している方がおられる」ということの驚きと同時に、その立ち姿の美しさに、「この方がもしフルートを吹いたら、どんな音がするのだろう?」という興味がわきました。
その後、甲野先生の影響を受けたスポーツ選手が成績を伸ばすなどで注目が高まる中、私も、着物を着てフルートを吹くようになってから感じていたのびやかさ、吹きやすさの謎がここにあるのではないか、という予感のもと、甲野先生の公開講座に足を運ぶことになったのです。
そのときの講座の参加者は、スポーツ関係の方が多かったのですが、私の目を釘付けにしたのは、どんな激しい技を繰り出しても呼吸一つ乱れず、静かな気配を保つ甲野先生の姿でした。それは今思うに、フルートの師である植村泰一先生の演奏中のたたずまいにも共通するものだったと思います。
講座の終盤、甲野先生からの「何か質問は?」との問いに、私は手を上げて尋ねました。
「技をかける時、息はどうされていらっしゃるのですか?」
これは、フルーティストである私が、最も尋ねたかった質問でした。どのように息をコントロールするか。それはあの公開レッスンでの大失敗以来、私がずっと探求してきたことだったからです。しかし、これに対する、甲野先生の答えは予想外のものでした。
「……うーん、呼吸については、ちょっとお答えするのが難しいですね。確かに呼吸はとても大切なものです。でも、だからこそ、まだ自分ごときのレベルでは語ることができない。というのも、呼吸というのは、意識したとたんに、観察されていることに気がついた野生動物や子供の表情のように変質してしまうものですから。唯一、今言えることは、『呼吸は身体の動きに付随している』ということでしょうか。」
これは、私にとって目からウロコの答えでした。
それまで、楽器演奏家としてさまざまな呼吸法を学び、取り入れようと試みたりしてきましたが、私にはどれも、どこか居心地の悪い、しっくりした感じがなかった。それはもしかすると、「意識したとたんに呼吸が変質してきた」からなのかもしれない。呼吸というのは、身体の使い方を変えた結果として変わるものであって、呼吸だけに注目して変えようとしていたから、違和感があり、不自然になっていたのではないか。
この気付きは、私にとって、新たな可能性を開いてくれるものでした。
その日から私は、月に一度は甲野先生の稽古会に参加するようになりました。そして縁あって、2か月に1回、甲野先生を音楽家仲間で囲み、その技を見せていただいたり、お話をうかがったりしながら助言を請うという「音楽家講座」を主催することになりました。
それから10年余り。まだまだ亀の歩みとはいえ、私自身の演奏は、それまでとは比べ物にならないくらい、大きな変化が起きました。いま振り返ると、10年前の自分がよく人前で吹いていたものだと呆れるぐらいです。
しかし、それ以上にすさまじいのは、甲野先生の変化です。2か月に一度、お会いするたびにすさまじく変化した技を受けさせていただき、さまざまな気付きのお話をお聞きすることは、私にとって植村先生(※植村先生も甲野先生に負けず劣らず、モデルチェンジを繰り返して、成長し続けている方です)のレッスンとともに、自分が成長していく大きな契機となっています。
奏でる身体2―心の音をそのままに
甲野善紀(武術研究者)×白川真理(フルート奏者・音楽家) ×阪口豊(電気通信大教授・脳研究者) 司会:佐藤大成(ライター)
武術研究者の甲野善紀氏、音楽家講座を主催し、武術的身体運用を積極的に演奏に取り入れてきた白川真理氏、そして2人の実践をテーマに、ヒトの感覚・運動制御の情報処理メカニズム研究を行う脳研究者・阪口豊氏の3者が「音」と「身体」にまつわる、人間の可能性に迫る。
音楽家や武術に関心を持つ人はもちろん、アートや人間存在の可能性に興味を持つすべての方々、必聴のイベント!
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【日 時】 2014月3月13日(木) 19:00~21:00(開場は18:30より)
【料 金】 メールマガジン『風の先、風の跡』購読者3000円 一般3500円
【定 員】 100人
【場 所】 鶴見区民文化センター「サルビアホール」3F音楽ホール
〒230-0051 横浜市鶴見区鶴見中央1-31-2 シークレイン内
詳細・申し込みはこちら!
http://yakan-hiko.com/event.php?id=20140313
フルート奏者。武蔵野音楽大学卒業。青木明、佐伯隆夫、R.コバーチュ、S.フィンダ諸氏に師事。1年半ミュンヘンにてM.ヘンケル女史の下研鑽を積む。フルート界重鎮・川崎優氏率いる日本初の女性のみのプロフルートアンサンブル「ムジカフィオーレ」の主要メンバーとして活動。2000年よりヴィンテージフルート・初代「ルイロット」の名手・植村泰一氏に師事し現在に至る(自身も2005年より1911年製・五代目制作によるヴィンテージフルート・銀の「ルイ・ロット」を愛器として使用)。
2003年より古武術家・甲野善紀氏のもと、その術理を楽器演奏に応用する研究に取り組む。隔月に甲野氏による音楽家のための講座「音楽家講座」を主催。自らも音教楽器たまプラーザ店にて「古武術に学ぶ楽器奏法」の定期講座(月2回)を開催。フルートのみならず、様々な楽器奏者・声楽家等に独自の提言を行っている。
2003年、1stアルバム『セレナーデ~flow~』、2012年、2ndアルバム「無伴奏フルート作品の夕べ~銀のロットと共に~」を発売(共にアルソより発行)。「第16回日本フルートコンヴェンション2013in高松」にて講習会を開催。アルソ出版社の専門誌「ザ・フルート」にて『古武術に学ぶフルート』連載中。同社より古武術奏法解説付きのフルート編曲譜『シャコンヌ/バッハ』を出版。
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