フィールドでは何ヵ所かでピッチングやバッティングの審査が行われている。
「事務局長! いま打席に立った選手って、数年前に本塁打、打点で二冠王をとった 中森章介じゃないですか! 楽天を自由契約になったって聞いたけど、まさかうちに来てくれるなんて......こりゃ主軸は確定ですね」
中森のフルスイングのたびに、他の選手がどよめくのがわかる。
浮かれるスタッフの中で、一人だけ冷静にフィールドを見つめる男がいた。ユニオ ンズ・スカウトの五十嵐潤は、横須賀時代から20年以上スカウトに携わる大ベテラン だ。他球団のスタッフも彼には一目置いている。彼の手を経て球界を代表するスターとなった選手は少なくない。もちろん、山田も平野も、五十嵐には全幅の信頼を置いている。平野は鼻高々で五十嵐に話しかけた。
「どうです? 五十嵐さん。ダイヤの原石は見つかりましたかな?」
「いや、全然。こりゃお話になりませんな」
「......」
あわてた山田がすかさず間に割って入った。
「そ、そうですか? まあ、そりゃドラフトで名前出ている選手よりは数段落ちるで しょうが、みな気合入った良い選手ですよ」
「確かに、無名選手の中には鍛えればモノになるかもしれない奴はいるでしょ。でも、ぱっとみて分かるほどの奴はいないね」
「で、でも、自由契約組はどうです? 昨年までレギュラーだった選手も何人かいる。 特に、二冠王の中森なんて、即4番確定でしょう」
フンといった感じで中森の方を一瞥すると、五十嵐はぼそっとつぶやいた。
「まあ、あいつがダイヤだったことは間違いないでしょう。それは認めますよ。でも ね、今もダイヤかどうかはわからない(※5)」
その時、気まずい空気を吹き飛ばすかのように、中森の快音が響きわたった。
「おお、今日5本目の柵越えだぞ 」
スタッフが歓声を上げる。
※5 今もダイヤかどうかは〜/過去の実績に敬意を表することは大事だが、過去の実績はこれからの仕事の質を保証しない。
その他の記事
出口が見えない我が国のコロナ対策の現状(やまもといちろう) | |
季節の変わり目の体調管理(高城剛) | |
被差別属性としての「キモくて金のないおっさん」とは何か(やまもといちろう) | |
YASHICAブランドのスマホ向け高級レンズを試す(小寺信良) | |
ビデオカメラの起動音、いる?(小寺信良) | |
父親が次男に事業を継がせた深~い理由(やまもといちろう) | |
年末年始、若い人の年上への関わり方の変化で興味深いこと(やまもといちろう) | |
廃墟を活かしたベツレヘムが教えてくれる地方創生のセンス(高城剛) | |
人も社会も「失敗」を活かしてこそサバイブできる(岩崎夏海) | |
成長戦略に「ウェブスリー」を掲げる岸田官邸の何それ感(やまもといちろう) | |
21世紀の黄金、コーヒー(高城剛) | |
急速な変化を続ける新型コロナウィルスと世界の今後(高城剛) | |
ソフトキーボード、ほんとうに「物理キーと同じ配列でいい」の?(西田宗千佳) | |
ママのLINE、大丈夫?(小寺信良) | |
サイボウズ青野社長の手がける「夫婦別姓裁判」高裁門前払いの必然(やまもといちろう) |