「あの、やっぱり新人から一律で初任給っていうのは無理があるんじゃないでしょうか。ここはひとつ、他球団ばりの年俸制を約束して、引退後は面倒見るからということで総人件費を安く抑えるとかなんとか手を打っといたほうが......」
「そりゃダメだ。いいかい? ユニオンズの使命というのはだね、横並びの給料とか、 賃下げ無しの35歳モデル賃金とか(※3)、そういう旗印を掲げつつ、年俸制球団を打破することにあるのだよ。僕らが年俸制にしちゃ意味ないじゃない。君たちの顧客は我々連合であり、新自由主義者の脅威に怯える全国のサラリーマンなのだよ」
「ハァ......でも、大丈夫でしょうか? ドラフト上位は全員逃げられそうですが」
「大丈夫、金で転ぶような奴は、しょせんその程度ということだ。それに、来週の緊急トライアウトには、定員の5倍のエントリーがあったそうじゃないか。そういうやる気のある選手を戦力に仕立て上げるのが君のミッションだよ」
確かに、ドラフトの迷走とは裏腹に、緊急トライアウトのほうは結構な盛り上がりを見せている。言われてみれば、入団交渉するのもイヤだと言っている選手より、入れてくれと言ってきた選手のほうが頼もしい気もする。
翌週、横須賀ユニオンズ球場では、トライアウトが盛大に行われた。参加者は 50人以上。全員が書類選考をパスした実力者で、実業団選手、高校、大学選手で活躍した若手、そして他球団を自由契約となったばかりのプロ選手だ。
さすがに、現役のプロ選手は動きが違う。野球にそれほど詳しくない山田でも、何人かは顔を見知っている有名選手もいた。
「本当だ! ユニオンズに入りたいって選手がこんなにいるなんて! 平野さん、こりゃあより取りみどりですなあ」
「あはははは。だいたいな、私の経験でも、若いうちからアレコレ注文の多い奴というのはモノにならんと決まっとるんだよ。10年は泥のように働け(※4)と、どこぞの 偉い人も言っとったじゃないか」
※3 横並びの給料や 歳モデル賃金/東大もFランク大も同じ初任給からスタートし、 歳総合職ではだいたいこれくらいの基本給になりますよという賃金モデル。それ以上の生産性を発揮する人材から忌避される効果がある一方、それ以下の人材を街灯にたかる蛾のごとく呼び集める効果はある。人事が外国人に説明するのにもっとも苦労するムラ社会の掟。最近は上位校の優秀な学生にも敬遠されはじめている。
※ 10年は泥のように働け/西垣浩司元NEC社長、情報処理推進機構(IPA)理事長(当時)の2008年の発言。IT企業に就職を希望する学生向けイベントにおいて、学生を激励するつもりで言ったらしいが、Apple や Google といったイメージの対極にあるその言葉は多くの学生をドン引きさせた。