小田嶋隆の「グラフィカルトーク」+平川克美の「グラフィカルトーク解題」第4回

「モザイク」は誰を守っているのか−−向こう側からは見えている

プライバシーか、訴訟リスクか

小田嶋:実は今回は、ヤンキーとか高校生のタバコという話ではなくて、この「ぼかし」の話をしたかったんです。グーグルストリートビューに象徴されるような、プライバシーのお話です。

グーグルはなぜ人の顔に自動的にぼかしを入れる機能をストリートビューに搭載したのか。プライバシーを守るためっていうのもあるんだけど、これは実は、訴訟リスクを軽減するためだと思うんですね。

というのも、グーグルストリートビューが「プライバシーを保護しますよ!」と言ってぼかしをかけたところで、実は見る人が見ればやっぱりわかるわけです。僕らは実は顔だけで知り合いかそうじゃないかを区別しているのではなくて、たたずまいとか、服装とか、いろんな要素で総合的に判断している。

実際、100メートル離れていても、知り合いが歩いてきたらわかりますよね。顔がきちんとわからなくても、歩き方や独特の肩のラインなんかで、知り合いだとわかってしまう。人が人を識別するのって、けっこう神秘的なところがあるんだよね。

例えばラブホに入ろうとする二人がグーグルストリートビューに映り込んだ時、それがたまたま後姿だと、ぼかしが入らないわけです。確かに、後ろ姿だけじゃ、知らない人には識別できないけれど、それが自分の嫁さんだったらわかるでしょう? 「あれ? なんでうちの嫁さんが!」となってしまう。結局、グーグルストリートビューの自動ぼかし入れ機能みたいなものでは、プライバシーは全然カバーできないということです。

そう考えると、この自動ぼかし機能というのは、訴訟リスクを軽減しようということで搭載された機能であって、彼らが本当にプライバシーを守ろうとしているわけではないと思うんですね。

 

「プライバシー保護のため音声を変えております」

小田嶋:同じようなことは、人の声でもあります。ワイドショーとかで匿名でコメントする人がいると、「プライバシー保護のため音声を変えております」とテロップが入って、「そぉ~れぇ~でぇ~」とか変な声で人の悪口を言っていたりするでしょう? 「アイツはいつも、そういうものを買っていました」とか暴露していたりする。女性の場合は甲高い声で、「あたしはね、詳しいことは知らないんですけどね……」とか。

でも、ああやって声を変えても、実は知っている人がしゃべっていると一発でわかっちゃうんですね。

昔、私の知り合いに鉄道関係のオタクさんがいて、イベントに行ったらテレビか何かのインタビューを受けた。「こういうものはどこで買うのか?」とか「月にいくらくらい使うか?」といったことを聞かれたので答えたんだそうです。

そうすると、テレビ局の人が「インタビューを放送してもいいか」と言ってきたわけですね。確か鉄道ファンの集いか何かだったと思いますが、そういうところに来ていることを会社の同僚に知られるのは嫌だから、彼は断ったわけ。

そうするとテレビ局の人が「顔も出さないし、声もモジュレーションをかけるから大丈夫ですよ」というので、じゃあ仕方ない、いいですよ、ということでOKした。ところが、実際にオンエアされてみると、俺を含めて彼の知り合いはみんな「あれ? あいつじゃん」と一発でわかっちゃって、次の日、問い合わせ殺到だったということがあったんです。

——顔を隠して、声を変えてもバレる可能性はけっこうある、と。

小田嶋:つまり顔のモザイクも、声のモジュレーションも、結局は取材対象のプライバシーを守るためではなくて、取材者側が、彼らを喋らせるためのツールなんだということでしょうね。

——なるほど、そういう意味ではグーグルのストリートビューと同じだと。

小田嶋:一緒です。人の喋り方って、声のトーンを変えたぐらいでは特徴を消せないんですよ。喋るときの間の取り方やよく使う言葉や発音のちょっとしたクセ、あるいはイントネーションの高低の特徴って、思いのほか個人差がある。だから単にオクターブ下げたり、トーンを変えるだけでは個性は消せない。絶対わかっちゃう。

ですからテレビ局は、取材対象者をテレビの前に引っ張りだす道具として、ぼかしやモジュレーションを使っている、ということだと思います。

 

<この後、お話はphotoshopの普及による、タレント写真の過剰な加工へと展開。全編はメールマガジン本文でご覧ください>

 

 

【平川克美の「グラフィカルトーク」解題】

 

「向こう側」からは見えている

今回小田嶋さんがお題にしたのは、コンビニの前にたむろしている態度の悪い若者たちの写真である。話題はそこから、「もし高校生だったら、たばこを吸ってるのはマズいですよね」「載せるときには目線は必須だと思います」と、プライバシー保護の問題に展開する。

週刊誌などにはよく、目に黒い線の入った人々が登場する。あるいはテレビのワイドショーには顔を隠し、声を変えてインタビューに答える人がいる。画面下には「プライバシー保護のため、音声を変えております」というテロップが流れる。

しかし、顔を隠したり、多少声を変えたりしたところで、知り合いが見たり、聞いたりすればすぐに、「あれ? これはあの人じゃないか」とバレてしまう。最も隠したい友人・知人にバレるのだから、ああいうものは現実的にはまったく個人のプライバシーを守る役には立っていないことになる。

ではなぜ、ワイドショーはインタビュイーの声を変え、グーグルストリートビューは車のナンバーにモザイクをかけるのか。それは「個人のプライバシー保護」という建前のもと、テレビ局やグーグルがリスク回避するためなんじゃないかと小田嶋さんは言う。

以前から私も「プライバシー保護」にはいかがわしいものを感じていた。あれはいったいいつ、誰が言い出したことなのだろう?

 

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