乙武洋匡(おとたけ ひろただ)
1976年生まれ。大学在学中、自身の経験をユーモラスに綴った『五体不満足』(講談社)が多くの人々の共感を呼び、500万部を超す大ベストセラーに。’99年 3月からの1年間、TBS系『ニュースの森』でサブキャスターを務め、いじめ問題やバリアフリーについて取材、レポートした。大学卒業後は、「スポーツの素晴らしさを伝える仕事がしたい」との想いから、『Number』(文藝春秋)連載を皮切りに執筆活動を開始。スポーツライターとして、シドニー五輪やアテネ五輪、またサッカー日韓共催W杯など、数々の大会を現地で取材した。特にスポーツ選手の人物を深く掘り下げる眼に定評がある。
子どもの頃のエピソードをもとに書いた絵本『プレゼント』(中央法規出版)、翻訳絵本『かっくん』(講談社)、ドラえもんの絵に詩を載せた絵本『とっても大好きドラえもん』(小学館)、平和をモチーフにした絵本『Flowers』(マガジンハウス)を手がけるなど、子どもたちへのメッセージを発信していくことも活動の大きな柱としている。
「『五体不満足』の著者」という枕詞が外れるまで
山本:乙武さんとこういう形での対談ができることが決まってから、何を話そうかずっと考えていたんです。まあ、炎上ネタとかしょうもない話題で聞きたいこともいっぱいありますが、今日はあえて、個人の生き方や、東京や日本全体が抱えている問題といった、少し高い目線のテーマについてお話しさせていただければと思っています。
実は私は、出版されてすぐに『五体不満足』を拝読したんです。それで、乙武さんの「前向きさ」には、やはり衝撃を受けたんですよ。乙武さんは、ご自身の環境を克服するためにとにかくがむしゃらに頑張るというより、まず自分の環境とナチュラルに向かい合う努力をされた。その上で、非常に「前向き」に活動をされて、健常者と肩を並べる形で結果を出されてきた。そういう乙武さんが、これから先、どういう立ち位置で活動して、社会と向き合っていこうと考えているのか。まずはそのあたりを中心にお伺いしたいと思います。
乙武:「前向きさ」については、僕の負けず嫌いな性格が大きく影響していたと思います。というのも、小さい頃から、僕はほかの友だちと同じことをしただけでも、すごくほめられてきたんです。ご飯を食べたり、字を書いたり、歩いたり……といったごく当たり前のことをしただけで、つねにまわりから「すごいね! よくそんなことできるね!」と言われ続けてきました。
ある日、子どもながらに「ん? どうしてみんなと同じことをしているだけなのに、自分だけがほめられるんだろう」と疑問に思ったんますよね(笑)。やがて「ああ、そうか、自分は障害者で、何もできないだろうという前提があるから、ほめられるんだ」と気づいた。そう理解してみると、ほめられていながらも、どこか根本的に「下」に見られているような気がして、そのほめ言葉を素直に受け止められなくなっていったんですね。
それで、僕なりに、素直にほめ言葉を受け止められるようになるにはどうしたらいいか、考えました。結論は「みんなと同じではなく、みんなよりも上になればいいんだ!」というものでした。みんなよりもうまくできるようになれば、ほめられたとしても、それは「自分が結果を出したからだ」と思えるじゃないですか。こういう負けず嫌いな性格が、「勉強だったらクラスで一番になりたいし、字を書いたらクラスで一番きれいな字を書きたい」という向上心に結びついた部分がありました。
山本さんの「これからどういう立ち位置でやっていくのか」という質問については、実は僕もつねに考えているところなんです。やっぱり障害者だと、日常生活の活動だけでなくて、仕事でも何でも「ゲタを履かせてもらえる」ところがあるんですよね。その事実を器用に受け入れられれば、ラクに生きられると思うんですが(笑)。やっぱり嫌なんですよ、自分の中で。
だから、「障害者だから活躍できているんだろう」「『五体不満足』の著者だから、注目されるんだろう」と言われ続けるのは、ある程度はしかたないと思うんです。でも、できれば、そこによりかかって仕事をしたくないんです。
山本:乙武さんは大学を卒業されたあと、スポーツライターになられましたね。スポーツライターの世界にも、いろんな人がいたと思います。「乙武さんならではの視点があって、そこが評価されている」と素直に考える人もいる一方で、仰るように「障害者だから仕事が優先してもらえているんだろう」という風に考える人もいるでしょうし。そういう、競争の激しい世界に飛び込んでいって、また違う景色が見えたんじゃないでしょうか。
乙武: スポーツライターになりたての頃は、「君(=有名な"乙武くん")だから、その仕事をもらえているんだろう」と面と向かって言われることもありましたね。やっぱり、悔しかった。一方で、「ああ、その通りだな」とも思いましたし、自分が逆の立場でもそう思うだろうなとも思いました。だって、大学出たての何の実績もない人間がいきなり『Number』で連載を持つわけです。叩かれて当然ですよね。そこで僕は「これは記事の内容で見返していくしかないな」と思ったんです。
つまり、自分がきちんとライターとして評価されれば、そういう言葉をぶつけられても「確かにスタートは実力じゃなかったかもしれないけれども、今の仕事は自分の努力で勝ち取ったものだ」と胸を張れる。自分の中で、そう考えることができれば、世間から叩かれたとしても消化ができると思ったんです。
周囲の方すべてに「勝っても負けても、とにかくこいつは実力で勝負したいんだな」と理解していただければ、それが一番の理想ではあるんですが、それはやっぱり難しい。いろんな方がいますから、やっぱり、どんなに頑張ったとしても、色眼鏡で見る人は見るでしょう。そうだとした時に、僕は「自分がどう思っているのか」が一番大事なんじゃないかと考えていました。
実際、スポーツライターとして仕事をいただいたときも、最初のうちは、プロフィールに必ず、『五体不満足』の乙武、という枕詞がついていたんです。でも、4年目くらいから外れて、一(いち)ライターとして仕事をいただけるようになった。そのときに「ああ、やっと、背負っていた十字架をおろせる」と思ったんですよね。それで、改めて「今、自分はスポーツライターとしての仕事をいただいているけれども、僕が本当にやりたいことはなんだろう」と考えるようになった。27歳くらいのときでした。
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