甲野善紀
@shouseikan

対話・狭霧の彼方に--甲野善紀×田口慎也往復書簡集(2)

人間の運命は完璧に決まっていて、同時に完璧に自由である

 

武術研究者・甲野善紀氏のメールマガジン「風の先、風の跡――ある武術研究者の日々の気づき」に届いた、若者からの一通のメールによって始まった、哲学と宗教、人生を考える往復書簡。メールマガジン読者の間で話題となった連載をプレタポルテで公開します。

 

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第一回:「科学」と「宗教」、あるいは信仰における「公」と「私」

 

甲野善紀からの答え

 

【甲野善紀から田口慎也へ】

御手紙ありがとうございました。とにかく、私は貴兄の御手紙を読んで、「自分がこんなにも宗教に関心を持っていた人間であったのだ」という事を、初めて知ったような気がして、その事に大変驚いております。

もっとも考えてみれば、私が武の道に進んだキッカケが「人間にとっての自然とは何か」という事であり、「『人間の運命は完璧に決まっていて、同時に完璧に自由である』という二重性こそが、この世の真実だ。だから多くの宗教には予言と同時に個人の努力も説いているのだ」と、21歳の時に気づいたことが、その後の私の人生のすべての原点なのですから、当然宗教と無縁である筈はないのです。

無縁である筈はないですが、私はすでに在る何らかの宗教に入るとしたら、取り敢えず自分はよく分からないなりに、その何かを信じるという事をしなければならないわけですが、その事に対して私はどうしても自分自身を欺いているような気がしてならなかったのです。

その理由は、その頃いろいろと触れた新宗教関係の書物や、いろいろな縁で知り合った、そうした新宗教の幹部の人達の誘いで、ちょっとした会合に行ったり、体験修行なども行ってみた結果、どうにも耐え難い違和感を覚えたからだと思います。

その当時、すでに「人間の運命は完璧に決まっていて、同時に完璧に自由である」という事に関して、まったく揺らぐことのない確信がありましたから、この世界全体を統御している「ある流れ」と言っていいかどうかは分かりませんが、単なる偶然で世界が転がっていっている訳ではない事は疑う余地のない事でしたし、

私が人間的に深く尊敬できるわけではなくても、私の過去や将来に対して驚くほど正確な事を見抜いて、私に説くことが出来る、新宗教の幹部の方とも会う事が出来ましたから、とにかく自分が生きている、この世界は壮大なシナリオが組まれた舞台であり、今後何が起ころうとも、そこに偶然などというものが入り込む余地はまったくないのだという事は、一層強く感じていました。

ですから、

「その偶然などということは何一つないということが疑いようのない事実であり、シナリオは決まっているのだけれど、同時に自由であるとは一体どういう構造になっているのか? その事を解き明かしたい、いや理論的に解き明かすという事は不可能だろうから、その言葉にすると矛盾してしまう二重構造を感覚的に、まるのまま呑み込んでしまいたい。そして、そのためには本来なら宗教が最もその探究に向いているのかもしれないが、最初から取り敢えず実感もないまま何かを信じるという事が、私にはどうしても出来ないので、嫌でもその事を考えざるを得ないような場に、私を追い込むことにしよう」

と考えて、かねてから私自身興味はありましたが、人見知りであったため、とても習いに行く勇気のなかった武道を学ぼうと考えたのです。

人見知りだった私が、そこまで決心出来たのは、田口さんはよく御存知だと思いますが、現代の農業や畜産の在り方に疑問を強く持った私が、大学の実習先で見た鶏の孵化場での雄雛の大量処分の光景をキッカケに、私の関心が食の事や医療の在り方へと拡がり、現代の資本主義体制下の産業や教育の在り方全般に大きな疑問が拡がったからです。

そして、またたく間にそうした体制批判の過激な闘士に変身(心)し、あちこちで散々議論をしました。当時大きな駅前で黒板をたてて教義を説明している原理運動の活動家などと5時間でも6時間でも議論をして、相手が参ってきて黒板を持って立ち去るまで議論し尽くした事も1回や2回ではなかった気がします。

私が当時華やかだった学生運動とハッキリと違っていたのは、学生運動の活動家が単に体制だけを変えようとしていたのに対して、私は人間が生きることの基盤である食物や、病気や怪我など何かあった時にどうするのか、その事に関して自分の中に明確な対応方法の基準がなかったら、絶対に自分自身が本当にその事に人生はかけられないだろうと思っていた事です。私の推察通り、当時学生運動でかなり派手に活動した者も、やがてごく普通の勤め人になっており、そうした活動は自分が若い頃の思い出の一コマになっているようです。

しかし、私はその20歳になる前の思いを40年以上経った今でも持ち続け、ネオニコチノイド系の農薬の反対や、最近では遺伝子組み換えの自殺種子を普及させようとしているモンサント社の活動阻止のため、自分に出来ることを出来る限りやっていこうと思っています。

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甲野善紀
こうの・よしのり 1949年東京生まれ。武術研究家。武術を通じて「人間にとっての自然」を探求しようと、78年に松聲館道場を起こし、技と術理を研究。99年頃からは武術に限らず、さまざまなスポーツへの応用に成果を得る。介護や楽器演奏、教育などの分野からの関心も高い。著書『剣の精神誌』『古武術からの発想』、共著『身体から革命を起こす』など多数。

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