甲野善紀
@shouseikan

対話・狭霧の彼方に--甲野善紀×田口慎也往復書簡集(2)

人間の運命は完璧に決まっていて、同時に完璧に自由である

 

運命の定・不定

 

さて、話が少し違った方向に展開しかけましたが、この件については、またあらためて述べることにして、「運命の定・不定」つまり「人間の運命は完璧に決まっていて、同時に完璧に自由である」という私の気づきについて、お話ししてゆきたいと思います。

「どんな偶然もあり得ない」と言うと、普通多くの人達は「そんな事はないだろう」と反論したくなると思います。しかし、ある人がある職業を選択し、その道で歴史に名を遺すようなことになったとして、その一番最初のキッカケとなる、その職業との出合いは、本当に偶然、たまたまという場合が少なくないのではないかと思います。

そうした出合いの折のホンのちょっとした偶然は、じつは深い意味があって、普通に起こる、ちょっとした事は大した事がないという差があるのだと、私はどうしても思えないのです。

その思いは、私が出した最初の単行本である『表の体育・裏の体育』で取り上げた「聖中心道肥田式強健術」の創始者として知られる「肥田春充」という人物について詳しく調べていく過程で知ったことによっても、一層強化されました。この人物の数々の驚くべきエピソードの中に私の確信を裏付けるものがあったからです。

たとえば、この人物について多少なりとも調べた人の間ではよく知られている話ですが、一辺が4センチ程度の角材を切って作ったサイコロ状の木材の表面に紙を貼り、これに数字を書きます。その数字は3桁から4桁、5桁で、残っているこの大きなサイコロの写真では、975とか6516といった数字が書いてあります。これを20個から50個ほど板の上に載せておいてから、床の上に一気に振り落とします。

そうすると、肥田春充翁は走り書きで2つの数字を書きます。そのひとつは、それらのサイコロが転がって出した表面の数字の総和。もうひとつは、そのサイコロが床に着いている面の総和です。とにかくサイコロがまだ転がっている間に、迷うことなく一気に走り書きして、その後入念にサイコロの数字を加算すると、ピタリと合っていて、それは本当に正確だったという事です。

また、これは、この肥田翁の許に養子として入られた肥田通夫先生から、私が直接うかがった話ですが、晩年など客が訪ねて来て、坐っているうちに足がしびれ、立とうとしてよろめいて、そこにあったお茶の入った湯呑をひっくり返してしまい、中身のお茶が畳の上にこぼれて拡がった状景が、その客が訪ねて来る前からありありと感じられていたそうです。

まあ、そんなふうになってしまったらキツイでしょうね。事実、肥田春充翁は、未来が見えすぎて極度の拒食拒飲症に陥り、昭和31年8月24日に亡くなります。その絶食絶飲状態になってから亡くなるまでを、前述の肥田通夫先生の夫人、肥田和子女史が記された『栄光の絶食の床に着いた父の枕頭雑話』は、実録ならではの迫力に満ちています。

さて、こう述べてきますと「運命は決まっているが自由である」という事を示すエピソードの方は、どうなっているのか? と思われる方もあるかもしれません。その点、田口さんはすでに感じられていらっしゃるかもしれませんが、「運命は完璧に決まっている」という事と「運命は自由である」という事の関係は、電気のプラスとマイナスのようなものとは全く違った関係なのだと思います。

これは以前、解剖学者の養老孟司先生と対談による共著を出した折、養老先生から伺った「筑波山にアゲハチョウはいるか?」というお話が、かなりこの事と近いように思います。「筑波山にアゲハチョウはいるか?」という話とは、筑波山に行ってアゲハチョウを見つければ「筑波山にアゲハチョウはいる」という結論はすぐ出せる。しかし、「筑波山にアゲハチョウはいない」という結論を出すのは事実上不可能に近い、という事です。

一匹でも見つければ「いる」と結論づけられますが、「いない」という事は、筑波山の全山の草木の葉の裏まで全て調べるということをしなければならないわけですから、とても出来る訳はないのです。

たとえば、ニホンカワウソは現在では絶滅したのではないかと言われていますが、それはここ数十年、確かな目撃例がないためで、本当に絶滅したかどうかは分かりません。

もちろん、こうした例と「運命が決まっていているのか、いないのか」という話は、完全に重なるわけではありません。重なるわけではありませんが、田口さんなら私が言いたい事は理解して頂けるのではないかと思います。

つまり、どういう事かというと、アゲハチョウは一匹でもいれば「筑波山にアゲハチョウはいる」という事になる。これと同じように、確率論的には考えられないほど細かな事まで、その事が実際に起こる前に感知されていて、実際その通りになったら「運命は細かいところまで決まっている」という結論を下さざるを得ない。

ところが、ほとんどの人の実感は、「そんなもの決まっているわけないだろう。今の今だって、俺はさっきまで食おうと思っていたトンカツを、いまラーメンに代えたばかりなんだ」というものだと思うのです。

「運命が決まっている」という側から見れば、直前で食べたいものを変更するのも、その人のシナリオとして既に前から出来ていたのだということになっていますから、議論など成立しないでしょう。

仮にものすごく予知が正確に出来る人がいて、その人がある人の明日の行動を細かく予告して、それをオープンにしたら、予告された人はそうならないように行動するから、それを隠しておく。しかし、隠しておいて、その後公表したら、それは手品か何かで、あたかも予知したように見せかけたのだろうと言い張ったら、水掛け論は容易に収まりません。

しかし、私の実感として、普通一般には自分の行動は自分が自由に選択しているように思うけれど、なかなかそうではない! という事です。面白い身近な例を挙げてみると、たとえば道を歩いていて、特に急ぐという訳でもなく、どこかに向かっているとします。

その時、フト「ちょっと10メートルほど後戻りしてみよう」と思ったとしても、これが大変難しいのです。特に急いでいる訳ではないので、通りすがりの家の庭にフト珍しい花木があるのを見つけたとか、何かを忘れた、落とした事に気がついた、という必然性のある事なら、すぐ後戻りは出来ます。

しかし、何の用もないのに、ただ10メートルほど後戻りをするというのは非常に難しいのです。しまいには「何の用もないのに、ただ10メートル後戻りするのは如何に難しいか、という事を体験実験するためにやってみよう」というような意味を、そこに見出さないと中々出来ません。

こういう体験を実際にしてみると、「自分は自由の身だ」と思っていても、なかなかそうではない事が分かります。

別に私はここで躍起になって貴兄や多くの読者の方々に「運命は完璧に決まっているのだ」という事を納得してもらいたいと思っているわけではありませんが、私の根本的気づきである「運命は完璧に決まっていて」という、その部分をある程度でも理解して頂かないと、話が先に進んでいかないので、この話をしているわけです。

いま、ある人の未来が見える人がいて、その事を告げると相手がそれを行わないようにするので、告げないでおくと、相手は後に告げられた自分の行動が、すでに予知されていたものであると信じにくいと言いましたが、中には相手に告げていて、相手もそれならそうならないようにしようとしていたのに、そうなってしまったという話もあったのです。

その例は、貴兄もよく御存知の名越康文・名越クリニック院長と私との共著『薄氷の踏み方』の終わりの方に出ていますので、記憶されているかもしれませんが、あの漫画家として大変著名な故手塚治虫氏の『ぼくはマンガ家』という角川文庫の本に出ている話です。

 

「ぼくは、以前、易とか占いの不思議な力に大いに驚いたことがある。ある理由で方角を占ってもらったら、『あなたの家からまっすぐ東に進むと、非常に清い土地にぶつかるから、そこの土を持って帰りなさい』と、さる著名な易者がいう。(略)『ただし、あなたは必ず道に迷う。すると、あなたは道をたずねるだろうが、そこは必ずすし屋かそば屋である。そして土をとってその目的地を出るのは三時ぴったりである』。地図でうちから東へたどっていくと、柴又の帝釈天が見つかった。そこでさっそく、ぼくは車で帝釈天へ出かけた。案の定、道がわからなくなってしまった。ぼくは信心深い人間ではないので、わざと店を避けて、道に立ち止まっている男をつかまえ、『帝釈天はどこですか?』とたずねた。なんということだ! その男の後ろはすし屋で、その男はすし屋の出前だったのだ。まだある。帝釈天に着いたのが二時だった。土をもらって帰ろうとしたら、そこの人が、『サインをお願いします』といって色紙を、ごっそり持ってきたのだ。それをようやく仕上げて、ほっと一息ついて、山門を出たとたんに、三時の時報が聞こえたとは!」

 

手塚治虫氏という人が、まったく出鱈目にこのような話を創作したとは思えません。事実だったのだろうと思います。

私が延々とこのような話をしましたのは、普通一般的には自由だと感じられ、何も決まってなどいないのだ、という自分の人生行路が、実は細かいところまで完璧に決まっているという信じられないような枠の中に、まず自分を置いてみて、そこからどう自由になるのかという課題と向き合って頂きたいと思ったからです。

これは以前新聞か雑誌で読んだ話で記憶も曖昧ですが、ある女性の作家が「着ぐるみのクマやゴリラは脱ぐことが出来るけれども、自分の肉体は脱げないのだ」と、フト気がついて、物凄い拘束感に襲われて大変だったという話です。これを読んだ時、「この人は面白いなあー」と思いました。そんなふうに思える人は滅多にいないでしょうから、大変な才能とも言えると思います。

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甲野善紀
こうの・よしのり 1949年東京生まれ。武術研究家。武術を通じて「人間にとっての自然」を探求しようと、78年に松聲館道場を起こし、技と術理を研究。99年頃からは武術に限らず、さまざまなスポーツへの応用に成果を得る。介護や楽器演奏、教育などの分野からの関心も高い。著書『剣の精神誌』『古武術からの発想』、共著『身体から革命を起こす』など多数。

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