西田宗千佳×小寺信良対談 その3(全4回)

人は何をもってその商品を選ぶのか

今月の対談のお相手は、電気が通るモノ全般を扱うというジャーナリストの、西田宗千佳さんにお願いしている。

前回前々回と、「僕らが気になっていること」をテーマに今年前半を振り返る対談も、3回目。今回のお題は、「ユーザーエクスペリエンス」だ。

AV機器は基本娯楽品であり、日用品、必需品の選ばれ方とは違う。元々役に立つことが主眼ではないのだ。ではなにを以て人はその商品を選ぶのか。その根底にあるのが、ユーザーエクスペリエンスなのである。

形のない価値、それが意味するものとは何か。

 

ユーザーエクスペリエンスの形

小寺 ユーザーエクスペリエンスって話しましょう。CESとかで海外のCEOのスピーチとか聞くと、しつこいぐらいにユーザーエクスペリエンスっていう言葉が出てくる。まあ、製品を使った結果の体験ですよね。

これって僕、これまでにないってものを体験させるっていうより、ほとんどは絶妙なレスポンスっていう話なんじゃないかと思うわけです。

西田 それはありますね。

小寺 機能的には同じなんだけど、人のアクションに対して結果を返す速度。そこを一番チューニングすべきところなんですね、きっと。ところがどうも日本企業は怠ってる感じがするんですよ。

リリースする前に誰かちゃんとユーザテストしてるの? っていう。で、そのユーザテストした結果で悪くても、もう直せるタイミングじゃないところまでプロジェクト行っちゃってるでしょ、みたいな、ワークフローの組み間違いみたいなところを感じますね。

西田 こないだ新刊(『ソニーとアップル 2大ブランドの次なるステージ』朝日新聞出版 10/5発売)のためにソニーに改めて取材して、ちょっと変わったかな、と思ったんです。というのは、こないだソニーマーケティングの社長が変わったんですよね。

[caption id="attachment_1899" align="alignnone" width="300"] iPhone 5発表会場にて、完全に油断しているところを小寺に写真に撮られる西田宗千佳氏[/caption]

で、その新しいソニーマーケティングの社長って、小寺さんもいたかな? 二年前にCESの時に、ソニーアメリカの担当として出てきた河野さんという男性で。その人が日本に帰ってきて、まずSCEの社長になって、で、SCE Japanの社長になって、そのあとに、SCE Japanとソニーマーケティングの社長の兼務になったんですね。で、年齢は51なんです。超若いんですよね。その人と話をしててわかったのは、要は、会議をしてると、僕らは営業だから当然なんだけど、KPI(Key PerformanceIndicator/重要業績評価指標)の話ばかり出てくると。で、当然だよね、とは思いつつも、ふっと思って。俺らKPI売ってんじゃないよな、と。

小寺 うん。

西田 今までエンジニアに作ってもらう時に、結局「値段を上げないで、もしくは下げて、フィーチャーを上げて」ってお願いをしてたと。でもそうなんじゃなくて、いい技術はどれ? って訊き方をする商品と、そうじゃない商品を分けなきゃいけないんだな、と思った。なので、自分が帰ってきてやることになってから、訊き方を変えたと。

この商品を売る時に、どこが技術としていいの? もしくは、次の商品をやる時にどこを技術としてやんなきゃいけないの? どこが面白いの? どこが快適なの? って話をするように言ったら、逆に彼らもそのへん、どういう風にやるべきかというのを考えるようになった。

──というのは、今までの訊き方だと、モチベーションが下がってたんですよね。要は、自分たちがここ数年間で何を間違ってたかという観点に立つと、エンジニアが作りたいものをスポイルしてたんじゃないか、という帰結に立ったんですよね。そう考えた時に、エンジニアが今やりたいことは何かというと、意外とユーザエクスペリエンスの向上だったりするらしいんですよ。

小寺 ふうん。

西田 彼らは散々いろんなものを自分で買って、こうしなきゃいけないんだ、と思ってるからそうなんだけど、売ってる人ってそうじゃないじゃないですか。別にそれの専門家でもないし、極論すれば使ってないかもしんないわけですよ。そうすると、「ユーザエクスペリエンス、何それ食えるの?」っていう世界になっちゃって、その話って来ないわけでしょ。なので、そういうやり方はやめましょう、という話になったんすよ、という話を(河野さんと)した。それはたしかに「ああ、いい話だな」と思った。いい話とそれができるのはまた別の話ね、っていう感じではありますけど。

小寺 でも、売る側のソニーマーケティングの社長自体がそういうことを言いだしたのは重要。

西田 あとね、これも今年の4月から作る、って話なんですけど、新しいセールスマニュアルを見せてもらったんですよ。今までのセールスマニュアルって、要は僕らがNDAを受ける時のプレゼン資料とおんなじで、広告として今回の売りはこうで、こういう機能で……ってバーッてパワポの40枚ぐらいのデータがあって。

でも次回のは違ってて。たとえば、VAIOを売ります、という時に、VAIOの上でできるのはこれとこれです、写真を印刷する時にはどうするか、エプソンとかキヤノンとかのプリンターを紹介しましょう、って書いてあるんですね。

小寺 ほお。

こんなことまで書くんですか、って話をしたら、いや、こういうことってサービスに電話をしてきて「わかんない」って言われれば答えてたことだけど、今までは、店で訊かれても当然セールスパーソンが話すことじゃないから、要は本人がよくわかってることじゃないと答えなかったと。なので、よくわかってる人に全部これを書いてもらいました、って。

小寺 ふうん。

西田 要は「自分のとこの製品がどういいか」じゃなくて、「この製品を使う時にはこういうものと組み合わせます」とか「こういうところがあるといいです」とかっていう風に書いてあるんですね。で、もっと面白かったのは、nasneをこれから売る、って話になって。

でもnasneのマニュアルってまだないんですよ。なんでなんですか、って話をしたら、商品が出来上がる前にマニュアルを作ったら、商品と違うものになるんでダメだ、って話になって。その担当者は製品版が出来てから(マニュアルを)作るって言ってます、って。

小寺 なるほど。

西田 で、要はそれは、「できる」シリーズとかの初心者本を書く時と同じで。画面の一個でも違ってるとおかしいから、β版はいらないから製品版を持ってきて、って僕らは言うじゃないですか。それと同じ考え方なんだよね。

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