西田宗千佳×小寺信良対談 その3(全4回)

人は何をもってその商品を選ぶのか

結論を出すのはユーザー

西田 あ、そういう意味でいうと、要はソニーがそうやって、売り方を変えなきゃいけないんじゃないか、って考え出したひとつの契機が、炊飯器なんですって。

小寺 またそれは、全然違うね。

西田 量販店で今、炊飯器の売り方ってどうなってるか、っていうと、高額の炊飯器をがーっと並べて、日曜の夕方に米炊いて、食べ比べてください、ってやってるんです。そうすると、今までって炊飯器って、炊くのなんて一緒じゃん、1万5千円とか3万円の炊飯器でも7万円の炊飯器でも米は米でしょ、って。

特にそれが強かったのは、新潟だったんですって。米どころだから、みんな美味い米食ってるわけでしょ。米はもとから美味いんだから、炊飯器で変わるわけないじゃん、って言ってた。ところが、7万円の炊飯器をがーっと並べて量販店で売ったらば、7万円の炊飯器しか売れなくなったんです。

小寺 すげえ(笑)。

西田 で、それでわかったのは──エンジニアは当然いろいろ考えて違うものを作る。でも、違うっていくら言っても人はわかんない。しかも、A社とB社の間でどう違うか、っていうのもわかんないし。だけど、A社もB社もみんな一生懸命やってるんだから、ベクトルが違うだけで、なんというか……どっちが優劣ってもんでもないんだな。だったら並べちまえよ、という話になって。で、並べた結果、私はこっちの米の炊き方がいいからこっちを買う、って変わったんですって。

小寺 うん。

西田 そうしたことによって、炊飯器なんて、差別化なんてもうないじゃない、って思ってたものが、一気に客単価が上がり、売れ行きも変わり……って形になった。しかも、来ると米の食べ比べができるから面白い、って言って、客が来る回数が増えたんです。

小寺 なるほど。

西田 ──という話を見て、じゃあ僕らのAV機器業界ってどうなんだろうね、と。

去年までソニーでは、ほとんどテレビを売ることに特化した営業部隊を作ってた。で、ほぼ7割のリソースがテレビを売るために存在してたと言ってもいいんだけど、もうそんなんあり得ない、と考えたら、炊飯器を売るみたいにやったことで、我々ができることはなんだろう、って考え方になったんですって。

小寺 なるほどね。

西田 じゃあどういう風に整合するかというのはまた別な話だとは思うんですけど、たしかにそうなんですよ。僕らだって、もう通販でいいじゃん? とかよく言うじゃないですか。でも、米の食べ比べって通販じゃできないんですよ(笑)。

小寺 そうね。エクスペリエンスがないね。Amazonのネガティブレビューとか見ても、「それお前が悪いんじゃネェの?」とか思ったりするもんね。人の体験は、人のものでしかない。

西田 そうそう。で、買った時にそれこそ、「これおもしれえ! ドキドキする!」ってやっぱり体験だから。

小寺 そうだよね。毎日毎日体験するであろうことを、体験してみて選びたい、という本質はありますね。

西田 うん。で、フジヤエービックのヘッドホン祭りにあんなに人来るようになったのって、ヘッドホンの体験だと思ってんですよね。

小寺 ああー、そうですね。やっぱり聴いてみないと、っていうのもあるし、フィット感が合うかどうかって非常に重要なんだけど、ブリスターパックに入れられてると、もうわからない。

西田 うん、うん。やっぱり、自分が出せる手ごろな価格で日常聴いてる音楽の体験が変わって、しかもひょっとすると、快適さも変わるかもしれない。で、さらに言うと、ああいうお祭りの場に行くと、いろんなものが試せて面白いとかあるわけじゃないですか。それが多分、実はすごく大切なことで。やっぱり、ブツである限りにおいては、なんかそういうお祭り感がないと、人は銭って払わないんだな。ライブだ、ライブ。

小寺 そこに行くから得られる体験、というのがあって、せっかくそれを体験したんだから、その価値基準をもって買って帰る、っていう。それがひとつのセットになってるってことか、人の購買の流れとして。

たとえば高級炊飯器の米食って、「これが一番」って自分の中で結論を出すわけだね。その結論を、何も買わないままに手ぶらで帰るのかと。その結論をどうするの? っていうことで、人を追い詰めていく。

西田 そう。要は食ったら「あんたこれに満足したんでしょ? で、家に帰っていつもの米食うの?」っていう、無言の圧力を受けることになるわけでしょ(笑)。

小寺 そうそう(笑)。追い詰めるわけね。答えを出させて。決して「これが答えですよ」って言うわけじゃなくて、選ばせて、自分で結論を出した。それぞれの価値観によって出した結論は、自分にとって正しいわけじゃないですか。その出した結論の責任として、「さ、どうするんすか?」ってことになるわけだ。そこまで含めてショッピングなわけだね。

<第四回に続く>
第一回の「ノマド」ってなんであんなに叩かれてんの?はこちらから
第二回のIT野郎が考える「節電」はこちらから

 

小寺信良のメルマガ『金曜ランチボックス』vol.43「対談:Small Talk」より>

 

1 2 3

その他の記事

『冷え取りごはん うるおいごはん』で養生しよう(若林理砂)
【第2話】波乱の記者会見(城繁幸)
今村文昭さんに聞く「査読」をめぐる問題・前編(川端裕人)
任天堂の役割は終わったのか スマホでゲーム人口拡大を受けて(やまもといちろう)
旅を快適に続けられるための食事とトレーニングマシン(高城剛)
「中華大乱」これは歴史的な事項になるのか(やまもといちろう)
「深刻になる」という病(名越康文)
悪い習慣を変えるための5つのコツ(名越康文)
「残らない文化」の大切さ(西田宗千佳)
「自然な○○」という脅し–お産と子育てにまつわる選民意識について(若林理砂)
『数覚とは何か?』 スタニスラス ドゥアンヌ著(森田真生)
コーヒー立国エチオピアで知るコーヒーの事実(高城剛)
IR誘致に賭ける和歌山の今が象徴する日本の岐路(高城剛)
シアトルとアマゾンの関係からうかがい知る21世紀のまちづくりのありかた(高城剛)
2023年は「人工知能」と「公正取引」の年に(やまもといちろう)

ページのトップへ