統計ではなく、「個人を深める」ことで普遍性に出会う
ユングが持ち出している例をご紹介しましょう。
一掴みの砂利の重さの平均値が145グラムであるといったところで、砂利をえいや、とつかみ取った時にその砂利の重さが145グラムであることはめったにないであろう、とユングはいいます。
統計に幻惑されるということは、この現実の砂利一掴みの重さと、抽象的な中間値を取り違えることに等しい、とユングは指摘するわけです。
ユングはいいます。「実際の事実とは、その個性によって事実たるのである。誇張した言い方をするならば、実際の姿はいわば規則にはずれた例外ばかりの上になりたっている。そして、絶対的事実の何よりの特徴は、その不規則性なのである」
人間について、一般的なことを言うためには、統計的な手法を使うほかありません。しかし、そちらが真実だと思うと、個人や現実をかえって見失うことになり、自分の個性が消えてってしまうことになります。医師はこの矛盾に常に向き合っているのです。
この素朴な、しかし、重要な指摘は、現代のぼくたちに大きな意味を持ってるのではないでしょうか。
ビッグデータという言葉が流行し、ネット上ではヒット数、検索数ランキングが幅を利かせている。個々の経験よりも抽象的な理論が先行し、その中で疲弊してしまう。
ユングがとった道は別でした。社会が流動的であればあるほど、個人はその存在価値を見失いがちになる。統計のなかに何かの基準を見つけようとするのが、今の合理的な方法論だとすれば、それとはあえて真逆の方法をユングはとろうとしました。
個人の経験を徹底的に深めることによって、ユングは、逆に普遍性にたどりつこうとしたのです。具体的には、ユングは自分自身の経験をみつめ、そして自分自身の心の動きを観察することによって、個から普遍へと到達しようとしました。
その先にあったのが、集合的無意識、元型といったユング思想独自の概念になっていくわけではありますが、そのことについてはまた次号以降でお話しすることにしましょう。
※この記事は「鏡リュウジメールマガジン プラネタリー夜話」2014年7月17日Vol.072<シンクロニシティの起こし方>を元に再構成したものです。
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