なぜ奴隷は逃げなかったのか
そういう奴隷がなぜ成立したのかといえば、それは「心理的」な要因が大きかったのだと、ぼくはやがて知る。人は、誰かの施しを受けると、独特の卑屈な気持ちが芽生える。そうして、心理的に逆らえなくなるのだ。逃げられないのではなく、逃げたくなくなる。勝てないのではなく、戦えなくなるのである。奴隷のほとんどは、物理的、経済的理由で逃げないわけではない。彼らのほとんどは、心理的な理由で逃げなかったのだ。
そういうふうに考えると、ちょっと背筋が寒くなった。というのも、今の戦えない若者たちが、こうした奴隷の姿に重なるからだ。戦えない若者たちは、幼い頃から社会の庇護を受けて育ってきた。ゆとり教育に象徴されるように、甘やかされるだけ甘やかされた。その結果、独特の卑屈な気持ちが芽生えるようになった。勝てないのではなく、勝ちたくないと思うようになった。自分を下に置いておきたいと思うようになった。独特の卑屈な気持ちが、彼らの中に宿ったのである。
大袈裟な言い方に聞こえるかも知れないが、奴隷根性のようなものが、彼らの中に植えつけられているのだ。だから、どんなに利用されようとも、その抵抗から逃れることができない。近頃、ブラック企業が社会問題になっているが、なぜ社会問題になっているかといえば、そこで奴隷のようにこき使われる若者が多いからである。そこで、会社から逃れられない若者が多いからだ。今の日本は、職業選択の自由が保証されている。会社を辞めても何の罪にも問われない。それにもかかわらず、彼らは会社を辞めない。つらいと思いながらも働き続ける。それこそ、過労死するまで働き続ける。
そういう状況がなぜ生まれたのか? それは、ブラック企業の側にだけ責任があるわけではない。なぜなら、いかにブラック企業がブラックであろうとも、それに支配される若者がいなければ、彼らのやり方は通用しないからだ。彼らのやり方が通用するというのは、その支配に甘んじる若者が多いということの証左でもある。つまり、奴隷根性の若者が多数現れるようになったから、ブラック企業が栄えるようになったともいうことができるのだ。
だから、ブラック企業の撲滅を押し進めるのなら、ブラック企業を取り締まるのと平行して、奴隷根性の若者を減らすという努力もしなければならない。奴隷根性の若者がいる限り、ブラック企業の命脈は絶ちきれないと言っても過言ではないだろう。確かに、加害者と被害者という側面があり、どちらが悪いかといえばそれは加害者の方だ。しかしながら、「オレオレ詐欺」などもそうなのだが、犯罪を撲滅するためには加害者を取り締まることと共に、被害者予備軍の啓蒙も重要だともいえるのである。
その意味で、若者たちが奴隷根性を断ち切り、勝ちたいという気持ちを取り戻すことは、とても重要だと思っている。次回は、ではなぜ若者たちは勝ちたい気持ちをそがれたのか、そのきっかけや原因について見ていきたい。
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岩崎夏海
1968年生。東京都日野市出身。 東京芸術大学建築科卒業後、作詞家の秋元康氏に師事。放送作家として『とんねるずのみなさんのおかげです』『ダウンタウンのごっつええ感じ』など、主にバラエティ番組の制作に参加。その後AKB48のプロデュースなどにも携わる。 2009年12月、初めての出版作品となる『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(累計273万部)を著す。近著に自身が代表を務める「部屋を考える会」著「部屋を活かせば人生が変わる」(累計3万部)などがある。


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