ゆとり世代が起こした問題
というのも、そういうふうに立ち歩いていた子供たちも、やがて「人間には必ずしも完全な自由が許されているわけではない」ということを知るからだ。例えば、お菓子が食べたいからといって、スーパーに売っているそれを勝手に食べることは許されない。それは「我慢」しなければならない。法律は、ゆとり世代の子供たちにも強制力を持つからだ。
そのことが、「嫌なことは我慢するべきではない」という考え方と矛盾として、ゆとり世代の心の奥に魚の小骨のように引っかかっていた。それでも、それはほんの小さな我慢に過ぎなかったので、何とか目をつぶって生きてきた。そうして社会に出たのだが、今度はそれとは比べものにならないくらい大きな我慢が襲いかかってきた。それは、社会からの同調圧力だった。それにさらされた彼らは、がんじがらめの状態に陥った。そうなると、もう目をつぶってはいられなくなった。我慢しきれず、会社を辞めていったのだ。
ところが、そうして多くのゆとり世代が会社を辞めたことが、それより上の世代にある影響を及ぼした。というのも、そういう不況の世の中においては、就職と同時に「採用」もまた難しいものとなっていた。人材を集めるのは、どこの会社でも苦労するようになっていた。そのため、ほとんどの企業が人材会社に斡旋を依頼していたのだが、そこには多額の費用がかかっていたのである。
企業が人を一人を雇うのには、だいたい100万円くらいかかるといわれている。それと共に、面接をしたり教育をしたりと、時間と労力もかかる。そんなふうに、お金と時間と労力をかけてようやく雇った新入社員が、わずか半年や一年でいとも簡単に辞めていってしまうものだから、雇った方としてはたまったものではなかったのだ。そうして次第に、ゆとり世代に対する憎悪が積み重ねられていくこととなった。
そんな状況で生まれたのが「ブラック企業」だった。ブラック企業とは、簡単にいうと「企業が社員を洗脳して、とにかく徹底的に働かせる会社」のことだ。これは、企業側にとって「一石二鳥」だった。なぜかというと、ゆとり世代が辞めなくなったのに加え、時間外労働を強いることができたので、労働力も安くなった。
一方、これはゆとり世代にとっても易がないことではなかった。なぜかといえば、洗脳されれば「我慢」という感情が湧きあがってこないので、気持ち良く働くことができたからだ。特に、ゆとり世代は「他人から感謝されること」を重視していた。そのため企業は、それだけはお金がかからない範囲でできうる限り与えるようにした。おかげで、彼らにとっても喜びがないわけではなかったのである。
しかしながら、洗脳は麻薬のようなものなので、その場しのぎにはなったが長続きはしなかった。やがて、心身を回復不可能なほどに疲弊させる人が続出したのである。そのためブラック企業も、最近では立ち行かなくなってきた。おかげでゆとり世代も、いよいよ行き場を失うようになったのである。洗脳が解けたおかげで、いよいよ彼らが最も苦手とする「競争」に向き合わなければならなくなったのだ。
次回は、ゆとり世代に差し迫った、あるタイムリミットについて見ていく。
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岩崎夏海メールマガジン「ハックルベリーに会いに行く」
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岩崎夏海
1968年生。東京都日野市出身。 東京芸術大学建築科卒業後、作詞家の秋元康氏に師事。放送作家として『とんねるずのみなさんのおかげです』『ダウンタウンのごっつええ感じ』など、主にバラエティ番組の制作に参加。その後AKB48のプロデュースなどにも携わる。 2009年12月、初めての出版作品となる『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(累計273万部)を著す。近著に自身が代表を務める「部屋を考える会」著「部屋を活かせば人生が変わる」(累計3万部)などがある。
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