やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

平昌オリンピック後に急速に進展する北朝鮮情勢の読み解き方



 先日来、情報セキュリティ関連の会合でも「大きな変調」についての報告が連発されている状況ではありますが、北朝鮮・金正恩さんの中国電撃訪問と習近平さんとの会談は、当初のいろんな憶測を呼ぶ段階から具体的な交渉の内容が伝わるごとに衝撃をもって受け止められてきているというのが実情であります。

 基本的には、北朝鮮がどのような主張をし、中国といかなる合意を交わそうと、その国家的な戦略主眼は核兵器の開発完了と実戦配備の推進によるフリーハンドの確保であって、いわば核兵器配備までの時間稼ぎに中国との対話を演出しただけ、という見解には変わりありません。

 実際、中国と北朝鮮が推進するという「朝鮮半島の非核化」は共通の利害として在韓米軍の核兵器運用をスタンドオフさせることを意味し、中国にとって北朝鮮がそのような主張をすること自体は別段悪い話ではありません。アメリカと韓国のあいだの同盟を解消させたいというのは中国にとっても重要な国益に資する話ですので、アメリカの介入を朝鮮半島から退けたいという点で中国・北朝鮮間で利害が一致するのは当たり前のことです。

 一方、本来であれば直接の危機に晒されているはずの韓国が、大統領・文在寅さんそのものが北朝鮮の和平案をもってアメリカとの決死の交渉に入る背景には、朝鮮半島の平和と安定のために韓国が果たせる役割は何かを真剣に考えて「戦争を回避するにはそうするしかない」と判断したからでしょう。実際には、北朝鮮が核兵器の配備を本当に完了させてしまった後のシナリオをアメリカ、韓国がどう踏まえるのか、さらには東アジアの安全保障は日本、ロシアなどの周辺国にも重大な影響を及ぼすことは間違いありませんので、ある意味で「状況変更ドミノ」が発生することは間違いないのです。

 それは、南シナ海への進出を強める中国がASEAN諸国の実質的な分断に成功したり、一帯一路の経済支援策が中国経済圏拡大に大きな効果を示し、昨今のアメリカからの対中貿易戦争の衝撃を緩和する役割を果たしているという点も見逃せないのです。

 翻って、我が国日本の取れるべき戦略、そして対応はという話になるわけですが、これはかねてから私も主張している通り北朝鮮とは国交がなく貿易もありませんので、日本が北朝鮮と何らかの条件交渉をしようとすると必ず経済支援や無償協力をセットにして「北朝鮮に言うことを聞いてもらうために支援しなければならない状況になる」ことが問題になります。これはもう、日朝関係の基本でしょうから、拉致問題からテロ対策まで「北朝鮮から引き出せる妥協は何もない」という前提で話を進めざるを得ないという点で、日本は当初から当事者能力を持っていないというのが実情ではないでしょうか。

 私が位置する情報セキュリティ関連でも、北朝鮮との対応についてはどうしても中国、ロシア、イスラエルといった非英語圏各国の情報網から得られた内容から動きを見極めるほか方法がなというのが実態ですので、少なくとも「いま、どうのこうの」という点では日本は何も打つ手がないということはもう少し知られていていいと思います。

 一方、「北朝鮮が核配備したら」あるいは「アメリカが北朝鮮への武力攻撃を強行したら」というifシナリオについては、もっときちんと練っておく必要はあります。森友問題で国会がすったもんだしている場合ではないのですが、現実で考えれば北朝鮮が核配備をした、米韓同盟が解消に至り東アジアの安全保障でアメリカの影響力が大きく減退したとなれば、日本はおのずから安全保障体制の根幹を考え直すべき時期に差し掛かってしまうのは言うまでもありません。現状の更新を抑える立場から、現状を積極的に作っていく立場へと日本が変わったとき、核兵器の保有や宇宙開発、サイバー攻撃能力の確保などのアプローチはどこかのタイミングできちんとトリガーを引かなければならなくなるでしょうし、あまり楽観視できる環境にないのもまた、事実であります。

 それはそれとして、米中貿易戦争が世界的な景気低迷を引き起こし、一番の打撃になるかもしれない国が中国や日本であったとき、日本も中国も穏やかに暮らしていられるのか、政治的な安定は確保できるのか、といった問題意識は常に持っておく必要はあります。うまく森友問題は切り抜けられたとしても、その後の自民党政権が安倍政権ほど安定するとは限りませんし、ましてや政変でも起こって自民党が陥落するような事態となったとき経済・外交面でどのような動きになるのかは想像もつきません。

 それゆえに、米中対立の激化という歴史的な文脈で北朝鮮問題をどう読み解くのかは極めて重要なテーマであって、これを抜きにして語れない状況にもうすでに陥っているという認識をぜひもっていただければと思います。本当に、できることが少なくなっている日本で、それでもこれをやるのだという優先順位を作りそれを守り抜ける政治であってほしいと願っています。

 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.221 北朝鮮情勢について論考しつつ、世間で話題のあの花粉マスクのウラをとってみたり、Googleと米国防総省の関係を考えつつ、育児を語る回
2018年3月30日発行号 目次
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【0. 序文】平昌オリンピック後に急速に進展する北朝鮮情勢の読み解き方
【1. インシデント1】「花粉を水に変えるマスク」ハイドロ銀チタンの効用を巡る謎
【2. インシデント2】軍事産業・安全保障領域に近づくGoogleの思惑はどこにあるか
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A
【4. おっさんの育児事情】(メルマガ内不定期連載気味)

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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