甲野善紀
@shouseikan

対話・狭霧の彼方に--甲野善紀×田口慎也往復書簡集(15)

「狂信」と「深い信仰」を分ける境界

「悪の自覚」

では、死という問題と直接的に結びつくことによって、その人間の生き様を焙り出す力を持つ信仰というものをいかに扱うのか。さきのお手紙のなかで甲野先生は御自身の経験を語られ、現代農業批判と、現代栄養学、医学に対する激しい敵対意識から起こりかねなかった自己破壊的行動が、「人間の運命は完璧に決まっていて、同時に完璧に自由である」という気付きによって制御出来るようになったということを書かれていました。そして、親鸞の思想もその気づきに大きな影響を与えたもののひとつであるとも書かれていました。

親鸞は御手紙にもあったように「因縁(縁)が、もよおさなければ人を殺すことも出来ない」という考え方を残しています。これは逆に言えば、人はある状況に置かれれば、時と状況次第では、その人の「人格」がどうであれ、人を殺める可能性があるのだということです。

親鸞の「悪の自覚」というものがどれほどのものなのか、私に専門的に論じる力はありありませんが、まさに「縁」を持った人間は、たとえ信仰を持っていようとも、「人を千人殺す」所業を行ってしまうということです。

この「悪の自覚」、時と状況によって人はどのような行動を取るか究極的にはわからないという自覚を持ち続けることこそが、信仰によって引き起こされる自己破滅的な行動を抑制するために必要になると思うのです。そして信仰の問題だけではなく、甲野先生が常に考えておられる現代医療や現代農業、そして原発の問題を論じる際にも、この「悪の自覚」を我々は常に抱えている必要があると思います。名越先生も以前どこかで語られていたように記憶していますが、人間が「絶対に間違わない」ことなどあり得ないことだからです。

今年の3月、私は学会で広島を訪れました。その際、5年ぶりに「平和記念公園」と「広島平和記念資料館」に赴きました。そのときの印象は、まだ上手く言葉にならないのですが、目の前の資料や展示物が生々しい、きわめてリアルなものであればあるほど、「あんなもの」を数万人もの生きた人間のいるところへ落そうなどということが考えられたということ、そして実際に落とされたということが、全くもってリアルなこととして感じられませんでした。

しかし、それは事実として起きたことです。そして人間は、時と状況次第で「あんなもの」を人間の上に落とす存在なのです。それは、私も含めて。同じく第二次世界大戦中に、人類史に残る惨劇の舞台となったアウシュヴィッツの強制収容所を維持していた人々は、「ごく普通の」人間であったといわれています。「ごく普通の」人間が、時と状況次第で、その人の人格とは全く関係なく、大量虐殺にある種の「加担」をしてしまうということが、実際に起こったのです。

私は現代の科学技術や医療の問題について、詳細に論じる力はありません。しかし、それらが常に暴走する危険を孕んでいること、暴走した場合、地球規模で取り返しがつかない事態が起こる可能性があるということだけは、常に心に刻みつけて生きていきたいと思っています。そして自分が、それこそ「知らぬ間に」、気が付いた時には「加害者」となっている可能性があるということも、です。時と場所が揃ってしまえば、「縁」が整い発動してしまえば、自分自身が文字通り、本当に「人を千人殺す」可能性がある時代に生きているということ。これが、我々現代を生きる人間が抱え込むべき「悪の自覚」なのではないかと、私は考えます。

田口慎也
 

※この記事は甲野善紀メールマガジン「風の先、風の跡――ある武術研究者の日々の気づき」 2012年07月02日 Vol.031 に掲載された記事を編集・再録したものです。

 

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甲野善紀
こうの・よしのり 1949年東京生まれ。武術研究家。武術を通じて「人間にとっての自然」を探求しようと、78年に松聲館道場を起こし、技と術理を研究。99年頃からは武術に限らず、さまざまなスポーツへの応用に成果を得る。介護や楽器演奏、教育などの分野からの関心も高い。著書『剣の精神誌』『古武術からの発想』、共著『身体から革命を起こす』など多数。

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