甲野善紀
@shouseikan

対話・狭霧の彼方に--甲野善紀×田口慎也往復書簡集(15)

「狂信」と「深い信仰」を分ける境界

遠藤周作という人

こうした「跳ぶ」ということと、信仰が持つ「怖さ」ということに関連して私が真っ先に思い出しますのも、遠藤周作なのです。

以前もこの往復書簡にて書かせていただきましたが、遠藤周作という人は、カトリックの教義という観点から見れば、最後まで「跳べなかった」、いや「跳び切れなかった」人ではないかと思うのです。

彼が作品のテーマとして「隠れキリシタン」を取り上げた理由にはいろいろなものがあるのでしょうが、彼らのように徹底的な弾圧を加えられても信仰を守り通した人間、イエス・キリストに命を捧げて殉教していった人間たちに対する、ある種の「憧れ」のようなものが遠藤周作のなかに強くあったのではないかと、今の私は考えています。

沈黙』の舞台は江戸時代ですが、明治時代の初期にも、九州などでは隠れキリシタンへの大弾圧があったそうです。長崎県の「浦上四番崩れ」や「五島崩れ」と呼ばれる大弾圧が記録に残されています。その最中では、約20平方メートル六畳二間ほどの大きさの牢獄に、8ヶ月間ものあいだ隠れキリシタン約200名が監禁され、坐ることも動くこともできない状態のまま放置され、飢えや病によって42名が殉教するという凄惨な事件もあったそうです。ほんの、150年ほど前の日本で、明治維新後の「近代化」が始まった日本で、これほどの宗教的な弾圧が行われたのです。しかし、これほどの状況に置かれてもなお、隠れキリシタンたちは自らの信仰を棄てず、殉教する道を選び取りました。

信仰というものは、「この世」を徹底的に相対化してしまうがゆえに、ここまでの行動を人間にもたらすことがあるのです。イエス・キリストを信仰し、迫害のなかで死んでいった隠れキリシタンの話に胸を打たれる人もいれば、信仰というものが引き起こす「異常さ」、テロリズムにも結びついていく「恐ろしさ」に嫌悪感を持つ人もいることと思います。

それが自然なことだとも、私は思います。信仰というものが持つ、強烈な「逆説」のようなものをおそらく、こうした弾圧時における殉教という事態が最も端的に表していると思うからです。死というものと直接に結びつく信仰という領域において、そのなかでも、特に「殉教」という出来事において、甲野先生がよく仰る「命を超えたものに賭けてこそ、命が最大限に輝く」という逆説的な出来事が、もっとも「研ぎ澄まされた」かたちで出てくるのではないでしょうか。

「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。わたしは敵対させるために来たからである。

人をその父に、
娘を母に、
嫁をしゅうとめに。

こうして、自分の家族の者が敵となる。
わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない。また、自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである」
(マタイによる福音書:10章34節-39節)

1 2 3
甲野善紀
こうの・よしのり 1949年東京生まれ。武術研究家。武術を通じて「人間にとっての自然」を探求しようと、78年に松聲館道場を起こし、技と術理を研究。99年頃からは武術に限らず、さまざまなスポーツへの応用に成果を得る。介護や楽器演奏、教育などの分野からの関心も高い。著書『剣の精神誌』『古武術からの発想』、共著『身体から革命を起こす』など多数。

その他の記事

インタラクションデザイン時代の到来ーー Appleの新製品にみる「オレンジよりオレンジ味」の革命(西田宗千佳)
「韓国の複合危機」日本として、どう隣国を再定義するか(やまもといちろう)
子どもに「成功体験」を積ませることよりも、親の「しくじった話」が子どもの自己肯定感を育むってどういうこと?(平岩国泰)
「ワクチン接種」後のコロナウイルスとの戦いは「若者にも出る後遺症」(やまもといちろう)
ハバナ症候群という不思議な病の顛末(高城剛)
あらゆる気候変動を想定しなければならない時代(高城剛)
衰退がはじまった「過去のシステム」と「あたらしい加速」のためのギアチェンジ(高城剛)
言葉で言い表せない不思議ななにかが起きるとき(高城剛)
5-10分の「忘れ物を取り戻る」程度の小走りが脳を変える(高城剛)
「平気で悪いことをやる人」がえらくなったあとで喰らうしっぺ返し(やまもといちろう)
歩く速度と健康状態の関係(高城剛)
リアルな経済効果を生んだ「けものフレンズ」、そして動物園のジレンマは続く(川端裕人)
国内IMAX上映に隠された映画会社や配給会社の不都合な真実(高城剛)
世界中の未来都市を訪れて気付いた良い街づくりの必要条件(高城剛)
21世紀型狩猟採集民というあたらしい都会の生き方(高城剛)
甲野善紀のメールマガジン
「風の先、風の跡~ある武術研究者の日々の気づき」

[料金(税込)] 550円(税込)/ 月
[発行周期] 月1回発行(第3月曜日配信予定)

ページのトップへ