小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」より

新「MacBook」を使ってみたらーー「ペタペタ」キーボード礼賛論

小寺信良&西田宗千佳メールマガジン「金曜ランチビュッフェ」2015年5月29日 Vol.036 <春のマインドチェンジ号>より

keyboard

4月以降、アップルの新「MacBook」を仕事の道具に使っている。USB-C端子がひとつしかないのはやっぱり困るし、パフォーマンス面で「もう一声!」と言いたい時がないではない。しかし、基本的にはかなり満足しており、過去の機器に戻すつもりはない。

中でも意外なほど気に入っているのがキーボードだ。新MacBookは、発表されると賛否両論が渦巻いた。あまりにストロークのない「薄い」キーボードだったからだ。商品が出荷されて1カ月以上が経過しているが、今でも「あのキーボードでは仕事はできない」という声を聞く。

・新MacBookのキーボード。キートップがほとんど出っ張らない、薄くてストロークのない「ペタペタ」キーボードである。

しかし、筆者はあえてこう言おう。

「このペタペタがいいんですよ。もう戻れないです」と。

別にアップル礼賛ではない。マイクロソフトもSurfaceで、また別の「ペタペタキーボード」を採用している。こちらも評判はまちまちなのだが、こと、6月19日に日本でも発売される「Surface 3」についていえば、以前よりずいぶん使い勝手が改善された、という印象を持った。ちょっと極端だが、「使い勝手のいいペタペタキーボード」の時代がやってきたんじゃなかろうか、と思っている。

・Surface 3のタイプカバーキーボード。こちらも「ペタペタ」だ。

これまでキーボードは「ストロークが深いものが良い」とされてきた。では、その理由はなぜか? それは、ストロークの深いキーボードの方が確実に押したと判断しやすかったからだ。

キーとはスイッチである。自分が高速に大量のスイッチを「正確に押している」と認識できて、我々は初めて「快適にキー入力ができている」と判断する。ストロークの浅いキーボードでは、キーを「まっすぐ正確に押し込んだ」のか、「斜めに押しただけでまだ文字は入力されていないのか」を、触感だけで判断するのが難しかった。ストロークが深いキーは、正確に入力された時にはキーが奥まで沈み込むため、その感触で「入力の正確さ」を推し量ることができたわけである。

しかし昨今、キーに使われるスイッチの形状や精度が変わることで、その辺の常識が変わりつつある。たとえば新MacBookのキーボードの場合、キーの中央を射貫かなくても、端を押すだけでもキーが「押された」と判断されるような物理的構造になっている。すなわち「キーがより楽に押せる」ようになっているわけだ。ストロークの深いキーは、それだけ指を物理的に動かす距離が長くなる。当然力もいる。一方で、ストロークが極端に浅くても入力が行える「昨今のペタペタキーボード」は、そこで余計な力がいらない。

私は、わりとキーを乱雑にたたく方だと思っていた。いわゆる「カチャターン!」なタイプだ。デスクトップパソコンで原稿を書いていた頃は、メカニカルで「チャカチャカ」音を立てるようなキーが好きだった。音が聞こえることでタイプしている感触を確認していたわけだ。だが、そういえばここ数年、「うるさい」といわれなくなってきた感じがする。ノートパソコンのキーボードは、基本的にストロークが浅い。デスクトップパソコンを一切使わなくなって7年、ノートパソコンのキーボードだけで原稿を書いてきたが、そろそろキーのたたき方も、ストロークの浅いキーに最適化されてきたのかもしれない。

それに拍車をかけたのが、新MacBookのキーだ。いままでに比べてもさらにストロークが浅く、さらに力を使わない。あまりの違いに最初は戸惑うのだが、半日もたてば慣れてしまう。慣れた後に従来の製品のキーを触ると、「なんてクニャクニャしていて打ちにくいんだ!」と感じるようになった。ほんの数ミリのストロークが生み出すタイムラグと、押すための労力が、なんとも邪魔なものに感じるのだ。これはあくまで「感触」の世界であり、すべての人に同じように感じられるわけではない。だが、「正確に押せる」ことと「ストロークがないこと」がセットになっていると、いままでのキーボードの常識は破壊されるのは間違いない、と考えている。

一方、いいことばかりでもない。新MacBookになって、打鍵音は間違いなく大きくなった。いや、正確にいえば「甲高く」なった。人はそんなに器用ではない。力が不要とはいえ、いままでさんざんやってきた「タイプ」という行為から、力を抜けるわけがない。余った力はどこにいくかというと、キーを必要以上に「押す」方に働く。結果、ペタペタという音は大きくなる。いままでのキー入力音に比べ、高くて響きやすい音が出るので、周囲で聞くと「音が耳障りになった」と感じられている可能性は高い。Surfaceのタイプカバーキーボードも、「ペタペタ音」が他より大きくなりがちだと感じていたが、新MacBookも同様だとは思わなかった。

また、軽く入力できるためか、指がもつれがちな左下のキーで誤タイプが起きやすい。従来なら「確実にキーの真ん中を押す」まで文字は入力されなかったが、今はミスタッチで端に触れた時でも入力と見なされる。この辺も慣れが必要な部分と感じる。

ノートパソコンを設計するとき、エンジニアは様々な点を配慮する。入力の確実性・快適さを気にするのと同時に、「周囲に音が漏れない」ことを旨とするメーカーは多い。特に日本では、音の周波数を計測し、どこを改善すると音が小さくなるか……という努力をするところもある。キーを押した時の「力の抜け」をグラフにし、快適さを演出するところもある。

このところ、ノートパソコンは価格重視の側面が強く、そこまでキーボードにこだわった製品は減っている印象だ。だが、スマートフォンとの差別化もあって「パソコンは快適にいろいろな生産行為が行えるもの」とされているわけだから、キーボードへの開発投資再燃は、ありそうな話ではある。

みなさんも「ストローク絶対主義」をちょっと脇へ置いて、「ペタペタキーボード」を本気で触ってみてほしいと思う。もしかするとこの先に、新しい快適な操作環境があるかもしれないからだ。

 

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ

2015年5月29日 Vol.036 <春のマインドチェンジ号>目次

01 論壇(小寺)
ドローン少年逮捕をどう受け止めるべきか
02 余談(西田)
「ペタペタ」キーボード礼賛論
03 対談(西田)
「大江戸スタートアップ」が見る日本のスタートアップ事情(1)
04 過去記事アーカイブズ(小寺)
次世代エネルギーとスマートグリッドで家電が変わる?
05 ニュースクリップ(小寺・西田)
06 今週のおたより(小寺・西田)

 

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筆者:西田宗千佳

フリージャーナリスト。1971年福井県出身。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。

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