岩崎夏海
@huckleberry2008

岩崎夏海のメールマガジン「ハックルベリーに会いに行く」より

ドラッカーはなぜ『イノベーションと企業家精神』を書いたか

※岩崎夏海のメルマガ「ハックルベリーに会いに行く」より

ドラッカーは常に社会を見ていた。

青年期、二〇世紀前半のドイツに暮らす中で、ナチスの勃興、及びその蛮行に直面した彼は、こう考える。

「この厄災の理由は何か?」

熟考の末、辿り着いたのは「時代が変化するとき、旧勢力と新勢力との間に摩擦が起き、それが争いを生む」という結論だった。

例えば、ドイツにはまず産業革命があった。そうして新勢力たる市民が力をつけてきたのだが、それに対し、旧勢力たる貴族、及びブルジョワジーはこれを押さえつけようとした。そうして、富を独占しようとしたのである。

それで、市民の間には貴族、及びブルジョワジーを打ち負かす革命家の出現が待ち望まれるようになった。それに呼応する形で現れたのがナチスである。そのため、彼らは急速に勢力を拡大し、大きな争いを生み出した。

それを見たドラッカーは、こう考えた。
「旧勢力から新勢力への権限の委譲がスムーズに果たされれば、ナチスなどの革命家を生み出すこともなく、争いを避けられるのではないだろうか」

そうして、その「権限の委譲をスムーズに果たす方法」を探し始める。すると、そこで見つけたものこそ「マネジメント」だった。マネジメントこそ、旧勢力から新勢力への権限の委譲を速やかにし、摩擦を最小限に抑えるための最も有効な方策だ。実際、二〇世紀前半のアメリカでは、マネジメントの力によって他のどの国よりも先に新時代への移行を果たしていた。

そこでドラッカーは、主にアメリカの企業で行われていたマネジメントを調査、研究し、それを一つの体系にまとめ上げた。それこそ、一九七三年に書かれた『マネジメント』である。

ところで、ドラッカーはマネジメントを研究する過程で、産業革命にも匹敵する新たな変化が訪れつつあることに気づく。それは「情報化社会」だ。情報化社会によってもたらされる変化というのは、情報があまねく行き渡ることにより、それによる格差がなくなることである。

情報格差がなくなると、一見平等性が高まるように見えるのだが、それ以上に、そこには競争の激化というものが避けられない。それは、人類が横一列に並びヨーイドンで一〇〇メートル競走をするようなものだ。勝ち負けがはっきりしてしまう。そうして結果的に、新たな格差を増大させると見抜いたのだ。

そのため、ドラッカーの次の課題は「情報化社会の摩擦を少なくし、格差を最小限にとどめるためにはどうすればいいか?」ということとなった。そして、その方法こそ「イノベーション」と行き着いたのである。そうして彼は、一九八五年に『イノベーションと企業家精神』を書き上げた。

ぼくの新しい本『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を読んだら』(通称『もしイノ』)は、この本をテーマとしている。なぜかといえば、二〇一〇年代半ばの今まさに、ドラッカーが予見した未来になっているからだ。情報化社会によって、競争が激化した。それによって、勝者と敗者が色濃く分けられ、格差社会が進行した。そこでは、会社の数はもちろん、職業の数もどんどんと減っている。勝者が限られることにより、敗者の数がどんどん増えているのだ。

そんな時代に、競争の激化を抑止し、社会の疲弊を防ぐにはどうすればいいか?

その方法について具体的に記したのが、『イノベーションと企業家精神』である。そのため、『マネジメント』の次に取り上げるのはこの本しかないと考えたのである。

ではなぜ、イノベーションが競争社会の激化を抑止するのか? それは、イノベーションの目標そのものが、「競争を避けること」にあるからだ。

イノベーションは、新しい価値、新しい市場を生み出す。それが成功すれば、そこには競争が起こらない。なぜかというと、新しい価値、新しい市場であるがゆえ、競争相手がいないからである。そうして、一時的にでも競争を避けることができる。その間は、競争による疲弊を免れるのである。

もちろん、そこにもいずれはライバルが参入してくるから、再び競争が生まれる。そのため、だいじになってくるのはイノベーションを起こし続けること。一時の変化に満足するのではなく、変化に対応し続けることを常とするのである。

変化を起こし続けることができれば、競争の激化による疲弊を回避し続けられる。そうして、疲弊を本格的に回避できる。

そう考えたドラッカーは、イノベーションを起こし続けるための方法を考えた。それをまとめあげたものこそ、『イノベーションと企業家精神』という本であり、それを参考書として女子高生が高校野球界に変化を起こし続ける物語こそ、『もしイノ』なのである。


もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を読んだら
岩崎夏海


イノベーションと企業家精神【エッセンシャル版】

 

「おしらせ」

12月5日に渋谷で16時からトークショー&サイン会を行います。

岩崎夏海『もしイノ』出版記念トークショー&即売サイン会
http://genjiyamaro.wix.com/moshiino

ぜひお越しください!

 

岩崎夏海メールマガジン「ハックルベリーに会いに行く」

35『毎朝6時、スマホに2000字の「未来予測」が届きます。』 このメルマガは、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(通称『もしドラ』)作者の岩崎夏海が、長年コンテンツ業界で仕事をする中で培った「価値の読み解き方」を駆使し、混沌とした現代をどうとらえればいいのか?――また未来はどうなるのか?――を書き綴っていく社会評論コラムです。

【 料金(税込) 】 864円 / 月
【 発行周期 】 基本的に平日毎日

ご購読・詳細はこちら
http://yakan-hiko.com/huckleberry.html

岩崎夏海
1968年生。東京都日野市出身。 東京芸術大学建築科卒業後、作詞家の秋元康氏に師事。放送作家として『とんねるずのみなさんのおかげです』『ダウンタウンのごっつええ感じ』など、主にバラエティ番組の制作に参加。その後AKB48のプロデュースなどにも携わる。 2009年12月、初めての出版作品となる『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(累計273万部)を著す。近著に自身が代表を務める「部屋を考える会」著「部屋を活かせば人生が変わる」(累計3万部)などがある。

その他の記事

できるだけ若いうちに知っておいたほうがいい本当の「愛」の話(名越康文)
アイデアを生む予定表の「余白」(岩崎夏海)
ヒットの秘訣は「時代の変化」を読み解く力(岩崎夏海)
中部横断自動車道をめぐる国交省の不可解な動き(津田大介)
ピダハンから考える信仰における「ほんとう」について(甲野善紀)
就活の面接官は何を見ているか(岩崎夏海)
中央集権的システムがもたらす「あたらしい廃墟」(高城剛)
「平気で悪いことをやる人」がえらくなったあとで喰らうしっぺ返し(やまもといちろう)
連合前会長神津里季生さんとの対談を終え参院選を目前に控えて(やまもといちろう)
効かないコロナ特効薬・塩野義ゾコーバを巡る醜聞と闇(やまもといちろう)
豚だらけの南の島、ババウ島に隠された奥深くも驚くべき秘密(高城剛)
『もののあはれ』の実装は可能か(宇野常寛)
地味だが「独自色」が蘇った今年のCEATEC(西田宗千佳)
虚実が混在する情報の坩堝としてのSNSの行方(やまもといちろう)
「言論の自由」と「暴力反対」にみる、論理に対するかまえの浅さ(岩崎夏海)
岩崎夏海のメールマガジン
「ハックルベリーに会いに行く」

[料金(税込)] 880円(税込)/ 月
[発行周期] 基本的に平日毎日

ページのトップへ