※メールマガジン「小寺・西田の金曜ランチビュッフェ」2016年7月22日 Vol.091 <大胆すぎる夏号>より
もうタイトルからしてラジオばっかりだが、7月20日、有楽町にあるニッポン放送にて、新製品発表会があるというので出かけていった。西田さんが先に来ていたので、隣に座って発表会に臨むこととなった。
13時ピッタリにニッポン放送の名物アナウンサー吉田尚記さんの軽快な司会でスタートした発表会だが、今回の製品は吉田さんの企画発案であったという。今回はその内容と共に、ラジオというメディアを考えるいい機会ともなった。
・日本一忙しいラジオアナウンサーとの異名を持つ吉田尚記さん
ラジオってなんだろう?
ラジオというのは、現在日本国内に約2億台あるといわれている。カーラジオも含めて、ハードウェアとしてのラジオである。スマホのネットラジオ受信アプリなどは含まない。カーラジオを含むということは、毎年毎年車と同じ数のラジオは確実に作られているということである。
吉田アナは、ラジオはこれだけ親しまれているにも関わらず、ラジオ局がラジオを作ったことがない、という。当然家電メーカーも、ラジオ番組を作ったことはない。だったら一緒に作ってもいいのではないか、というのがスタートであった。
正確には、ラジオ放送局がラジオを作ったことがないというのは誤りである。ラジオ放送が始まった初期には、ラジオの完成品はめちゃくちゃ高かった。テレフンケンやRCAのような輸入品だったからである。当時ラジオ放送をになったNHKは、受信機の普及を目指して、「放送局型」と呼ばれるラジオの規格を策定し、回路設計はもちろん、制作方法、制作試験といったノウハウに至るまで、メーカーに無償で提供した。出荷検査で合格したラジオには、「放送局型受信機之証」という標章が貼付され、1938年から1941年まで、複数のモデルが設計・製造された。
具体的な製造はしていないが、今のファブレスメーカーと同じようなものであるので、「作った」とは言えるだろう。このあたりは、NHK放送博物館刊行の「放送の未来へ繋ぐ 図録 機器100選」に詳しいが、こんなものを買うのはよほどの好事家しかいないので、ほとんど誰も知らないと思われる。
さてこうした苦労があり普及したラジオだが、ある時からラジオの形はステレオタイプとなった。四角くてチューナーダイヤルとメーターがあり、スピーカーがあってロッドアンテナが付いていれば、誰でもラジオと認識する。だが実際にこういうステレオタイプなラジオを持っている人は少ないだろう。
吉田さんは、ラジオとは寂しさを消してくれるもの、と定義する。だがテレビの用に、過剰に干渉されるものではない。寂しくないけど煩わしくもない。そっと寄り添うメディアが、ラジオである。吉田さんは、そんなラジオ本来の魅力が伝えられるラジオが欲しかった、という。
「気配」を形に
実際にモノを作るにあたって協力したのは、ハードウェアベンチャーとして知られる CEREVOと、フィギュアメーカーのグッドスマイルカンパニーだ。異色の組み合わせではあるが、グッドスマイルカンパニーはアニメコラボのヘッドホン、イヤホンを多数製品化しており、オーディオ製品のデザインノウハウがある。具体的なデザインに付いては、グッドスマイルカンパニーのヘッドホンも手がけた、デザイナーで造形家のメチクロ氏が担当した。
・製品を囲んで。左から吉田さん、メチクロさん、CEREVO 岩佐さん、グッとスマイルカンパニー 安藝さん
メチクロさんは、本来デザイナーとは問題解決をする役わりと思われがちだが、問題提起や動機付けという役割が大きいという。要するにかっこいいものを作ってくれと言われることが多いが、まずは本質的なところが理解できなければ先へは進めない。
そもそもラジオってなんだ? という根源的な問いに対して、ニッポン放送では放送現場も見ていただき、放送マスターの様子も見ていただいたという。そこでたどり着いたラジオの本質とは、「気配」であるという。
ラジオをつけたら部屋の雰囲気が一変する、誰かがそこにいてくれる感じ。音楽をかけてもいいが、ライブラリ音源ではニュースを知ることはできない。自分の仲間が、知ってる情報を教えてくれるような暖かさ。このラジオの良さは、今も死んではいない。
そういうところから発想してできたのが、円筒形のデザインである。スピーカーがしっかりあって、ここから音が出てます的なものではなく、どこからか音が聞こえるという「気配」を表現するために、無指向性のスピーカー設計とした。無指向性であれば、特定のリスニングポイントがないので、家事するときに自分の体の動きを制限されないという良さがある。
これまでも、モノラルのスピーカーで無指向性のBluetoothスピーカーは、いくつか製品がある。本製品もその設計の例に漏れず、フルレンジスピーカーを上向きにセットし、その向かい側には円錐形の拡散板がある。これにより、垂直に立ちあがった音を360°水平方向に「撒く」わけだ。ボディの直径は80mmで、部屋にあってもイヤじゃないサイズとして、ワインボトルとほぼ同じサイズだという。
・試作機。上部の二重のリングは、チューニングダイヤルとボリュームになっている
吉田さんは、この「気配」について、人間は一緒に誰かと何かを共有しているかに敏感だという。音源再生による音楽は、人と繋がった感じがない。ラジオ局には多種多様な問い合わせが来るが、一番多い問い合わせは、今の放送は生放送かどうか、だという。生放送だと大変喜ばれるのだそうだ。ラジオ放送はマスメディアではあるが、こうしたリスナーとの繋がりを非常に重視しており、まるでミニコミであるかのような強固なコミュニティを形成しているのが特徴であろう。
ラジオの良さを生かした作り
一方でCEREVOの岩佐社長は、話を聴いて「なんで今ラジオなのか?」という思いはあったという。だがCEREVOはこれまでも、トラディショナルなものを今のテクノロジーでガラッと変える製品を手がけており、メチクロさんによる今風なデザインもでてきたことで、これもまた面白そうだと思い直したという。
ラジオ・レシーバーにはSILICON LABSの「Si4735」を採用した。AM/FM/SW(短波)/LW(長波)統合型のデジタルレシーバーだが、案外国内製品では使われていないという。
さらには、スイッチを入れた瞬間からラジオの音が出るというのも、こだわりの1つだ。アナログ機器と違い、デジタル機器やアプリによるコンテンツの再生では、音が出てから2秒ほど待たされる。テレビのザッピングも、今はもう慣れてしまったが、アナログ時代はチャンネルを変えればすぐに次の放送局が映ったものだった。この2秒の間が生活を止めている、と吉田アナは指摘する。
また恐らく世界初の取り組みとして、BLEビーコンを発する機能を搭載した。BLEとはBluetooth Low Energyの略で、低消費電力で長時間ビーコンを発し続ける規格だ。小型のユニットを取り付けて、ペットの位置を探したり、大規模な話では認知症の方に持たせておいて、徘徊したら居場所と特定するとか、これから広い活用が見込まれる技術である。Tech的には、iOS 7から搭載された、「iBeacon」が知られているかもしれない。
ラジオ端末がBLEを発すると、スマートフォンにはURLが配信される仕組みだ。たとえばラジオCMでも「続きはWebで!」などと言っているが、そのWebを送れるわけである。また番組放送中のスナップをリスナーに共有したり、イベント情報の告知ではそのURLを飛ばしたりと、多種多様な活用方法が考えられる。
では放送からどうやってラジオにURLを飛ばすかというと、放送局からはラジオの音声に乗せて、電話の発信音に使われるDTFM音を流す。それにラジオ端末内のチップが反応して短縮URLに変換、それをBLEでスマホに撒く、という流れだ。「トーンコネクト」という技術だそうである。
・世界初、BLEビーコンを送信できる仕掛けが
スマホ側では、受け取った短縮URLをデコードするために特定のサーバーへアクセスし、そこでフィルタリングをかけながら正規のURLへデコード、スマホへ送り返す、という流れ出そうである。
実際に会場でもBLEビーコンを送信していたので、筆者のiPhoneで受信してみた。Chromeが入っていれば受信できるそうだが、正規URLへはデコードできなかった。たぶんスタジオが地下なので、その時に掴んでいたUQ Wimax回線が圏外だったため、ビーコンは受信できていたものの、正規URLへのデコードのところでつまってしまったものと思われる。
技術的にも面白いこのラジオ、「気配」を英語で表わした「Hint」という製品名となっている。20日からクラウドファンディングで受付が始まっているので、興味のある方はぜひご参加いただければと思う。
・ラジオ局が本気で作る、今までにないラジオ【Hint(ヒント)】
小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」
2016年7月22日 Vol.091 <大胆すぎる夏号> 目次
01 論壇【西田】
孫正義氏はなぜARMに賭けたのか
02 余談【小寺】
ラジオを再発明? ラジオ局が仕掛けるラジオ
03 対談【小寺・西田】
VRおじさん・広田稔さんに聞く「バーチャルリアリティ」の今とこれから(2)
04 過去記事【西田】
質問:「ポケモン」と「ミッキーマウス」におけるキャラクタービジネス上の相似点と相違点を述べよ。
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと
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