※メールマガジン「小寺・西田の金曜ランチビュッフェ」2017年5月26日 Vol.128 <風に吹かれて号>より
何度か記事にしているように、海外では日本より一足先に「スマートスピーカー」のブームがやってきている。アメリカでは、AmazonのEchoが2016年だけで520万台以上売れ、独走態勢を築きつつある。それを追いかけるように、Googleもマイクロソフトも製品している。噂通り、6月のWWDCでアップルも製品を発表することになれば、ほぼすべてのプラットフォーマーがこの戦いに参戦することになる。日本でもLINEが、独自のスマートスピーカーの発表を控えている……と見られる。
スマートスピーカーは、世界的に売れ、注目されている。だが一方で、その製品性については疑問の声もある。
「音声認識精度は、確かに高くなったが完璧ではない」「語彙が不足していて、期待するほど賢くない」「なにをしてもらえばいいかわからない」という指摘だ。「声で命令する間に画面をタップした方が早い」という意見もある。
まあたしかに、どれももっともなものだ。現在の音声コマンドは、認識精度こそ過去とは比べものにならないくらい進化したとはいえ、人に適切な対応を返す、という意味では、まだまだ改善の余地がある。スマホが執事の代わりにならないように、スマートスピーカーもコンシェルジュのように働いてくれるわけではない。まだ、今は。
そもそも、アメリカでスマートスピーカーがヒットしたことには、きちんと背景、というか一定の文脈が存在する。
それは、アメリカの音楽シーンがすっかり、SpotifyやApple Musicのような「ストリーミング・ミュージック」に席巻されているからだ。
ストリーミング・ミュージックの良さは、どこでも好きな音楽が聴けることだ。一方で、利用はスマホかPCからが基本。対応家電も多くはない。スマホを持ち歩いている時はいいが、リビングや寝室でくつろいでいる時には、常にスマホを身につけているとは限らない。
そこで生まれたのが「Wi-Fiスピーカー」と呼ばれたもの。スピーカーがWi-Fiへと直接接続し、スマホのスピーカーよりも大きくよい音で音楽を楽しめる存在である。
実は、スマートスピーカーは、例外なくWi-Fiスピーカーの能力を備えている。ストリーミング・ミュージックを部屋で楽に使えるものとして、まずとりあえず使えるから(しかも、Amazon Echo Dashあたりだと50ドルからと非常に安い!)売れた、という部分がある。
実際、この使い方はかなり便利だ。
筆者の手元にあり、使ったことのあるGoogle HomeやAmazon Echo Dashは、そこまで音質のいいものではない。特にEcho Dashは安いだけあって音質は二の次……というか、そもそも別にあるスピーカーをつないで使うことが前提となっている。だから、本体だけで聞く場合は、ラジオ感覚というかBGM感覚というか、かなりカジュアルに使うものだな……という印象を受ける。
しかし、これはこれでいいな……というのが実感だ。今流行の曲やお気に入りの曲の自動生成プレイリストを再生し、「お、こんな曲が」と驚きながら聞く程度なら、まさにぴったりの使い方だ。そういう音楽の聴き方は、過去にはラジオや有線放送が担っていたわけだが、ストリーミング・ミュージックはその代替という部分もあり、使い方的にも合致する。
そこで音楽の再生を制御する時に、わざわざリモコンやボタンで使うのは無粋なものだ。そうやって音声コマンドを使ってみて、さらにほかのこともやってみると「おお、案外これはきちんと使えるものだな……」という風に認知が高まっていく。
アメリカでは主にそういう形でスマートスピーカーが広がっていった経緯がある。そう考えれば、未成熟な技術を使った製品がここまでヒットした要因も見えてくる。
日本ではどうだろう?
日本は海外ほどストリーミング・ミュージックが定着していない。だから「とりあえずこの用途に使えばいい」というブーストが効かない状態にある、といってもいい。これはマイナスだし、逆に、スマートスピーカーがストリーミング・ミュージックの良さを広げるものになる……という期待もできる。
どちらにしろ、スマートスピーカーはAIの観点だけで語ってはだめで、他のサービスとの連携こそがキモなのだ。
小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」
2017年5月26日 Vol.128 <風に吹かれて号> 目次
01 論壇【小寺】
京大 v.s. JASRAC問題が指し示す先
02 余談【西田】
スマートスピーカー、ヒットの理由は「AI」じゃなく「音楽」だ
03 特集【小寺】
NAB2017レポート (3)
04 過去記事【小寺】
ホントにやるの? 8K放送
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと
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