やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

学術系の話で出鱈目が出回りやすい理由



 以前ご一緒していた東京大学の研究室絡みで、興味深いけど見事なガセネタが回ってきて、肩をすくめたり苦笑したりしていた事案が先週ありました。インタビューの体裁になっていまして、語っているのはワークスアプリケーションズというソフト会社の牧野正幸さんという社長さんです。

東大の学費を5倍に 「考える若者」育てる奥の手

 むろん、この内容自体は言われるまでもなくガセネタなので、当事者はみんな分かっているし、学費を5倍にするかどうかを真剣に議論されたことなどありません。一種の与太話なので、通常ははいはいありがとうございました、という話で済まされるのが通常です。

 大学での教育環境については、すでに国際比較は行われていますし、コンセンサスも一応はあるわけですね。少なくとも、この牧野さんの語る「欧米の大学でできることが、日本ではなぜできないのか。先生の数が圧倒的に足りないからです。私の感覚では、日本の大学の教師対生徒の比率は、海外のトップレベルの大学の5分の1です」はまったくの嘘です。

「大学における大学生・教員数比率の国際比較」
大学の学生・教職員数比率の国際比較調査から見えてきたもの

 ところが、記事を鵜呑みにした読者らしき人たちから、ある種の誹謗中傷のようなものが出始めます。概ねこの牧野さんの主張に沿った内容なので、影響をされたのだろうと思うわけですけれども、わざわざ封書でこの問題についての見解を求める、というような連絡を寄越してきた人もいるようです。もちろん、義憤に駆られて善処を求めたいということなんだと思うのですが、一方で、もう少し調べてからくればいいのにと思うこともたくさんあります。

 他の国の大学と日本の大学とで問題視されるべきところでいうと、産学研究をわずかながら手掛ける私でさえ気づくところは「研究予算」と「教授・准教授の人件費の安さ」に尽きます。文科行政の伝統的な問題かもしれませんが、海外でそれなりのクラスの研究をしている人を大学に呼んできてポストに就けようとなると、やはり10万ドルから40万ドルぐらいの報酬を払わないとそもそも来てくれません。日本で順調に出世コースを歩んでいる教授でも8万ドルぐらいの報酬しか得ていないことを考えると、日本の大学の教授会などで「海外からこの教授をこれだけの報酬で呼びましょう」と建議されたとき「俺でさえ700万円ぐらいしかもらっていないのに」みたいな空気になるのは仕方のないことだと思うのです。

 教員に対するサラリーもこうである以上、研究と指導を両面で行わなければならない大学の教員は、これといった事務のサポートも得られないまま、また研究発表をお金に換えるための営業もなかなか手が回らないよということになります。その意味では、牧野さんのいう「欧米のトップレベルの大学の5分の1」というのは事務作業を補助する要員という観点になるんじゃないかと思ったりもします。教授に雑務が多すぎるのでしょう。書類仕事に追われたり、大学入試で駆り出されたりすることで、本来必要な研究に充てられる時間や、学部生たちを素晴らしいカリキュラムで指導する時間が損なわれているようであれば本末転倒です。

 その一方で、大学全入時代とまで言われ、大学進学率が5割近い状況になってくると、少子化に転じたいま大学の統廃合はかなり積極的にやっていかない限り日本の科学研究は手遅れになります。言い方は悪いですが、良い大学も悪い大学も、良い教員も悪い教員もすべて文部科学省の方針では温存になってしまうので、限られた科学技術予算が薄く広く分配され、本来ならば有望な研究に携わる教員には分厚くされるべき予算が「企業との共同研究を取りにいかなければ研究プロジェクト自体を組成できない」羽目になります。

 これは、予算のつけやすい薬学・医療や半導体、通信、素材といった分野はある程度企業側の“手盛り”は成立する世界ですが、逆に法律、人文、教育、政治過程、コミュニケーションといった分野はフィールドワークをやる予算さえもつきませんし、共同研究してくれる企業自体が限られるために身動きが取れなくなっていきます。文字通り、文系の貧乏教授はこれといった学識や実績を上げることがどんどんむつかしくなっていきます。机上で低予算の論文を仕上げることが一番のインセンティブとなると、どんどん国際標準の研究から遠ざかってしまい、結果として現場で実地の事例に携わる優秀な弁護士や政治家秘書のほうがよほど知見を持っていたりする分野が出てきてしまうわけです。

 本来ならば、そういう問題を解決するために長い目線で文部科学省が方針を決めてどうにかしていかなければならないところが、政治家自体が今回の加計学園でどういうわけか前川喜平元事務次官の下半身問題になってしまって、いや、そうじゃねえだろという気持ちにさせられるわけであります。それよりも、実態に沿った大学教育の在り方を考えましょうという前向きな話になってほしいなあと思いながら、我が子が直面する大学入試改革の要綱を眺める毎日です。

 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.191 大学問題にまつわるガセネタを糾弾しつつ、山口某氏準強姦騒ぎやAmazon詐欺事件が抱える問題の核心に触れてみる回
2017年5月31日発行号 目次
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【0. 序文】学術系の話で出鱈目が出回りやすい理由
【1. インシデント1】「忖度」安倍政権、山口敬之さんレイプ話のしょうもない展開
【2. インシデント2】Amazonは詐欺事案続出と対応の不備を問う声にどうこたえるか
【3. インシデント3】ネットサービスの一般化がもたらす混乱と軋轢
【4. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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