やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

「海賊版サイト」対策は、旧作まんがやアニメの無料化から進めるべきでは



 今回の政府ブロッキングで問題となった3サイト「漫画村」「miomio」「Anitube」に関しては、昨年からこの3サイトともに日本から発信された日本人の運営による海賊版サイトであったことはすでに既報の通りです。当メルマガでも本件については(興味本位ながら)書き続けてきているわけですが、結局のところ一番の問題は「日本人の手によるもの」だという点であります。

 そして、講談社から「刑事告訴していました」という話が出ていましたが、少なくともこの4月の頭まで、当局取材を重ねても事件化していないという内容は事実であると確信します。それゆえに、「刑事告訴を出したが受理されていなかった」とか「私がメルマガ号外で何もしていなかった可能性を指摘してから慌てて刑事告訴を出した」などの理由ではないかと思います。

 実際、事件化していなかったことへの弊害は単に当局が捜査着手していなかったという話だけでなく、JIAA(日本インタラクティブ広告協会)などの業界団体に対して広告掲載に関する問題対処に何らリストが提示されてこなかった(打診も無かった)という点にも示されています。通常、問題のある広告配信を排除するにあたっては、事件化していたり反社との関連が疑われるサイトについて、いわゆるブラックリストとされるアクセス禁止のURLやサーバーを指定した資料が送りつけられるのが定常です。どれも事件化したり問題サイトであると明記し得る根拠があってこそのリストなのですが、著作権違反サイトには警察サイドからも具体的なサイトリストの提供もない(事件化していないから違法サイトと認定できない)ので具体的な対応を取りようもなく困る、というのが実際です。

 それどころか、本来は当局からのブラックリストを根拠にするのは結構大変なことで、これらはあくまで被害者がいて当局が捜査を開始したよという事実があるだけの話であって、推定無罪の原則から「有罪判決も出ていないのに、疑いがあり、捜査が開始されたという事実だけでブラックリストに掲載し、それを広告配信停止などの具体的な措置に繋げていいのか」という話は昔からあります。少し前の話ですが、無罪に終わったFC2動画に対する広告配信が一斉に止められたとき、広告配信を担当している広告代理店からこれらの問題を指摘した組織に対し警告書が送られ、営業妨害であるということで、実際に取引を再開しなければならないところに追い込まれた、という事例もあります。FC2は完全なとばっちりだったのですが、事件化したから即広告遮断というのも問題であることは言うまでもなく、ブロッキング議論というのは広告も含めて結構雑なやり方が過ぎるのでは、という風にも思います。

 それだけ出版業界としては海賊版被害による事業への著しい悪影響があるのだ、ということでしょうし、ブロッキングに反対する人たちはその手法や、それを選択するに至った経緯が非民主的だということで怒っているのであって、海賊版を温存しろとか、著作物にカネを払うべきではないというような極論を言う人は有識者では見事に皆無なわけです。

 せいぜいあるとしても「海賊版のほうが使いやすいサイトを作っているので、もっと出版業界は読み手に寄り添ったサービスを作るべきだ」ということぐらいでしょうか。

 それゆえに、私も有識者と言うには末席過ぎるところを汚しているだけではありますが、海賊版対策として有効なことは「再販に守られて価格統制の枠内に入ってしまった旧作や準新作は無料で開放せよ」ということではないかと思っております。いわば、有料で漫画を読みたい層は新刊が欲しいのであるから、彼らのコレクション性はきちんと担保したうえで、古いまんがは読み放題にし、アニメも閲覧自由にするぐらい、解放してやるのが一番良いのではないか、と考えるわけであります。

 実際、海賊版サイトの利用動向を見ていても、一番大きいのはもちろん新作新刊に対するアクセスなのですが、実際それらは利用者の上位15%から17%ほどが熱心な新刊漁りの面々であって、残りの8割以上は旧作を暇つぶしに読んでいるというニーズです。これらは、CODAが利用者×漫画単価で算出した流通額ベースの被害額を担うような高尚な客ではなく、まんが喫茶にいってもなかなか揃ってなくて読み通せないようなまんがをごっそり落としてきて読むという「漫画を読む習慣を持った客」であるに他なりません。

 しかしながら、これらのまんがを手に入れようとすると、ブックオフのような中古店で全巻揃ったものを買うか、ネットで調達するかしか方法がありません。ワンルーム暮らしの若者が本棚を漫画に一杯にすることもまたひとつの消費形態ですが、まんがやアニメが安い娯楽として消費されているのが現状である以上、むしろ出版業界やアニメ業界に必要なことはエントリーの貧乏ユーザーや若い学生利用者は会員登録させてきちんとリスト化しておきながら、本当に注目される良作はちゃんと買ってね、というプラットフォームを用意することなんだろうと思います。

 海賊版サイトの死滅後に一時的にdアニメなど配信利用者が増えたのは歓迎するべきところですが、まんがやアニメを広く見て、出版文化全体の問題と捉え直したときに考えるべきことは「まんがやアニメを楽しむ習慣のある人たちに対する啓蒙や正しい流通に乗って安価に楽しむことのできる方法・サービスの提示」であろうと思っています。私だって、学生の頃は少ない小遣いを遣り繰りしてPCゲームを借りてきてコピープロテクト外してゲームを楽しんで返すという手法を取ってきたことを思い返しますし、P2Pも正規品を欲しいものすべて手に入れようとしたときにかかる費用が高すぎるというあたりに市場のニーズとのミスマッチがあったわけです。

 利用者の間口を広く維持しながら、ビジネスとしても成立させるための仕掛けとして、紙に印刷するコミックスが再販制度に守られて旧作なのに新刊と同じ値段で流通するということ自体がナンセンスであり、デジタル出版が当たり前になってきた時代は出版社や編集部、編集者の機能も変容しているはずです。もう少しやりようがあるのではないか、と強く思うのですが、あまりそういう提案をしている人たちが多くはないようなので、問題の根幹のところにある課題をどうにかしてあげられないのかなあと思う次第です。

 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.224 漫画村のような海賊サイトを防ぐための試案を考えつつ、ここ最近耳にした「これはひどい」ダイジェスト、そして深刻化するサイバー攻撃の傾向などに触れてみる回
2018年4月30日発行号 目次
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【0. 序文】「海賊版サイト」対策は、旧作まんがやアニメの無料化から進めるべきでは
【1. インシデント1】「取って出し」的などうしようもない問題会社が多発していて頭が痛い件
【2. インシデント2】このところ深刻化が進む国家レベルのサイバー攻撃
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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