※メールマガジン「小寺・西田の金曜ランチビュッフェ」2018年9月7日 Vol.187 <嵐の季節号>より
2013年頃の事だから、まだ本メルマガを一人でやっていた時のことである。対談コーナーにて、PCライター界の大御所、山田祥平さんをお招きして、ライターとしてのロールモデルについてお話しさせていただいたことがある。
この時印象的だったのは、山田さんが「スマホでもできるんだけど、細かいことになってくると"ああめんどくさい"と言いつつパソコンを取り出す」という主旨のお話しをされていたことだ。
当時僕は脱PCを目指して、なんでもスマートOSデバイスでやろうとしていた時期だった。iPadで本を一冊書いたりもしていた頃なので、そういう山田さんの意見にあまり共感できなかったのだが、実は今ごろになってめちゃめちゃ共感できるようになった。
多分僕の年齢が、当時の山田さんに近づいて来たこともあるだろう。加えてスマートフォンでやれそうなことが、当時5年前よりも飛躍的に増えた。ただ、やれそうだし実際やれるんだけど、時間的な効率を考えたらパソコンの方が早い、というのは、5年経っても真理ではないかと思う。まあしかし、今、祥平さんにその話を振ったら、「なに小寺君パソコンの方が早いの? 年寄り臭いねぇw」などと冷やかされることだろう。
PC、IT系ライターの世界は、20代後半から30代半ばの人たちに主力が移りつつある。そういう人たちの中には、原稿の執筆自体をスマホだけで完結してしまう人が出てきている。
これまでそういう人たちを、自分とはジャンルの違う、もっとライトな原稿で済む人だと認識していたが、そもそもWEBのテキスト仕事の主軸がそちらに移っている現在では、僕のようなヘヴィな長文を書く方がむしろ亜流になりつつある。パソコンがないと原稿を完成させられないようなライターは、僕らの世代で最後になるかもしれないということである。
PCが溶けてゆく
今年のIFAもまた新製品が多く、見所の多いショーだったようだ。僕は行ってないので、報道を見ながら好きなことをいうコタツ記事みたいなことになってしまうのだが、個人的に注目したのが、PCの行く末である。
レノボが発表したPCは、新しいPC時代の始まりを告げるものとなるのではないかと感じた。E-インクキーボード採用「YOGA BOOK C930」…ではない。Snapdragon850採用の 「YOGA C630 WOS」の方である。
ご存知のようにSnapdragonはスマホ用SOCであり、PCに採用されるのは世界初となる。スマホ用なので最初から4G対応はデフォルトで、連続使用時間は25時間にも上る。
Snapdragon採用のAndroidタブレットはいくらでもあるが、YOGA C630 WOSはPC同様のクラムシェル型ボディで、動作するのはWindowsのみだという。初期状態はMicrosoftアプリ限定動作のWindows 10 Sだが、無償でWindows 10 Proにアップグレード可能だ。最終的なパフォーマンスは実機を触ってみないことにはなんとも言えないところだが、おそらく来週には確認できるだろう。
こうした、本来のハードウェアプラットフォーム外のOSを走らせるのは、もはや珍しくはない。以前からAndroidとWindowsデュアルブートのタブレットはあった。ただ、それらはタブレットとして設計されているものであり、正面からクラムシェル型ノートPCとして商品企画されたものではない。色々できる中でどういうニーズが生まれるのか、市場の様子見的なものだったのだろう。その結果として、スマホアーキテクチャながらガチWindowsしか走らないクラムシェルという回答が出てきたのであれば、その判断の経緯が非常に興味深い。
そもそも、WindowsなりのPCでなければならない理由はなにか。AndroidにもiOSにも、PC上で使われるようなアプリと似たような機能のものは、探せばいくらでも見つかるようになった。それでもPCでなければならない理由とは、今となってはほぼ「ファイルシステム」に起因する縛りだけではないかと思われる。
例えば本メルマガの場合、ePubを作る際にどうしてもPCでなければならない理由は、「でんでんコンバータ」というePub生成WEBツールに対して、ファイルをマルチ選択して登録しなければならないという点と、PC用ブラウザでないとツールとして動作しないという点のみなのである。だがそれもゆくゆくは、WEBツールの利用者がスマートOS中心となっていけば、技術的に解決されていくだろう。
実際にこのコラムは、久しぶりにiPadで書いている。iOS 11でSplit View対応となった際にも一度トライしたが、当時は対応アプリがまだ数えるほどしかなく、執筆に利用するアプリが対応していないといった理由で一旦は見送った。だが今改めてトライしてみると、殆どのアプリがSplit View対応となり、複数のアプリを見比べながらのマルチタスク作業は、格段に使い勝手が良くなっている。
ファイルシステムに関連する部分の作業を行う時だけ、PCがあればいい。そう考えると、GPD Pocket2のような超小型Windows機が人気を集める理由もまた、別のところから見えてくる。全てをPCでやるのではなく、PCでしかダメなところだけワンポイントリリーフ、というわけだ。
来週にはAppleが何らかの新しいソリューションを発表するだろう。AppleはMacOSとiOSの融合には消極的で、それぞれ別の目的やゴールがあるとするが、映画制作などハイエンドPC作業を行う人にはそうだろう。だが多くのユーザーにとっては、どうしてもiOSではできないところだけ、ちょこっとMacOSのファイルシステムとブラウザが使えるだけで、完璧なのではないか。
技術的可能性や経済効率を無視して未来をあれこれ予想するのは楽しいものだが、PCというハードウェアが消えていくのは時間の問題で、細かい問題の解決は、もはやスマートOS内の1アプリとしてPC OSがエミュレーション動作するのが早いか、クラウド上のバーチャルPCをスマートOSから手軽に使えるようになるのが早いかの話なのではないかという気がしている。
小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」
2018年8月24日 Vol.185 <暑さふたたび号> 目次
01 論壇【西田】
発表会前に読む「アップルの戦略」
02 余談【小寺】
スマホv.s.PC議論がもう古い理由
03 対談【西田】
藤津亮太さんに聞く「配信はアニメのストーリーを変えるのか」(5)
04 過去記事【西田】
「定期購読」と「単体アプリ禁止」に揺れる出版社
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと
コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。 家電、ガジェット、通信、放送、映像、オーディオ、IT教育など、2人が興味関心のおもむくまま縦横無尽に駆け巡り、「普通そんなこと知らないよね」という情報をお届けします。毎週金曜日12時丁度にお届け。1週ごとにメインパーソナリティを交代。 ご購読・詳細はこちらから!
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