6月22日より渋谷ユーロスペースで公開、以後全国順次公開される映画『カスリコ』
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昭和40年代の土佐を舞台に、“手本引き”という賭博にハマッて身上をつぶし、高知一の料理人から賭場の下働き「カスリコ」に転落した男の人生を描くモノクロ映画なのだ。
高知在住の國吉卓爾が放蕩三昧だった若い頃に目にした、賭場の人間模様を基にシナリオを執筆(第26回新人シナリオコンクール準佳作受賞作)。映画『ビー・バップ・ハイ・スクール』、『あぶない刑事』、『マルタイの女』をはじめ、殺陣師として活躍する高瀨將嗣がこの脚本に注目して製作を働きかけ、自らの監督作品として実現をみた。
主演は、男っぷりの良さと、どこか愁いを帯びたたたずまいが印象的な石橋保。今回は「静」の中にある男の激しさ、勝負に賭けるこみあげる衝動、そのひだにある優しさを体現。映画の中に一人の男の人生が感じられる、まさに彼だけにしか出来ない演技となった。
「手本引き」の賭場。昭和の濃密な空気感が漂う (C)2018 珠出版
切通 石橋さんが演じるこの映画の主人公・吾一は、ギャンブルの要素と、料理屋の要素と、「カスリコ」の要素と、兼ね備えていますね。
石橋 そうですよね。あと家族との関係ですよね。
切通 吾一は、「手本引き」という賭博で身を持ち崩した料理人。彼が、賭場の使いっ走り的な「カスリコ」の立場に身をやつすところから始まりますね。
石橋 今回、「カッコよさ」っていうのはあんまり意識してないです。題材が「賭場」じゃないですか。今まで任侠の役もやったことがあるんで、演じてても、空気感として、そっちに行きがちなんですよ。なるべくそこは意識はしました。
切通 そうならないように……と。
石橋 根本が料理人なわけだし。あんまりトゲトゲしくならないようにというか。
ただ「手本引き」としての、ある種のカリスマ性みたいなものもないといけないので、その加減というか、鋭さの出し方というのはすごく意識しましたね。難しかったですね、そこが。
あまりにも弱くなっちゃいけないし、かといって強くなりすぎて、「任侠の人」みたいに見えてもダメだし。
切通 この映画には大きなアクションはないですが、こらえにこらえた勝負への情熱がクライマックスで爆発するというヤクザ映画的な構造は持っていて、観客もそこを期待して観ると思うんです。一見静かなこの男が、どんな風に「変わる」のか。「勝負してやれ」というモードになるのか。ところがその展開が、非常に意外な形でもたらされるのが、この映画の特徴になっている。
石橋 そうですよね。たった、あの一言ですよ(註:詳細は映画でたしかめてください)。あれで「やったるわ」ってなる。
俺としては、本当はもうちょっと「間」が欲しかったんですけど、監督的には「あれぐらいの間でいいんだ」っていうことだったと思うんですよね。吾一のそれまでの経緯を考えたら、かなり迷うはずなんですけどね。
けど、そんだけ単純なのかもしれない。もうあの賭場に座っちゃうと、吾一にとって意識している<あの男>が来るのはわかってるから。サシで勝負することになるわけで。そこですよね。「もうここしかない。それしかない。いましかない」という。残された命の中で。
たった、あんだけのスピードの中でそれをすべて考えたのかなと、いまは思いますね。
切通 それまで、真人間になろう、真人間になろうと努力を積み重ねてきたわけですからね。
石橋 あれですよ、「ムシが湧く」というか。賭場に入ると別のモードが入っているのかな。あの一言を言われた瞬間、大義名分なのか言い訳というか、「じゃやるよ」っていうだけの話……なのかもしれないし。
いま思えば、あのスピードでカッコよかったなと思いますね。すっと入るという。
切通 勝負のところは、わりと石橋さんの方の反応を見せるのは抑えがちになっていましたね。むしろ周りが内心どよめいているという。
石橋 ですね。でも裏では「早く来い」「早く来い」って、<あの男>に対して思っているんですけどね。周囲に対しては「お前らと勝負したいんじゃないよ」って。
切通 やがて<あの男>が賭場に入ってくる。
石橋 俺、一回もその方を見てないんですけど。最後だけ見る。でもそれまで、入ってきた瞬間からもう、わかってるわけです。
切通 それは伝わってきますね。
石橋 俺は「もう絶対見ないよ」って思って演じていました。監督も「見ないでいい」と。
で最後2人きりになって、勝負する前に、(カスリコ仲間の)金田(演:鎌倉太郎)のお母さんから貰ったお守りを出して見る……というのは、俺の中のアドリブというか。あれは、仲間のお母さんに対してというよりも、いままで出会った人たちへの、なんか思いというか、「すいません」という思い。「こんなアホな男ですいません」というのもあるし。監督も「ああそれいいですね」って。
切通 金田は病弱の母のためにお金が必要だった。そういう生活上の労苦もわかっているのに、賭場に返り咲いてしまった自分……。でも同時に、「負けたくない」という彼の心のお守りにもしているという、ない混ざった感情が、グッときました。
石橋 それで吾一の最後のシーンも、お守りをポロンと落とすでしょう? あれにつなげたんです。
切通 僕は、あれだけ「手本引き」のカリスマと言われていた吾一が、どうして身を持ち崩したのかなと思いながら観ていたんですけれども……。
石橋 うん。
切通 最後に、ある工夫があって、吾一が自分の分身と会話する演出がありますが、そこでチラッとそれがわかるのも効いていますね。
石橋 「ホンマにアホやなあ」っていう。あれ面白いシーンですよね? 自分を客観的に見ると……っていう部分を自分として言ってるんですよ。でも自分との対話って、もっとやりにくいかと思っていたら、そんなでもなかったですね。実際やってみると。
あのシーン、一回雨で中止になったんですよ。日にち延びたんです。その分よかったのかもしれない。
主人公を演じることで「自分」を話した気になった
切通 さかのぼりますけれども、この役をやるきっかけを教えて頂きたいんですけれども。
石橋 単純にオファーが来たんですけれども「なんで俺?」と思いましたよ。原作・脚本の圀吉卓爾さんの希望だって聞いて。映画化にあたって、一応候補みたいに、何人かの役者の写真を見て貰ったらしいんです。それで「この人」って決まったみたい。共演の宅麻伸さんもそうだったらしいです。
で、最初「台本読んで下さい」で始まるわけで、そしたら、自分がその頃に感じていたことに似通った本だったんで「わかってたのかな」って思うぐらい。落ちぶれた男としての吾一の気持ちが「あなただったらわかるでしょ」って言われた気がしました。それがちょっと怖かったですね。
俺は芸能界入って、よいスタートで、最初から仕事がいっぱいあったんですけど、だんだん落ちぶれていって、事務所もやめて、一切仕事がなくなる。それが吾一と被るんで、(作者は)それを知ってるのかなと思った。
俺だって、ずっと売れてたわけじゃない。いつも仕事をいっぱいしてたわけじゃない。40歳……いまから10年ちょい前ぐらいからだんだん仕事がなくなり、1年〜2年ぐらい、一切仕事しないこともあったんです。そういう時期っていうのを経験したわけで。一種ね、「選ばれた」というか、それを最初に思いましたね。
切通 「やろう!」って感じになったんでしょうか。
石橋 ちょっと恥ずかしいですよ。自分の感じてることと似過ぎてるというか。
ただ、それをこうやって「似てるんです」って言ってしまうことって、あんまりしなかったんですよね。
切通 それまでの石橋さんは。
石橋 でもそんな自分を、この映画の役を通して見ると、結局吾一もカスリコになって、プライドを捨てたわけじゃないですか。捨てさせられたというか。
で、それからまた這い上がっていって……っていうことを、自分が経験してやってみると、「そんなたいしたことないんだな」と思ったりとか、したんですよ。だから、まるで自分のことを人に話したような感じになったんですよ。この役をやることによって。すごく不思議な感覚でした。
プライドってやっぱり……大切なんですけど、時には邪魔をして、次の一歩を踏み出せないで終わってしまう人も居るのかなと。「くだらないプライドなんて捨てた方がいいよ」っていうのは思いますよね。いいきっかけになったかもしれないですよね。
仕事とかも……役者でしか食ったことがなかったんです、俺は。いまはもう、違うお仕事も出来ますし、やってるんですけど。はい。そういう、次の一歩につながったのは、今回の『カスリコ』が一つの引き金かもしれないです。
切通 違うお仕事をされたのは、『カスリコ』出られた後なんですか。
石橋 後です。去年の6月からですね。
カスリコという立場から、次第に信頼を得ていく吾一(石橋保)。右は賭博客であるクラブのママ(大家由祐子) (C)2018 珠出版
切通 カスリコとして使いっ走りの途中、自転車ごとぶつかって転んだとき、みじめな気持ちになる吾一ですが、ああいうところは、観ていて気持ちが伝わってくるものがありました。
石橋 あのシーン、最初は自転車を思いっきり蹴るぐらいまでのキレ方というか、そういう感じだった気がします。その後いまの現状にハッと気づいて「みじめだなあ」っていう脚本なんですけどけど、俺は抑えたんですよね。あそこでキレちゃうと任侠の方に行っちゃう気がして。キレて出しちゃうと、被害者意識というか、そっちの方が強く出ちゃって、なんか違うような気がして。
切通 それよりは、みじめな気持ちが湧き出てくるような感じでしたね。
石橋 もうとにかく、にじみ出るというか湧いて出るというか、パーンと弾けるというよりは、にゅわ〜っと出ちゃった〜っていう感じにしたかった。そうしたくなったんですね。あの場で閃いた芝居だったような気がします。
ホントにみじめでホントにプライド傷ついてる人って、キレないのかなあと思ったり。なんだろうな……納得してるというか、現実を見てるというか、現実を目の当たりにさせられたというか。
荒木(宅麻伸)が吾一に「カスリコ」の仕事を紹介したのには理由があった (C)2018 珠出版
その場に「居る」たたずまいの勝負
切通 ロケされた場所の地図を見ると、かなりの場所を高知で撮っているんですね。カスリコとして買い出しに行く店から、賭場に至るまで、「こんなところまで」という場所も。
石橋 よくロケハンしてくれたなと思いますよね。写っちゃいけない部分とか、「昭和40年代にはなかったよ」なんていうところも、多分あるはずなんですけど、モノクロにしてることによってそこがあんまり、目立たないというか、わからないというか。
切通 やっぱりその土地の中で芝居をするという事の違いは感じましたか?
石橋 すごく感じました。実際の場所ですからね、結局。芝居の質なんかも、自然に高知っぽくなりますし。
この映画の時代の昭和40年って、自分がちょうど生まれたころなんですよね、うちは大阪でしたから、街並みとかかなり似てる場所だったんです。金田の家の辺りなんかも、長屋とかの雰囲気がすごく似てる空気感があった。「ああ、こんな感じのとこあったあった」「この辺で穴掘って、ビー玉で遊んでたなあ」って路地もあって。いま東京にはないですもんね。地面に土がある路地って。向こうはまだ残ってますよ。
切通 石橋さんは子ども時代、わりとやんちゃな感じだったんですか?
石橋 ホントに申し訳ないですけど、やんちゃし過ぎましたね。いじめた人間にみんな懺悔しないといけない。親分肌の大将でした。兄貴が二人いたんで、その影響もあったのかもしれないですけど、負けず嫌いで、ひねくれ者。
母子家庭というか、両親が遅くまで帰ってこないんですよ。仕事してたんで。夕方とか遊んでると、友だちはお母さんが呼びに来るわけですよ。「保ちゃん、うちの××ちゃんご飯やからごめんね〜」って。俺もう淋しいわけじゃないですか。「帰ったらしばくぞ」って帰さない。(笑)。それで帰ったら次の日「なんでお前帰ったんだ」って。とんでもない奴ですよ。人ン家でよく飯ごちそうになったりしてましたよ。断らずに頂きました(笑)。平気で喰ってました。
切通 今回シナリオに書いてある設定だけではなく、石橋さんが「吾一ってどういう育ち方をしてきたんだろう」って考えましたか?
石橋 考えましたね。僕は勝手に、料理人ぐらいまでやる男なので、人当たりの好い奴だと踏まえたんです。所謂落ちぶれただけの、トーンの低い、目線の合わせない奴ではないと思ったんですよね。その辺は見ている人はちょっと「明るすぎるんじゃない?」「元気すぎるんじゃない?」とか思う人もいるのかもしれないけれども、俺の中では「人懐っこさ」というものが、吾一の「宝」じゃないけれども、だから人が応援したくなるようなのかなという。しょってるものがデカいので、カラッとまでは出来ませんけど。
切通 卑屈なところがないですよね。
石橋 うん。そこは意識した。監督もわかってくれました。
切通 そのうえで、この映画の中で重点的にやらなきゃならないと思ったのは……。
石橋 賭場のシーンです、間違いなく。動きないんで……動きがあればわかりやすい「戦い」ですけど、「静」の中の、最後心臓がこう上がっていく感じを出すのがすごく苦労しましたね。(賭ける)お金も増えたり減ったり、増えたり減ったりしながら、だんだん人がいなくなっていって、一人ずつ抜けていって、最終的に最後の一勝負の札が開いた時の、目線の動きというか……が、観てほしいかな。
なんでかというと、二回やったんです。一回目は一回目で視線をまったく動かさないでやって、もう一回は相手をぴゅっと見るっていう、この二つをやった。ここが一番気を使った芝居でした。
そこの戦いに至るまでもあるし、賭場に行ってからのたたずまい、居ずまいが、ピーンとこう、張ってる感じが、伝わればと思います。
伝説の胴師 寺田源三(高橋長英)とサシで勝負する吾一 (C)2018 珠出版
石橋保
1965年9月18日生まれ。大阪府吹田市出身。1986年、ATG映画『君は裸足の神を見たか』の主演で俳優となる。テレビの「愛という名のもとに」「HOTEL」「ウルトラマンネクサス」、NHK太河ドラマの「風林火山」など数多くの映画やドラマ作品がある。2018年には「正義のセ」「Missデビル 人事の悪魔・椿眞子」と話題のドラマに出演。
『カスリコ』6月22日より渋谷ユーロスペースで公開、以後全国順次公開される
石橋保(右)、切通理作(左) 取材後の記念写真
切通理作のメールマガジン「映画の友よ」
キネマ旬報ベストテン、映画秘宝ベストテン、日本映画プロフェッショナル大賞の現役審査員であり、過去には映画芸術ベストテン、毎日コンクールドキュメンタリー部門、大藤信郎賞(アニメ映画)、サンダンス映画祭アジア部門日本選考、東京財団アニメ批評コンテスト等で審査員を務めてきた筆者が、日々追いかける映画について本音で配信。
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