やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

迷子問答:コミュ障が幸せな結婚生活を送るにはどうすればいいか


Q 【どのようにして円満な夫婦生活を送ったらよいのか分からない】

山本一郎さんのメルマガはわりと最初の方から読ませていただいていて、いつも質問に鮮やかに返事をしているのを見て凄いぞと思っています。

僕自身が今悩んでいることを質問したいと考え、メールしました。
直接のお返事でも、メルマガでの回答でも構いません。

スペックは、三十代前半の男性で、大学で留学後、日本の大手通信会社で研究所勤務して、今は外資系の大手サービス会社でエンジニアをしています。

仕事の面、特にプログラマーとしては、これ以上ないぐらい充実した人生を送っていますが、質問は日本企業で働いている時に職場で仲良くなってそのまま結婚した妻との関係をどうしたらいいのか分からない、ということです。

匿名を前提に恥を晒しますと、僕は自閉症スペクトラム障害で、ASDと割と若い頃に診断され、弟もASDでニートをしています。僕が仕事面でうまくいった理由は、たまたま動くパソコンを近所の人が粗大ごみで捨てているのを発見して、捨てた持ち主を探して譲ってもらい、そこから独学でパソコンを扱えるようにしました。
今でもこの経験がなければ現在の僕は無かったと思います。そのまま推薦をもらって私立大学の理工学部に、そのまま大手企業に、と流れ作業のように人生が過ぎていきました。

また、職場ではジミメンだった僕が、たまたま職場の飲み会でやっていたあるスマホゲームで女性と珍しくハナシをすることができました。山本さんが以前ゲーム連載で書いていた「ブラックローズ・サスペクツ」というソシャゲです。サービス終了してしまいましたが、僕にとって人生を変えてくれた作品でした。

妻はいわゆるオタですが、事務能力が高くなんでもぱぱっと済ませてしまいます。
そういうのを見ると、僕は何もしていないのに、何か大きな力が働いて、そのままどこかに連れていかれてしまうのではないかと不安になります。

何より、先日娘が生まれたのですが、山本さんの娘さんと同期になる令和生まれですが、娘が生まれてもなお、妻と仲が良い、良い家庭生活を送ることができてる、とは全然思えません。むしろ稼いでくるATMとして、いつも自宅と職場を行ったり来たりする生活に、たまに妻が働きに出て忙しいと保育園に立ち寄る程度の毎日です。

妻は僕の話には関心がないようで、日々の夫婦間の役割分担を手短に話したり、やってほしいことを頼んでくるだけの会話しかできていないです。
最初はそれは楽だと思っていたのですが、娘が生まれてしばらく経って落ち着くと、やはりこれが本当に夫婦生活なのだろうか、求められていることができているだろうかと思ってしまいます。

何もない日常に押しつぶされそうになりますが、今はどうにかなっています。今は。
でも、そこから本当に何もなくなってしまうのではないか、誰からもあいつは調子に乗っていると思われて、今のこの日常さえも何も消えてしまうのではないかという気になります。

そう思うと、言われてみれば妻の笑った顔をさいきん見たことがありません。以前は、もっといろんな話をしていた記憶があります。でも何を話しているのか思い出せない。
たまに妻が見せてくる同人作品に感想を言う程度で、ジャンルが違うので口をはさむこともせずにいます。

心配になって、鬱なのか被害妄想なのか、気分が落ち込むことがあるので、長年見てもらっている先生に診療してもらっていますが、それが、あなたの正常ですと指摘されて、そうなのかなと。

決して山本さんは自閉症には見えませんが、いやむしろ自閉症と対極にいるぐらいコミュニケーション力に優れているように感じますが、ものすごく、家庭に気を遣って夫婦円満、お子さんも自信をもって育てているように見えます。羨ましいという気持ちよりは、僕にはなぜそれができないのだろうと悩みます。

何かそういう、円満になるコツはないでしょうか。学びたいことが多いです。
 

A 【前掲姿勢になって、家内の話を興味深く聞いています】

 いつでもどこでも家庭のことを聞かれると話していることではあるのですが、私もまさかこんなに自分が家庭人になるとは思ってもいませんでした。どちらかというと仕事漬けで、お金が大好きで、ゲームや野球やバンドなど趣味がたくさんある人間でしたから、自分でも意外だったのです。単に、結婚する際に神に真実の愛を誓ったから、それに対して忠実に生きているというだけではあります。

 もちろん、夫婦生活は常に何事もない平穏無事かと言われると決してそんなこともないのですが、何か起きるたびに、夫婦で話し合い、向かい合って解決するようにしています。夫婦は共同生活であって、仕事も介護も子育ても健康も全部の分野で依存し合う関係である以上、話さなくても分かっているだろうという甘えは禁物で、細かいことでも、なるだけ明け透けに話して意見を聞くようにしています。

 また、子どもたちが大きくなると、やはり自我が出てきて、いままで三兄弟団子になって同じ動画を楽しく観ていたものが、いまではおのおの細分化された好みを持ちバラバラになる場合も出てきました。食べ物ひとつとっても、美味しいものをしっかり食べたい長男と、貪欲に何でも食べていこうという次男、食事よりもみんな揃ってごはんが食べられることを願う三男に、まだ母乳を楽しんでいる長女といろいろと個性が出てきます。

 親として、人として、そういう好みや特性を大事にしながら関係を持つというのは必然であり、無理をしてはならない部分だと思っています。貴殿もご自身の特徴を分かったうえで、相手とコミュニケーションを取ろうと悩んでおられるようですが、拝見するに、どうもご自身の話を奥さまに聞いてもらいたくてあがいているように見えます。

 実際にコミュニケーションを取るときの秘訣は、特に夫婦生活はそうですが、なるだけ対等にお互いが感じていることを素直に言い合える関係を築くことを目標にします。そうなると、夫の立場で言えば家内に喋る内容の、数倍は家内の話を聞いていかなければなりません。家内が何に興味や関心を持ち、どんな感情を抱き、いかなる状態を理想として、どういま身を処そうとしているのか、全力で家内の話を聞くことで、夫婦関係は築かれていくと思っています。

 私は私で我が強いのですが、家庭でも仕事でも、我を通そうとするとたいていにおいて失敗する経験をもって生きてきました。むしろ、相手の話を聞き、適宜軌道修正をしながら、丁寧に物事に取り組むことで、多くの利益があったり、うまくいって一生付き合えるビジネスパートナーたちができたり、困難を乗り越えてなおあまりあるメリットがあったりします。夫婦生活というのはコスパの概念は無いと思っていて、離婚でも志さない限り、相手にこれを押し付けて自分は自由であろうとか、この結婚は損だったか得だったかなどと考えること自体が無意味です。自分自身の自由に使える予算・資産や時間を捨てて、本来は赤の他人である女性と生活を共にし、未熟で生きる能力を持たない子どもたちを育んでいく、というのは本来はすさまじいコストだし、損以外ないと言われてもある部分で同意します。

 それでも、私の人生を送るうえで結婚は大きく私を変えてくれて、家内と愛し合うことで人生がより豊かで幸せなものになりました。出産もまた、不自由な妊娠期間や不安でいっぱいの出産当日など悩みはたくさんあるけど、乗り越えてみて、振り返ってみると、かけがえのない日々であったことに気づきます。可能な限り、手を取り合って障害を乗り越え幸せな家庭を作るというのは、与えられるものではなく、作り上げていくものだと弁えなければなりません。

 それゆえに、繰り返しになりますが相手のニーズや気持ちを聴き、聴き倒すぐらいでないといけないと思います。そのぐらい、一緒に生活していても、ひとつの物事について夫婦で感じることは違います。ご近所さん、ママ友のような交遊関係や、子どもの勉強の捗り具合(捗らない具合)、経済的なこと、健康面での不調、あらゆることで感じることの相違が夫婦間にあり、これらは率直に話し合うことでしか埋めることができません。

 たいした話でなくてもいいのです。テレビをつければスキャンダル報道があり事故で誰が死んだ、殺されたという話題をやっています。「悲惨な事件だね」「うちにこんなことがあったら怖いね」「このインタビューに出ている政治家、どう思う」といった他愛のないところから、気持ちを交わすという作業は始まるんだと痛感します。お部屋のレイアウト、洗濯物を畳むこと、さまざまな事柄を話し合っているうちに、じゃあどうするのかという話に絶対になるはずですし、話しているうちにイライラされたり、そうじゃないと口論になることもあるでしょうが、そういうことも飲んで受け入れる必要がどうしてもあります。

 身の回りの離婚を見ていると、それがどのような年齢であれ、一緒に暮らしていくにあたっての信頼関係、共存、協同作業が破綻するようなコミュニケーション不足からくる相互不信が根底にあるように見えます。不倫であれ経済的な問題であれ、まあ不倫は駄目ですけど何をどう乗り越えるのかがある程度きちんと日々話し合われている中で改善策を見つけて暮らしていくプロセスさえあればどうにかなる部分はあると思うのです。身近なところでは住宅ローンの支払いが厳しいから奥さんに働きに出て欲しい、いや、出たくないで論争が発展して家庭内不和に陥りまだ小学生のお子さん二人を置いて別居という結論になったと、せいせいした雰囲気で事情を話してくる友人がいて、馬鹿野郎、子どもや奥さんや彼自身の人生のためにも土下座してでもやり直したいと言って来いとアドバイスをしたことがあります。ローンのある住宅は損切りしてでも地方に引っ込み、片道一時間半でも通勤に時間をかけて家庭を優先し再起を図るということもまた、成熟した大人の取るべき道の一つかもしれません。

 それは、結婚生活において我慢が足りないと言いたいのではありません。自分の人生において、結婚はどういう位置づけであり、奥さんを愛し、子どもを育み、良い人生を歩んでいくための「べき論」がちゃんとなかったからだと私は考えます。自分の我を通すために家庭を壊し結婚生活を破綻させることは、いずれ人生を清算させなければならないときに、神の前で「やりたいことをやったので、破綻しました」と言うことになります。その際に、「で、それは正しかったのか」と問われて、正面からその問いに答えられるでしょうか。

 それが、結婚することの意味であって、新しい人生を拓くために自分をある程度捨て、共同生活を行い、新しい命を宿し、さらなる一歩を前に進めていくという限りある生命を持つ我々の宿命であります。損得勘定で子どもを育てる親は少数派である通り、私たちは神羅万象の一員であり、生物なのだから、子孫を残す使命を帯びてこの世にいるということを大前提に、自分はどう次の世代に命を遺すのか、あるいは、他の若い命のためにどうより良い社会を作っていくのかという哲学が必要になります。そこが抜け落ちている限り、自分を曲げて奥さんの言うことを聴かなければならないというのはストレスになってしまうだろうし、納得もいかないでしょう。

 すべての解は、私たちの心の中にあります。それは、相手の意見を聞き、世界をより実りあるものにする行動に繋げていくための連続した所作であることを忘れてはならないと思います。大変なことのようですが、実際には単純に「ちゃんと話を聞くこと」と「向かう先を見定めること」に尽きます。

 別に私はアスペルガーではなさそうですが、非常に低い確率で結婚に漕ぎ着けることのできた人間だと思っているので、最初で最後の機会を逃すことなく家内と巡り合えて結婚でき、かけがえのない家族ができたことで実りある人生で幸せとは何かを考えることができるようになりました。ある程度、貴殿も幸運にして素晴らしい仕事ができ、また、良い伴侶と家庭を築くことができたという自負もおありかと思います。もしそうならば、上手く新しい環境に向けてご自身を作り替え、歩んでいっていただければと願います。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.273 幸せな結婚生活を送るためにはどうあるべきかという問いに答えつつ、芸能事務所問題やロボット、ディープフェイクについて考える回
2019年9月29日発行号 目次
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【0.迷子問答 代表質問】コミュ障が幸せな結婚生活を送るにはどうすればいいか
【1. インシデント1】週刊文春「能年玲奈」奴隷記事報道が訴えられて高裁で完敗してしまった件で思うこと
【2. インシデント2】岐路に立つロボット神話とユースケースの問題
【3. インシデント3】ディープフェイクというテクノロジートレンド

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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