石田衣良ブックトーク『小説家と過ごす日曜日』より

ショートショート「木曜日のエスケープ」

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これはぼく自身の学生および会社員時代にたまにあった話。何カ月かに一度、どうしても学校や会社にいきたくなくて、反対側のホームにやってきた下り電車に飛び乗ったのだ。あとは休みの連絡を入れて、街をぶらついたり、公園でごろごろしたり、終日さぼって過ごした。人は誰でも、こうしておおげさにいうと「魂のエスケープ」をしなければ生きていけないんじゃないかと、今でもときどき思う。

あなたは最近いつエスケープしましたか?

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昇りエスカレーターで不揃いな部品のように運ばれ、いつものホームにあがると波型スレートの屋根の向こうに快晴の空がのぞいていた。アクリル絵の具で描いたように透明な青だ。七月なかばで梅雨はまだ終わっていないけれど、この三日ほど好天が続いている。さらりと乾いた初夏の風が、襟足から髪を抜けていく。

遠山江利子は渋谷いきの準急を待つ列の最後尾についた。まえに立つ四十代の会社員の整髪料が鼻をついた。夏だから柑橘系というのは、自分のキャラがまったくわかっていないのではないか。脂肪が丸く盛りあがる首筋には玉のような汗が浮かんでいる。水分というよりは油のようだ。うんざりする。このまま電車に乗ってオフィスに着けば、会社を出るのは夜七時過ぎだろう。

空を見あげた。

距離も時間も感じさせない一面の青がガラスのように広がっている。会社からの帰り道には、もうこの青は消えているのだ。駅員が反対側のホームに各駅停車の森林公園いきが間もなく到着すると告げている。

ホームに滑りこんでくる電車の音で背中が震えた。

江利子は気がつくと、バスケットボールの選手のようにその場で急反転して、ホームの反対側にやってきたほぼ無人の下り電車に飛び乗っていた。あっ、やってしまったと反省する。しかし江利子の反省は長くは続かない。圧縮空気の抜ける音と同時にドアが閉まると、爽快な気分がこみあげてくる。……

 

※この続きは石田衣良ブックトーク『小説家と過ごす日曜日』2015年7月10日号をご覧ください。

 

石田衣良ブックトーク『小説家と過ごす日曜日』2015年7月10日号目次

00 PICK UP「息子が素敵な恋愛をするために」
01 ショートショート「木曜日のエスケープ」
02 イラとマコトのダブルA面エッセイ〈1〉
03 IRA’S ワイドショー たっぷりコメンテーター
04 恋と仕事と社会のQ&A
05 編集後記

 

石田衣良ブックトーク『小説家と過ごす日曜日』とは?

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大好きな本の世界を広げる新しいフィールドはないか?
この数年間ずっと考え、探し続けてきました。
今、ここにようやく新しい「なにか」が見つかりました。
本と創作の話、時代や社会の問題、恋や性の謎、プライベートの親密な相談……
ぼくがおもしろいと感じるすべてを投げこめるネットの個人誌です。
小説ありエッセイありトークありおまけに動画も配信する
石田衣良ブックトーク『小説家と過ごす日曜日』が、いよいよ始まります。
週末のリラックスタイムをひとりの小説家と過ごしてみませんか?
メールお待ちしています。(小説家・石田衣良)

 

イラとマコトのダブルA面エッセイ

この世界で起きるすべての出来事は、自分と無関係じゃない。石田衣良とご存知『池袋ウエストゲートパーク』の主人公マコトが、考えたこと、感じたことを、誠実に自己検閲なしで語ります。テーマは森羅万象。とりあげて欲しいことがあったら、ぜひお知らせを。石田衣良の柔らかな語り口と、マジマ・マコトの鋭い寸鉄にご期待ください。

IRA'S ワイドショー たっぷりコメンテーター

ワイドショーやニュースによく呼ばれますが、あちらのコメント枠は長くてせいぜい90秒です。石田衣良の作家の眼を通して、もうすこし語っておきたいこと、補足説明やその後の展開など、時事問題をもう一段深く掘り下げていきます。明日の話題をこのコーナーで拾ってみてください。

ショートショート

小説家のメルマガには、やはり小説が欠かせません。短篇の名手・石田衣良が真剣に書きあげた原稿用紙10枚ほどのショートショートです。バラエティ豊かな素材と文体・語り口の変化を、ぜひお楽しみに。

恋と仕事と社会のQ&A

読者のあなたのパーソナルな質問や相談に、石田衣良が腰を引かずにきちんとお答えします。恋や結婚の悩みや夫と妻の家族問題、仕事の悩みや経済の難題、そして世のなかで発生するすべての問題について、いっしょに考えます。お悩みどしどしお寄せください。

さらに……

映像コンテンツも随時配信。乞うご期待!

※8月からは加えてルポ「普通の女子の愛と性」や、映像コーナーも配信していきます。

 

石田衣良ブックトーク『小説家と過ごす日曜日』

石田衣良
1960年、東京都生まれ。 ‘84年成蹊大学卒業後、広告制作会社勤務を経て、フリーのコピーライターとして活躍。 ‘97年「池袋ウエストゲートパーク」で、第36回オール読物推理小説新人賞を受賞し作家デビュー。 ‘03年「4TEENフォーティーン」で第129回直木賞受賞。 ‘06年「眠れぬ真珠」で第13回島清恋愛文学賞受賞。 ‘13年「北斗 ある殺人者の回心」で第8回中央公論文芸賞受賞。 「アキハバラ@DEEP」「美丘」など著書多数。 最新刊「オネスティ」(集英社) 公式サイト http://ishidaira.com/

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