やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

優れた組織、人材でも、業界の仕組みが違うと途端に「能無し」になってしまう話


 身の回りで立て続けに異業界への進出に伴う大きなトラブルに見舞われている事案が発生していて、あるときは心配になり、またあるときは半分諦めモードになる私です。どうせやるならみんな上手くやりたいと思っているし、成功疑いなしと事業トップは思っていても、その足元ではボーボーに火柱が立っている、なんてことは普通にあります。

 もちろん、夢をもって異業界に進出するということは、掛け値なしに凄いことで、チャレンジです。実現できるなら応援したい。素晴らしい事業拡大を目指して頑張って欲しいし、協力もしていきたい。そう思いながら、お呼びがかかるまでは静かにニコニコしながら音に反応して横に揺れるフラワーロックのような置物業に精を出しています。最近では、年始の挨拶回りで置物業が繁盛しすぎて職業病である腰痛を発症してしまい、いまさらながらさらなる筋トレとストレッチに邁進する日々です。

 夢のような業界横断の事業に取り組みたいというのは凄く良く分かります。手持ちの資金で他の業界に進出するケースはどれも同様の展開になりますが、概ねにおいて利益率のそこそこ高い本業で得たキャッシュを、さらなる事業拡大のために異業種進出の軍資金にしていくやり方です。キャッシュカウがあるのはいいことだけど、ちょっとしたボタンの掛け違いや、事業のライフサイクルの進展で末期になり、利益が出なくなり撤退することだってあり得る。

 とはいえ、事業家が考えることは、成功者ならばなおさら、手元に現金を置いておいて銀行アカウントに多額の預金を貯め込み、無駄に法人税を払うぐらいなら派手に飲み食いをしたり女性を囲ったりすることよりも、いまの儲けのネタが摩耗する前に次の儲けのネタへ移行しようとするでしょう。

 ただ、これまた典型的に起きることなのですが、儲かる事業で得た収益というのは、その業界で勝ち残ったメソッドや考え方、組織、スキルで最適化されています。特に、人力をかければスケーラブルに成長していける部分が大きい事業では、どうしても事業体が軍隊式になり、事業トップが「おらー」と言えば「オッスオッス」と管理職が呼応し、部下に適当にノルマが割り振られて敵陣に攻め込んでいきます。これはこれで、将軍としては壮観だ。そういう組織が作れて実際に動かせるというだけで、ああこの人たちは才能あるんだなあと思うわけですよ。

 こういう組織を見ると、まあ私のところに相談が来るのはたいてい問題が起きてどうしようもなくなってからということが多いのですが、これまた概ねにおいて「その事業を成長させるために合理的で特化した仕組み」をもっています。そして、WIZARDRYで言えば、すべてのパーティーが大多数の戦士(Fighter)と少数の魔法使い(Mage)で占められています。他の職業はむしろ非効率になるから要らない。

 そうするとですね、みんな次々に罠に引っかかるわけですよ。回復もできないから体力が擦り切れて死んで(退職して)いく。送り出す側からすると辛いんですけど、それがまた現実でもあります。ヒットポイントが減った人は、取り換えが利くように、組織ができている。別に事業トップも「人材を使い捨てたい」というつもりはないのに、結果として働き甲斐ややっている仕事に未来を抱けなくなった人から転職していくか、精神的に追い詰められて次を考えることなくとにかく辞表を出そうとする。

 儲かっている本業の組織ですらそういう状況なので、そこで儲かったカネをぶち込んで何をするかというと、異業種への進出だぞ、という話になります。どこかの事業家は月に行くとブチ上げつつ次世代の旅行業への進出を思い描き、別の事業家は高いカネを払ってまったく異業種の事業体を買収してさらなる成長を企図するのです。それは夢があるなら構わない。実現するために頑張って欲しいです。

 しかしながら、往々にして業界の常識が異なるというのは、その事業を合理的に回して利益を得られるための発想が異なるのです。例えば、某自動車会社で言えば調達計画が20年先まできっちり引かれて半期で見直しているような組織が、新しい推進力・エネルギーを使うエンジンの開発のような地続きの事業には充分対応できます。でも、そこに人工知能を使った自動運転のシステムを車に組み込むのだ、それを支えるモビリティIoTを実現して自社サービスの根幹に据えるのだ、と言われると、これはもうビジネスサイクルが全く異なりますし、必要とされる人材の性質も、与えるべき環境も異なります。悲しいことに、本当にイケてる技術者は、いくら大手企業に勤めると言っても始業30分まえの毎朝8時30分にはタイムカードを捺し、ロッカーでつなぎに着替えて職場の朝礼が始まるのを自席で待つという業務には耐えられないわけですね。

 いいものをしっかり作るというのは素晴らしい理念で、これがいろんな分野で実現できるといいなと思います。ただ、いいものをしっかり作るための仕組みは、業界によって異なります。ストレスのない人間関係で、通勤で無理することなく意志をもって自宅でリモートワークできる環境を用意しようとすると「他の人と不公平になるからその仕組みは駄目」と言われればまともな人から逃げていきます。組織での戦いに強い戦士の待遇と、目の前の罠を外せる技術者である盗賊の遇し方は異なるのと同様、機能によって持たせるべき職権の幅も異なります。そうなると、儲かっている本業と、進出した先の事業とでまったく違う社員の扱い方、働かせ方になってくる。

 これが分からないと、出だしでいきなり躓くわけです。みんな、いわゆるアフター・マージャー・マネジメントとかポスト・マージャー・インテグレーションなどコンサル用語を使うんですが、実際にはもっとそれ以上に、事業の本質やミッションからして異なるものをどう吸収するのかという話になります。ウェブサービスで成功した会社が利益を元にインフラ事業に進出するや、ややこしい当局処理にサブプライム感満載の顧客対応を余儀なくされるだけでなく、ウェブサービスはそれこそ数週間でPDCA回していたものがインフラ事業になると設備計画・設置計画だけで15年、20年を見越して考えていかなければならなくなるのです。

 それは、ビジネススキルが固まった中堅のマネージャーを人事交流でちょっと2年ほど出す、というレベルでは全く埋まらないどころか、死を意味する事例にもなり得る。ソフト屋が自動車の自動運転に興味がありますと進出して、まあバグだしても後で改修すればいいやと甘い考えで乗り出してきたとき、自動車を真面目に突き詰めている人たちからすれば「その簡易なバグが理由で事故って人が死んだらどうするんだ」という激怒を呼ぶ。あるいは、儲かったので銀行業、儲かったので通信インフラ、儲かったので貿易事業、どれも業界の違いを乗り越えるのはあまりにも長い、途方もないノウハウの集積が、優秀な先達による試行錯誤の末に積み上がっているのが現状なのです。

 だから、夢を思い描き、勢い勇んで異業界に進出した事業者が、思ってもいないような業界ごとの考え方の違いに直面して、高い壁の前に戸惑い、自信を失うことがある。外から見れば、何でそんなところで立ち止まっておるねんとイライラすることはあるのかもしれませんが、でもこれ、本当に大事なところなんですよ。それを忘れて「やればできる」と前に進むことしか考えない事業家だと、たとえそれがピュアな思い、素晴らしい夢の実現を追求しているものならなおさら、私は「ああ、大将それはあかん、死ぬやつや」と思いつつフラワーロックをやっておるわけです。

 もちろん、お声が掛かればベテラン盗賊としてできることはしっかりやろうと思いますよ。
 せっかくなので、そういう人たちの見る夢がさししめす頂(いただき)まで登って行けるといいなとは感じますが。はてさて。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.285 置物業だからこそ分かる異業界進出のむつかしさを語りつつ、岐路に立たされつつある通信業界やソニーのなにやら好調ぶりな件について触れてみる回
2019年12月27日発行号 目次
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【0. 序文】優れた組織、人材でも、業界の仕組みが違うと途端に「能無し」になってしまう話
【1. インシデント1】いまだから問い直される「光の道」と、浮上する「みかか法改正論議」
【2. インシデント2】米CESで実走可能な電気自動車を出展してきたソニーの驚き
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。サイバーインテリジェンス研究所統計技術主幹など歴任。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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