やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

安倍晋三さんの総理辞任と国難級のあれこれ


 最後の最後まで「辞めるのかどうか」が話題となっていた安倍晋三さんの総理辞任、一日経った今日8月29日はその後始末で大わらわでございます。

 いずれにせよ長らく総理を務められた安倍さんには「お疲れ様」と労いの言葉をかけたい一方、残された問題の山積ぶりと、いったんリセットになってしまう者も少なくないであろう当面の業務についてやや呆然としながら本稿を書いております。

 もともと7月下旬から総理が何かおかしいねということで、私もYouTubeチャンネルで8月15日に「安倍ちゃん大丈夫か」という率直な動画を流したんですよ。そしたら、関係先から「安倍ちゃんは頑張ってるのに、要らん憶測を呼ぶようなコメントは控えるように」と釘が刺されようとして、まあいろいろとすったもんだはありました。ただ、そこから控えていた幾つかの重要な会議は順延になり、あるいはキャンセルになって、本当に身動きが取れないぐらいすったもんだしそうだとなって、いままで安倍さんが率いる官邸がきちんとグリップされていたものがだんだん統制が効かなくなっていくさまを間近に見て「これは大変だぞ」と実感したんですよね。

 
菅義偉さんに一時的な禅譲も!? 安倍晋三総理の体調は本当に悪いようですが、我が国の政治はどうなるのでしょうか……

 

 旧民主党政権末期も、まったく違う役どころではありましたが比較的近いところで様子を見させていただいていたときに菅直人政権が凄い勢いで求心力を失っていきました。そして無事に政権が崩壊。それを収拾しようという野田佳彦さんが総理になると「言っていることがまともだ。これで立て直せなければ次はないな」と思っていたら劣化する旧民主党の体たらくに足を引っ張られてこちらも凄まじい勢いでバランスを崩して墜落していく… このあたりを見るに、やはり政治というのはトップで決まる一方、命運というのは一定の所与のパラメータなのかなとすら思うわけですよ。

 安倍政権の7年8カ月がどうであったかはともかく、その終わり際に残された3週間ほど(9月15日に自民党総裁選が行われてそこで後継指名が出るまで安倍政権は続くということなので)でどれだけの後始末と次へ向けた助走が可能なのかと言ったところで非常に神経質な戦いがすでに始まっています。少なくとも、官邸を牛耳ってきたと酷評される官邸官僚の皆さまの処遇はどうなるのか、菅義偉さん以外が総裁になるとして、事実上、政策立案の根幹を担い官邸を仕切ってきた皆さんがどこまで「生き残る」ことができるのかといったあたりは非常に実益面以上に興味も関心も抱かざるを得ないところではあります。

 何よりも、コロナ問題への対応や失調した経済への具体的な対策をどう打つのか、同時にアメリカとの対立を深める中国との関係を安全保障、貿易両面からどのように捉えていくべきなのかは非常に重要なイシューとなり得ます。安倍政権が残したものは実は実益的な外交だったというレガシーであったならば、その外交的遺産を引き継いだ後継総理がさらにどのような青写真を掲げて進めていくのか、フォローしていきたいとも思います。

 コロナ関連についても特に直近の感染症対策の立て直しをいかなる形で進めるのかは急務で、二次補正予算が決まっているにもかかわらず、またその予算が現場では必要とされているのに、なぜか予算が執行されずに現場でカネ不足が発生してリソースが目詰まりし問題解決には至らないという課題が沢山残っています。

 同様に、国民一人あたり10万円の支給を行うにあたって、特に大阪などではそうであったように、これだけ電子化が必要だ、情報化社会だと言っておきながら、国はほとんど国民の情報を知らず、必要な人に必要なだけのお金が行き渡らないという政策上の不備(制度上も含め)がある以上、これは喫緊の対策として残されます。

 さらには、学術面での立ち遅れは深刻で、コロナ先進国で対策が比較的うまくいった我が国の現状をしっかりと情報収集して検証し、論文に仕上げておけば各国が単純な「日本スゲェ」とは別に日本モデルを参照するというところもあったかもしれないのに、いまのところこれといったきちんとした論文が世界で評判になることもありません。臨床と公衆衛生(研究)との溝をきちんと埋めて必要な政策をきちんとした科学的根拠で裏付けていくプロセスが築けないかぎり、我が国の科学立国的なアプローチはハナから失墜したままであったという批判をおおいに受けることになり得ます。

 最後に、アベノミクスと言われて途中まではそこそこ長く好景気であった経世済民の所作も、直前の消費税引き上げとコロナショックとですべてが「いってこい」になり、国民の生産性については非常に厳しい状態のまま取り残されました。人手不足が常態化しているにもかかわらず賃金が上がらず、技能実習生のような形で労働力を安易に海外から導入した結果、非常にいびつな経済が出来上がってしまったのは残念なことです。

 これらの政策の問題はひとえに経済政策面での手詰まりを日銀など金融政策で打開しようとして一定の成果は出しつつも世界との競争力を維持したり、国民の生産性を大きく引き上げたり、国民の生活の質の劇的な改善を成すには至らなかったという点で非常にもったいなかった部分はあると思っています。じゃあ安倍さんの経済政策以外に何ができたのかと言われるとあれもこれもやらなければならない我が国の問題在庫一掃セール的な話になりますが、次の政権に向けて、もう少し明確な道筋が出来ていたらよかったのにと思う気持ちもないではありません。

 たぶん、菅義偉さんが総裁になり菅内閣ができたとして、いままでの安倍政権が担ってきたことの延長線上の仕事は見えても、ドラスティックで実効性のある我が国の生産性向上までには発想が至らないのではないかと感じます。安定はするけれど、大きな伸びもないという感じが否めません。

 しかしながら、だからといって、他に名前が挙がっている総裁候補はいずれも未知数も未知数が過ぎて、何をしでかすのか(現段階で)さっぱり分からないという悩ましさもあります。岸田文雄さんなら無難にやるんじゃないかという予想の、何をもって「無難」とするかの問題が付きまといます。

 それゆえに、安倍長期政権については本当に安倍晋三さんにおかれましてはお疲れ様でしたという話と並んで、安倍さんを凌駕するかもしれない人物の発掘は結局できなかったなあ、と残念に思います。安倍さんのレガシーというより成してきたことに少しでも積み上げがあるのだとするならば、それを延ばしていける人物が総裁選で勝利することを願うのみです。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.Vol.306 安倍総理辞任の余波をあれこれと語りつつ、TikTok騒ぎにも触れてみる回
2020年8月30日発行号 目次
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【0. 序文】安倍晋三さんの総理辞任と国難級のあれこれ
【1. インシデント1】マスコミによる安倍政権7年8カ月総括がいまいちピンとこない理由
【2. インシデント2】TikTokを巡るあれこれについての雑感
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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