やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

実に微妙な社会保障議論についての11月末時点での総括


 メルマガを書くほどに、この問題は重いなあと思うのです。

 財政審ネタがこのところ私個人の最大のトピックスで、内々で社会保障予算は最大144兆円を超えるとかいうネタが回ってきて「144兆円ですまないときのことを考えて手を打つ必要があるんですよ…」と折り返しのメールやメッセを打つ毎日です。

 財政審ネタの前に、何でこんなに変な話で奔走しているのという説明が必要になるかなと思うのですが、単純に、岸田文雄さんの問題があります。これは、(1)岸田文雄さんの歴史的な低支持率だが議会進行自体はまあまあうまくいってしまっている点は多くの方が指摘されている一方、(2)そもそも岸田さんご自身は第4派閥の宏池会からの持ち上がりで、森喜朗さんが清和会で岸田支持で一致しろという助け船を出さなければならないほど党内基盤が脆弱であること、(3)支持率の低迷と絡んで、岸田文雄さんが総理として何をしたいと考えていて、何にこだわっているのか、官邸の中で近くで見ている人も良く分からないところが多いこと、そして(4)岸田文雄さんが来年総理・総裁でいるかどうかも分からないのに、いまの官邸の陣容に忠誠を誓って汗をかいてくれる奇特な人は少ないというあたりが全てなのかなと思っています。

 (1)は、言わずもがな岸田さんの「増税顔」だけでなく、やはり公私混同は国民の最も嫌うところで、ご子息の公邸忘年会事件から松川るいさんらによるフランス子連れ視察旅行がいまだに文句を言われるぐらい、政治の公私混同の問題になかなかケリがつかないところにあります。安倍晋三さんのころのモリカケほどの追及がわいわいされているわけではありませんが、最近は政務官副大臣ら三役でスキャンダル3連発の辞任ドミノが発生し、柿沢未途さんもたぶん逮捕、有罪判決を受けて失職で、4月に補欠選挙待ったなしの状態になる以上はもう身動きは取れないでしょう。さらに、派閥パー券事件で各派閥の特定議員が数百万単位でネコババして、その管理責任を問うと言われてその宏池会の責任者は岸田さんやがなという芸の細かさもあり、岸田さんに際どい案件を背負わせてもドボンされてしまうんじゃないかという怖れはあります。

 他方で、今回のトリガー条項凍結解除の流れで国民民主党が予算賛成に回り、もうしばらく難航が予想された予算案が成立してしまいました。これは国民にとっては無駄な国会論戦でごちゃごちゃにならず朗報と言えば朗報なのですが、良く分からない時限減税をやり、しかしスキームとしては岸田さんが本来企図した低所得者への行き届きという点ではかなり無理がある(本当にそれをやりたいなら減税のようなやり方である必要は無かった)ことを考えるとそのあたりを官邸内で上手く取り廻せる人材が不在であり、おそらく村井副あたりがうまく捌かなければならなかったところ、その点では荷が重かったのかなと思うわけです。

 そうなりますと、議会運営はまずまず回ってしまうことがむしろ悪弊となって、そもそも党内での権力基盤の弱い岸田さんが(2)のように党内の有力派閥によって主戦場となる政策を勝手に党内取りまとめとし、それを岸田さんが何らかの事情で追認しなければならなくなる事態となるわけであります。昨今のLGBT法成立の件で騒ぎになったことだけでなく、ライドシェア法案は菅義偉さんが万博周りのバーターも含めて党内議論を進めて超党派議連的な勉強会まで立ち上がったうえで岸田さんもライドシェアの方針を追認させられてしまうという芸の細かさでありまして、完全に党内秩序が崩れてしまっているところへ防衛費増額からの財源議論で何故かNTT株式放出の話が取り沙汰され例によって甘利明さんがどこぞからの話を糾合してNTT法廃止まで踏み込んでしまってこれまた岸田さんが追認に追い込まれるという事態になるわけです。何してんのと思いますが、たぶんもう岸田さんと幹事長・茂木敏充さんや政調会長・萩生田光一さんのラインでは統制が効かなくなっている面はあるのではないかと感じます。財源問題はあるにせよ、国の保有するNTT株放出でないと財源がないなんてことはなく、議論としては不要不急の最たるものですから、なんでそんなことで揉めてんの、と。

 それもこれも、岸田さんが何をしたいのかイマイチ外側からは見えないという点で(3)の「岸田さんの真意が良く分からん」というのがあって、何かどうにかしたいというお考えはあるのかもしれないが6月に解散し損ね、ある種読売から岸田さんが見捨てられた経緯もある中で大阪万博や主要課題の議論がおざなりになったままスキャンダル祭りになり身動きが取れなくて岸田さんがぼんやりしている面はあるかもしれません。そういうときに、岸田さんからすれば何をしたいのか、何をするべきかを壁打ちさせてくれるそれなりに幅広な政策分野に通暁した側近が支えるべきなのですが、外交面で冴えを見せる岸田さんの凄さとは裏腹に国内政策マターでは特に物価対策や金利上げで日銀に10兆円以上の評価損が出ますと言った込み入った話でうまく岸田さんの耳に論点を吹き込む機能が低下してしまっているように見受けられます。(3)は特に、政治主導の旗頭のもと安倍晋三政権以降続いてきた官邸官僚による政策の巻き取りがうまく回っておらず、出てくるのは副や秘書官に関するぬるい感じの人事抗争ぐらいで、凄い何かが生まれたり、提案されたりといったダイナミズムが完全に喪失しているところが気になります。トリガー条項にしてもガソリン元請けに対する補助金にしても短期金利にしても岸田政権に欠けている点はこれらの短期的な弥縫策で頑張ってきてまあまあ成果を出した後で、その政策をやめるタイミングや条件・ルールに関する議論が不在でいつまでもずるずると続けてしまう面にあります。同じことはコロナ対策も本来はきちんとした感染症対策の出口論を策定しておくべきだったのですが、経済再生対策を優先させるという話と共になんとなくフェードアウトしてしまって、再びコロナが増えてくるぞとか、コロナに感染した人が免疫系の異常などによって異様なほどRSウイルスや手足口病、梅毒、インフルエンザなどの流行に脆弱になる面なども踏まえて国民の健康や生命を脅かす事態が再び起き得ることへの備えがまったく無くなってしまい、締め直すことができなくなっているのは怖いことです。同じことは、年末の国内景気においては特に、そこまで景気が良いわけではないけどコロナ特融が終わって返済を求められてロールオーバーができない国内事業者が黒字倒産を大量に引き起こす恐れもあるわけでして、このあたりは官邸内でも党内でもあまりきちんとした議論が行われていないように見えます。

 これらは、(4)のように「来年のいまごろは岸田さんはたぶん総理・総裁ではないかもしれないから、重大な政治決断を岸田さんに仰いでも次の政権でひっくり返されたら大変なことになるので無理はさせられない」という謎の配慮が発生することにもつながります。酷い話ですが、よく考えたら旧民主党最後の野田佳彦政権から、のち、政権交代した安倍晋三長期政権へ、さらに後継・菅義偉政権へ、コロナを挟んで現行・岸田文雄政権へ、という流れを見る限り、重要な政策の方針は紆余曲折はあれどもつつがなく継承され、引き続き、重要政策であり続けたという割と珍しい15年間だったと思います。なので、みんななんとなく岸田さんが方針を政治判断したら次の政権にも引き継がれるだろうと思い込んでますが、実際には「次が河野太郎でした」とか「春以降、議会運営に行き詰まって岸田さんがやぶれかぶれで解散してしまい、維新や国民も交えて面白政党が連立与党・自公に混ざり翼賛体制になって変なのが総理になりました」などの事態が起きると重要政策でも「やーめた」が発生することはあり得るのです。みんなそれを警戒すると、表向きは「いまの岸田さんには無理はさせられない」としつつも、裏では「後からひっくり返るかもしれないところで煮え湯を飲まされたりはしごを外されたりして時間を無駄にするのはごめんだ」という計算が働くのも無理はないことです。

 返す返す、このタイミングで財政審や税制大綱の話が出て中医協社保審に部隊が移るまでに道筋をつけようという無理難題を進もうというのはこれ以上ないぐらい辛いところで、今回の財政審での診療報酬引き下げは、人口構成のさらなる高齢化と医療高度化で医療費自然増を何とか抑えたいという大きな枠組みこそが大事な論点であって、細部はあんまり関係なく、いままでのように「財政審で難癖をつけておいて、社保審ほかで政治決着」とはならず、財政審で語られる大枠こそが大事で、今回は中医協などは追認で細部は大ナタを振るわれて終わる、みたいなことになるんだろうと思います。みんな途中までのほほんとしてて、最後になって青くなって「おいどうするんだ」となってるのも、こういう構造があんまり見えていなかったし、私たちも藪蛇になるから説明しなかったということに尽きます。

 こうなると、官邸と党務(与党PT)との間で方針の綱引きをすることもなく医療費削減、社会保障費については抑制という方向になるだろうし、それこそ岸田文雄さんも方針としてぼんやり「社会保険料など勤労世帯の国民負担はこれ以上は担わせられない」という追認をしてしまいましたので、悪く言うと診療報酬の下げ以外での着地はもはやあり得ません。もちろん、私たち周辺でウロウロしている人間も「まあこれ以上社保は上げられないしな」と思うのは、重ねて議論になっている通り市町村国保など制度としてあり得ないぐらい破綻している状況で高齢者医療は質・量ともに維持できないのは明白であるからです。

 いま関係団体とも議論しているのは、ここまでくるともう身動きは取れないから、医療提供体制そのものを26年度改定前に国民議論として立ち上げてしまうしかないのではないかという話になります。というか、ここで診療報酬を5.5%引き下げするよとなると、財政審の改革案である地域加算例えば1割増といってもそもそも人口減少で患者数が減っている診療所は潰れるしかありません。訪問診療に人が集まっているのもそこに点数があるからで、ここにオンライン診療が被ってくると地方の診療体制も介護を含めた地域包括ケアも死ぬことになりますのでどうしようもないのです。

 どうしようもないことは良く分かっているので、いまある予算と自然増見込みで議論をする場合は誰かが泣くしかないので、診療所が泣かされるか、後期高齢者の自己負担比率を引き上げるかして当座を凌ぐしかないのですが、後者は政治決断がどうしても必要です。そんなもので政治決断をするのであれば、岸田さんには健康保険法をもう一回改正してもらって健保連や市町村国保の財源問題、医療の地域・診療科の偏在問題、薬が届かない問題などなど取り組むべきアジェンダを整理して全部判断してもらって、どうせ次の選挙の顔になれない限りは来年9月の自民党総裁満期・総裁選で別の人に替わってもらって政策の継続性を担保してもらおうという流れになるほかなくなります。そうなると、必然的に政策を継続してくれそうな総裁になる保証がない限りこんな検討をしても梯子を後から外されますから、割と詰んでるんじゃないかと思います。

 どうしようもないから「どうしようもないですね」という話をしているのですが、どうしようもなくてもどうにかしないといけない人たちは当然「どうしたらいいでしょうか」って陳情や提案で突き上げてきて、今日もまた、破綻しそうな自治体の再調整のための財源を総務省が認めないのでどうしようという話が降ってくるわけですが、それもう財政審がやってる医療政策のネタですらないじゃん、ズボンも上着もどのポケットにもおカネの入った財布はないじゃんとなって、結局全部税投入、公費負担でやるしかなくなるわけでしょう。ここに政策金利が上がりました、日銀に保有国債の含み損が10兆20兆と増えていったとき、そのときの政権で赤ひげが飛び出すことになるのでしょう。

 困ったなあというか、解決の道筋が見当たらないけど責任をかぶってくれる人も見当たらず、かといって岸田さんにそんな重い判断をいまのタイミングで負わせるべきかというのはどうしてもあります。真の意味で、手詰まりとはこういうことを言うのだろうな、と思いながら毎日会議に顔を出しております。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.425 我が国の社会保障の行く末を悶々と憂えつつ、ビッグモーター社事件の始末やテクノロジーと社会の有り様などをあれこれ考える回
2023年11月30日発行号 目次
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【0. 序文】実に微妙な社会保障議論についての11月末時点での総括
【1. インシデント1】「会社のていを為していない」ビッグモーター社の処分、割とK点越えなあれこれ
【2. インシデント2】テクノロジーがもたらす利便性と安全性の帳尻
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A
【4. インシデント3】やらかしたLINEヤフー社の一件とメディア界隈公取問題やロビー活動のゆくえ

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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