※高城未来研究所【Future Report】Vol.720(4月4日)より
今週は佐賀にいます。
数年に一度、売茶翁(ばいさおう)の足跡を尋ねるよう、この地を訪れています。
売茶翁こと高遊外(こうゆうがい)は、江戸時代前期から中期にかけて日本の茶道と禅の世界に深い足跡を残した僧侶であり、茶人です。
1675年(延宝3年)に肥前国(現在の佐賀県)に生まれ、1763年(宝暦13年)に89歳でその生涯を閉じるまで、どこまでも自由を貫いた人でした。
売茶翁は20歳で黄檗宗の僧となり、隠元禅師の弟子である独湛性瑩に師事しました。
黄檗宗は「明」から伝えられた新しい禅の流派で、当時の日本仏教に新風を吹き込みました。
ところが、60歳で突如、僧籍を離れて京都へ向かい、東山に茶庵「通仙亭」を開きます。
僧でありながら無自覚に布施を受けることに疑問を持ち、還俗。
そして自ら茶道具を担って京の大通りに簡素な席を設け、禅道と世俗の融解した話を客にしながら煎茶を出し、茶を喫しながら考え方の相違や人のあり方と世の中の心の汚さを卓越した問答で講じました。
当時、茶を飲むのはそれなりの身分の人が茶室でいただくものでしたが、そのような形式を壊すところから売茶翁の「あたらしい道」がはじまりました。
しかも、代金は「心のままに」と言って、相手の気持ちに任せました。
こうして、日本初のカフェが誕生したのです。
売茶翁が実践した茶を振る舞うスタイルは、当時主流だった豪華絢爛な茶の湯とは一線を画し、彼は最小限の道具で、しかも古びた、傷のある道具を好んで使いました。
「つくろわない」「飾らない」という姿勢は、彼の茶の核心です。
こうした彼ならではの「風流」(現代英語で言うCool)の精神は、人為的な飾りを捨て、自然そのままの美しさを尊びます。
それは禅の「無」の思想と深く結びついており、彼が使った茶碗や茶せんは、今日では国宝級の価値があるとされていますが、当時は古いだけの、特別なものではありませんでした。
なにより売茶翁の生き方で最も印象的なのは、彼の「自適」の精神です。
自適とは、外部からの束縛や制約にとらわれず、自分の内なる価値観に従って生きることで、彼は寺院という制度や組織から離れ、「売茶翁」として自らの道を切り拓きました。
こうして売茶翁が開いた「通仙亭」には文人墨客が集まり、「売茶翁に一服接待されなければ一流の文人とは言えない」といわれます。
その中には、名付け親ともなった若き伊藤若冲の姿もありました。
「売茶翁偈語」には、「われ閑中の閑を知る。世人は忙中の閑を知るのみ」とあり、忙しさの中の一時的な休息ではなく、本質的な「閑」(心の静けさ、つまりChill)を彼が体得していたことを示しています。
彼の「閑」の考え方は、日本の芸術全般に限らず、「Zen」として米国西海岸まで到達し、多くのデジタルエイジのトップランナーたちに多大な影響を与えます。
売茶翁は60歳という、当時ではかなりの高齢になってから、人生の大転換を図りました。
それまでの安定した僧侶としての地位を捨て、一介の茶売りになるという決断は、人生のリセットに立場も年齢も関係ないと、いまも問いているように思えてなりません。
こうして得た彼の晩年の言葉には、「束縛から解放された喜び」が随所に溢れています。
売茶翁の足跡を辿る旅は、単なる史跡巡りや観光ではなく、内観や自身との対話の旅でもあり、彼の生き方に触れることで、人生の意味や価値を問い直す機会を得る好機だと考えます。
好天が続いた佐賀の桜もそろそろ散り始めました。
いま、特別な儚い季節が変わろうとしています、再び日常へ環俗するように。
高城未来研究所「Future Report」
Vol.720 4月4日発行
■目次
1. 近況
2. 世界の俯瞰図
3. デュアルライフ、ハイパーノマドのススメ
4. 「病」との対話
5. 大ビジュアルコミュニケーション時代を生き抜く方法
6. Q&Aコーナー
7. 連載のお知らせ
高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。


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