やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

岸田文雄さんは「6月14日解散・7月23日投開票本線」を決断できるのか


 俄然盛り上がってきて凄く困惑している解散風、まあ昨今滅茶苦茶な状態で「おまえ、そろそろあるかもしれないから調査しろや」という非常に曖昧なオーダーが各所から寄せられております。事前調査はあらゆる前提条件で成立するように仕込むのが常とはいえ、グリーン・シップさんのような状況になるとこちらも困ってしまうので予算の限り手段を尽くして対応するのが最低限の勤めと思っております。

 調査手法の是非はともかく(今後どういう野合が起きるか分からないのに確たる手法なんて提案できるはずもないし)、大成功に終わった広島でのG7サミットと世論の動向に次いで、案の定出てきた岸田文雄さんご子息の公私混同スキャンダルの影響という政権単独のパラメータは割と重要です。

 他方、目下盛大に燃えているのは自公連立を長らく続けてきた制度疲労に合わせて、地方政治の劣化と人口減少で政党の都市部シフトを急ぐ問題が根本にあります。来週の文春オンラインでも高知県土佐市の移住者カフェ問題と並べて地方政治の衰退については指摘したいと思いますが、今回の地方の人口減少に伴う10増10減で、新潟などを除き議席数減少でもっともダメージを喰らうのは他ならぬ自民党です。

 それもあって、自民党は議席数の増える都市部にシフトしなければ党勢が維持できないぞという問題を抱えて選対調査方も得票予想とにらめっこしながら最適配置を考えようという話になっているのですが、公明党さんが抱えている危機感というのもなかなかのもので、これは長らく手を取り合って頑張ってきた自公連立という金看板そのものを揺るがせるぐらいには大きい話にならざるを得ません。

 確かに公明党自体は比例得票で言えば618万票ぐらいまで勢力を落としてきているとはいえ、前々回、前回と都市部選挙区において旧25選挙区で概ね(平沢勝栄さんの17区を除き)14,000票から23,000票ちょっとの「上積み」を自民党候補に恵じている状態です。これが自公連立において「東京においては公明党が自民党を選挙協力せず応援しません」となると、東京都選出の自民党衆院議員は文字通り半減してしまいます。

 ここから先は調査方の問題となりおおっぴらには語らないところではありますが、問題のない範囲で掻い摘んで書くと、当たり前のことですが自民党が議席を失うということは誰かがそこの議席に座るぞということです。少なくとも公明党が旧12区から新29区に岡本三成さんが国替えを前提とするならば、新しく公明党が東京に選挙区で立てるといってもあと1議席か、場合によってはこれ以上立てないかもしれません。

 しかも自民党が痛いのは、実際には今回の統一地方選挙で東京に限って言えば自民党は大変に苦戦して、議席数も総得票数も得票率も減らしています。特に共働き世帯からの評価が低いのは、サラリーマンが多いベッドタウンでは特に社会保険料の引き上げなど国民生活に直接の打撃となる政策を岸田政権が真顔で連発していたことがバックグラウンドにあるようにも思います。

 常識的には、まあまあ支持率の高かった政権で汗をかいた議員がいるはずの選挙区で区議選・市議選が総崩れになり、支持層が地殻変動して独身の若者と40代男性がコアですとかいうのは自民党からすれば上手く都市部シフトできてないよねという結論にすらなるわけですよ。

 そうなると、叩き合いとなった立憲民主党候補が勝つのかというとそうすんなりとはいかず、いま東京新30選挙区全体で見ると少なくとも新たに7人ないし8人の落選が見込まれるうち、前回同様の候補者がそのまま出馬したと見込むならば小選挙区で勝つ立憲公認は2人ないし3人、特に旧1区の山田美樹さんが落選して海江田万里さん、旧10区の鈴木隼人さんが落選して鈴木庸介さん、旧23区小倉將信さんが落選して伊藤俊輔さん、もちろん小田原潔さん大西英男さんは当落どころか圏外になってしまいます。

 ひとつ軸となるのは旧22区伊藤達也さんが一個前の調査で公明支援票がなくなると落選の見込みとなっていた(ただしそのときは統一地方選前で岸田政権の支持率はあまり高くはなかったのもあり)ので、分水嶺となるのは三鷹市、調布市、狛江市の各投票所の動向がいかな展開になるかではないかと思っています。

 ここの選挙区の推移で言うならば、自民現職と立憲新人の一騎討ちみたいな綺麗な構造で10増10減で5議席増える東京都の様相が固まるかというとそうでもなく、やはり維新の会、国民民主党(with都民ファースト)、日本共産党と参政党ほかの擁立具合が重要になります。単純な話、公明党が自民党支援するかしないかよりも、野党での候補者調整をしない維新の会が東京と各選挙区に候補者を乱立させればさせるほど、叩き合いで公明党の票が無いと勝てないと見込まれていた自民候補よりも維新に公認候補者を立てられて票を奪われる立憲候補のほうが苦しいということが現実のものとなる可能性があります。

 ひとつの例として、旧12区で公明党・岡本三成さんが勝った件では、右から維新・阿部司さん(比例復活)と左から共産党・池内沙織さんが出馬して、見事に野党票が割れて岡本さん勝利という分かりやすい結果となりました。しかも、うっかりすると共産池内さんよりも阿部さんのほうが票を取るわけですよ。もっとも、旧12区は太田昭宏さんが長らく地盤を持っていた地域で、地域の有権者からすると「公明党を支持するか、それ以外か」という大変な罰ゲーム選挙区であり続けたこともあってかなり訓練された選挙民だったことを忘れてはなりません。

 投票所別の出口調査を見てみると、今回岡本三成さんがメインとなっている旧12区から、新たに荒川区と一部の足立区をメインとする新29区に国替えをするのは公明党としては理に適っています。ただ、新12区(北区と一部の板橋区)で自民党が独自候補を擁立するとなると、今度はこっちで自民VS維新VS共産の戦いとなりますが、維新の現職・阿部司さんがそのまま出馬しても自民党が誰を出してもまあまあ善戦する見込みとなっています。

 確かに維新は東京都でも強くなる傾向にあるけれど、いまのところ言われているほどでもないというのが正直なところで、単独で見る限り維新は立てられるだけ立てればいいという状況では(前回の統一地方選と異なり)ないようにも見えます。

 しかしながら、目下公明党と維新との間で、謎のバーターが行われているというまことしやかな噂が流れています。本当かどうかは知りませんが、大阪と兵庫でごっそり維新に奪われゼロ議席になる恐れのある公明党6議席保有の選挙区に、維新が候補者を立てない代わりに、東京での維新の選挙を公明党(というか創価学会)が応援するという意味不明のウルトラCが進んでいるというのです。

 ほんとかね。

 確かに自民党との信頼関係は地に堕ちて、東京都での協力関係は解消するという公明党側の最終決定を自民党幹事長・茂木敏充さんに突き付けたのは事実としても、あの創価学会が自民党憎しでバリバリの新自由主義者の集団である日本維新の会の応援に回るというのは、党利党略を超えて創価学会の政治活動そのもののレゾンデートルに関わる部分ですから、個人的には噂に過ぎず、交渉はあったとしても成立はしないか、一部公認候補までで収まるのではないかと思うんですよね。

 また、現状で出ている選挙日程が、岸田文雄さんの決断待ちとのことですが6月14日解散・7月23日投開票とするならば、某政党の住民票移動は間に合いません。裏を返せば、この決断を岸田文雄さんがした時点で自公連立は崩壊する、というか公明党は議席数を大幅に減らしてしまうので連立の価値を持たなくなることが必定です。大阪兵庫で6議席失うから増える東京で2個欲しいとか、都市型選挙への対応で党勢を盛り返したいとかいうレベルの話ですらなくなってしまいます。

 公明党が党として突っ張らざるを得ないのは当然であって、自民党からすれば公明党と目の前の議席数の合計で連立与党ですというよりは、自民党そのものが創価学会に得票の下駄をはかせてもらって40議席ほどを確保している状況であることは誰の目にも明らかですから、単独で自民党が政権を維持するためには衰えたりとはいえ公明党とセットで動くほうが合理的とも言えるわけです。

 他方で、公明党としても長らく第一線を引っ張ってきた山口那津男さんにその役割と貢献に相応しい花道を考えなければならないところ、後継人事が定まらないうちに自公連立が崩壊して選挙で大敗し、大阪兵庫から文字通り小選挙区で全敗で叩き出されて敗軍の将の汚名をかけて山口さんに責任を取らせる形にはしたくないはずなんですよ。バーターで12区15区をどうですかと言われてそんなもん飲めるかいなというのは当然としても(それを言われたらたぶん平和主義者で平穏無事な人間性でつとに知られる私でさえ怒る)、岸田文雄さんに「売られた喧嘩は買う。公明党がなんぼのもんじゃ、早期解散総選挙じゃ」とか言われると大変なことになるわけですし。

 私はなんだかんだ岸田文雄さんは早期解散には合意せず、7月23日ないし30日を投開票日とする解散総選挙には打って出ないのではないかとも思うのですが、来週か、その次の週あたりに判断するポイントがやってくるでしょうし、ご子息スキャンダルはともかくG7サミットでの大戦果で支持率が上がっているけれど、じゃあ秋まで何事もなく高いまま引っ張れるのかと言われるとこれはまた未知数です。内政問題やスキャンダルなど続発するようであれば、あのとき解散しておけばフリーハンドの4年間だったのにと後悔するようなことにもなりかねません。それこそ菅義偉さんが仕事を優先しすぎて解散期を逸し、失意の辞任に追い込まれたことは、岸田さんの心の中にあるとは思うので。

 つくづく、自民党幹事長に茂木敏充さん、東京都連に萩生田光一さんがおり、そもそも今回の東京28区問題も萩生田さん子飼い扱いの医師・安藤高夫さんを擁立内定させたから公明党には議席やらんという話ですから、確かに安藤高夫さんは優れた人物だなあとは思うけど連立ガタつかせてまでバッジつけてやるほど大事な弾なのかという議論はあって然るべきだとも思います。15区柿沢未途さん然り、今回12区がバーターで出たのも萩生田さんと自民公認予定であった高木啓さんの問題で萩生田さんと仲がこじれ過ぎてることが背景に過ぎません。公明党が「自民党の都合でバーターで出してくるそんな選挙区では戦えない」とはいえ、元をただせば元東京都連会長であった下村博文さんのころからずっとずっとシコっていた調整事項が先送りになり、萩生田光一さんに全部おっ被せられて、その間に東京都全体での自民党支持がゆっくりと摩耗・低迷していった結果が、公明党の票が無いと小選挙区でも東京都比例でもごっそり議席を失って惨敗しかねないというのが実態ですから、むしろ、東京こそ公明党と一緒にやらなければいけなかったのだと総括する羽目になるのは目に見えています。ようやく目立つところで大臣となった小倉さんも、国防専門職として活躍している長島昭久さんも、石原帝国最後の騎士・石原宏高さんも、このままいくと比例復活できずに全員いなくなります。公明党も維新との調整が成立しなければ近畿小選挙区全滅で6議席を失い、調整が失敗すれば岡本三成さんの新29区でも自民に候補者を立てられかねない(無いとは思うけど)わけですから、非常に厳しいことは言うまでもありません。

 その結果、維新が全部取るぞというとそうでもなく、特に能力的な担保のない立憲にお鉢が回ってくることはあるでしょうが東京都の民意をきちんと吸い上げられる議員を国会に送り込めるのかと言われるとはなはだ疑問です。良くも悪くも、自民立憲維新が仲良く東京30選挙区を分け合う群雄割拠となっていくことでしょう。選挙区調整でも地域住民・有権者の考えや特徴はあまり汲み上げられていないように思いますし、調査方だけでなく困るのは議員や党務を支える秘書さん、職員さんなんじゃないかと思うんですよね。その方面への目配せが、自公両党ともにもう少し目配せとしてあって良かったんじゃないかと思います。

 まだ本格的な情勢調査は始まっていませんが、過去の投票所の結果や出口調査、ネットパネルなどでの動向を見る限りでは、自民党からすれば「公明党から支持されて得られる14,000票から24,000票弱」よりも「同じ選挙区に立憲と共産が候補者を一本化できず、さらに維新が出馬してくれる」状況のほうが、選挙の構造的に勝てちゃう場合があります。「公明党要らん」となるのは、自民党側ではコントロールできない要因で勝つ場合であり、それは政治家の地力ではありませんから、なんらか逆風が吹いて時の政権が解散に追い込まれたとき、すべては地滑り的に失う議席に座る議員を東京で量産することになるのだ、ということは良く知っておいてほしいというのが本音です。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.405 衆院早期解散の可能性をあれこれ考えつつ、我が国の教育システムやメディアの現状を憂える回
2023年5月26日発行号 目次
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【0. 序文】岸田文雄さんは「6月14日解散・7月23日投開票本線」を決断できるのか
【1. インシデント1】中学受験と虐待小学生の自殺未遂騒動
【2. インシデント2】ニュースバブルの崩壊と「少数語圏」日本のサイト過当競争
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A
【4. インシデント3】ジジイと身体検査

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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