高城剛メルマガ「高城未来研究所「Future Report」」より

世界経済の動向を歴史的サイクルから考える

高城未来研究所【Future Report】Vol.745(10月3日)より

今週も東京にいます。

東京に戻るたびに、物価の高騰を肌で感じます。最新のスマートフォンや日用品、外食に至るまですべてが値上がりしており、特に都内のホテル代は世界中のどこの都市より割高だと痛感します。

円安、というか円弱による輸入物価高および海外観光客便乗値上げも去ることながら、インフレ最大要因となった日本のコロナ禍における財政出動の規模は、実に驚くべきものでした。2020年度から2022年度にかけて、雇用調整助成金だけで6.4兆円が支出され、これは国民1人あたり61万円に相当し、この金額は東日本大震災の復興予算(10年で約32兆円)を遥かに上回る水準です。実際、日本は感染症の死亡率が低いにもかかわらず、世界の中でもGDP比で見たコロナ関連財政支出が極めて高いことが指摘されています。

この大盤振る舞いの代償が、今まさに顕在化しており、結果、日本のインフレ率は先進国で最も高い水準になって、家計を直撃しているのです。

今後、物価がどのように推移するか推測するには、1970年代に起きたスタグフレーションを振り返る必要があります。
1973年の第一次オイルショック時には「狂乱物価」と呼ばれるほどのインフレが発生し、石油価格は約4倍に跳ね上がりました。僕が幼少時の大きなトピックとして、スーパーが大混乱したのをよく覚えています。

最も深刻だったのは、1970年代世界的に失業率とインフレ率が共に二桁台に上昇したことです。アメリカでは1969年の失業率3.5%、1973年4.9%から1978年には6.0%まで悪化。イギリスでは1973年の2.3%から1978年には失業率が大幅に上昇し、西ドイツでも60年代の低い失業率が70年代に入って急速に高まりました。日本では高度経済成長でクッションしながらも消費者物価指数の年間平均上昇率が9%程度高騰するという異常事態が起こったのです。

このインフレと不況による「双頭の怪物」との戦いに終止符を打ったのが、1979年にFRB議長に就任したポール・ボルカーでした。政策金利を1980年3月には20%まで上昇させるという極度の金融引き締めを断行。こうしたFFレートが20%以上になることも容認する一種のショック療法により、最終的にはインフレを劇的に抑制することに成功しました。

しかし、その代償は極めて重いものでした。ボルカーの「ディスインフレ」政策は1980年代のインフレを劇的に抑えた一方で、巨大な失業者を生み出したのです。この時期の高金利政策は世界経済にも波及し、1980年代の世界的な景気後退を招くことにつながって、プラザ合意へと進みます。

いま、この歴史的サイクルが再びはじまっています。

1981年にレーガン政権が発足すると、減税と規制緩和、同時に軍拡で需要を押し上げたものの、インフレは抑え込まれる一方で景気は急減速し、失業率は高止まりしました。この状況が、1985年のプラザ合意へ進み、プラザ合意前に1ドル=240円台だった円相場が86年には同150円台まで円高が進み、日本経済も大きな構造調整を余儀なくされましたが、当時は現在と違って高度経済成長だったこともあって、日本はバブル経済へ突入しました。そして大崩壊。

興味深いのは、現在の状況が1970年代との類似点を多く持つことです。ドル円相場を見ていると、円安の進行ばかりに目が行きがちですが、実はドル自体も各国通貨に対して軟調な場面が散見されます。2024年に一時160円台まで進んだ歴史的円安の背景には、日米両国の金融政策の影響もありますが、両国ともにスタグフレーション的な様相を呈していることも見逃せません。

世界経済が同時にスタグフレーションに陥るリスクは、決して杞憂ではありません。1970年代の「双頭の怪物」がITが台頭する1990年代前半まで世界経済を苦しめた歴史的事実があり、当時のニューヨークやロンドンの燦々たる光景を目にしてきた個人的な経験からも、物価高騰と成長停滞が同時進行する世界で、個人も企業も国家も歴史の教訓に学びながら新たな適応戦略を模索する時代が始まっています。

どちらにしろ、歴史的サイクルから見る教訓は、この後3年から遅くても5年以内に大きな節目に差し掛かるのは間違いありません。

その時までにいかに準備をしておくか?

季節がゆっくり移り変わる東京で、足早に移動しながら考える今週です。
 

高城未来研究所「Future Report」

Vol.746 10月3日発行

■目次
1. 近況
2. 世界の俯瞰図
3. デュアルライフ、ハイパーノマドのススメ
4. 「病」との対話
5. 大ビジュアルコミュニケーション時代を生き抜く方法
6. Q&Aコーナー
7. 連載のお知らせ

23高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。

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