高城剛メルマガ「高城未来研究所「Future Report」」より

ドイツでAfDが台頭することの意味

高城未来研究所【Future Report】Vol.753(11月21日)より

今週は、デュセルドルフにいます。

近年、ヨーロッパの中でもこの街は、文化と産業のバランスが取れた都市と評価され、日本人も多く住み、移民と地元住民が自然と入り混じる欧州統合の成功例のような地域でした。しかし現在、街の至るところに、緩やかな変化の影が落ち始めていると感じます。

その象徴が、AfD(ドイツのための選択肢)の存在感です。今から10年ほど前にドイツの異変を感じて取材をはじめ、2018年に出版した拙著「分断した世界」にまとめましたが、従来、極右政党と片づけられてきた政党AfDが、いまや東部だけではなく西部の都市部でも支持を伸ばしています。
デュセルドルフでも若い世代から中高年まで、驚くほど幅広い層が「現状の政治では先が見えない」と口にし、AfDを支持しています。もちろん、移民排斥を掲げる党が伸びること自体、ヨーロッパが抱える深い構造変化の現れであり、単純な善悪で語れるものではありません。物価高や治安不安、ウクライナ戦争によるエネルギー問題などが押し寄せ、市民の感情が静かに変化する中、これまで主流政党が提供してきた「それまでの正しさ」では対応しきれない課題が積み重なっている現実です。

この街で強く実感するのは、AfDの躍進がよくマスコミに取り上げられる「極右」や「ドイツ脱EU=Dexit(デグジット)」を意味するわけではない点です。選挙予測や世論調査を見ると、たしかにAfDは数年以内に第一党になりうる勢いを持っていますが、だからといって英国と同じ脱EUへの道筋をたどるとは限りません。
最新の調査でもEU継続支持が87%もあり、むしろ、ドイツの官僚機構や産業界が持つ慎重さを考えると、EUから飛び出す方向へ一気に舵を切るよりも、内部から制度を変え、必要な領域だけを制限する選択的見直しを進める、極めて現実的な戦略を進んでるように見えます。いわば、多くの保守的なドイツ人さえもが、現行のシステムを一度リセットするために、AfDの力を借りようとしているのです。

現在、経済の中心にいるドイツ人は、EU統合の恩恵を誰よりも享受してきた世代であり、自由移動、単一市場、共同投資、研究連携といった欧州統合のメリットをよく理解しています。たとえ移民政策に不満を持っていたとしても、それを理由に大陸全体を揺るがす決断に進むべきではないと考える声は根強く、これが島国で通貨ユーロではなかった英国と最大の違いです。

では、AfDが第一党となり、政権に強い影響力を持つと、未来はどうなるのでしょうか。実はいままでもドイツ連邦政府は常に複数政党の連立で運営され、どの政党も単独で理想を貫くことはできない状態が続いてきました。仮にAfDが第一党になったとしても、他党が連立を拒む限り、彼らは議会内で相当な議席を持ちながらも、実際の政策運営には制限がかかります。
この構造が、感情に流されがちな移民排斥政策を和らげ、脱EUという過激な案を現実路線へと引き戻す安全弁として働くのです。

つまり、AfDの台頭は、極端な主張や排外主義の噴出というよりも、既存の政治やエリート層への強い「NO!」の意思表示であり、国民のフラストレーションや不満が現状を変えようとする健全な民主主義のエネルギーとして現れているのだと捉えるのが正しい。
これは、米国のトランプ現象や、英国でのBrexitを後押しした民意とも重なる部分があり、「変わらない既成政治」への拒絶反応こそが共通した社会原動力として確実に存在します。確かにAfDへの支持は年々高まっていますが、その背景には、極端な政策の支持ではなく、政治への不信や日常生活で感じる不安、失われつつある「自分たちの声が届いていない」という感覚から始まっているのを見逃してはいけません。

街を歩くと、アジア系の学生とドイツ人の家族連れが同じ公園で遊び、トルコ系の店主が店頭にクリスマス向けの商品を並べ、移民と地元住民が当たり前のように共存する風景は、何年も変わらないこの街の自然な姿です。同時に、移民受け入れ政策の再調整を求める声も存在し、それが政治の議題に上っていることも否定できません。しかし、そこに悲壮感はなく、むしろ現実的な着地点を探す、歴史ある欧州人ならではの態度が感じられます。

ヨーロッパの歴史、特にドイツでは、急進と修正を繰り返しながら、結局のところバランス点へ収斂していく長い試行錯誤の連続でした。仮にAfDが第一党になっても、ドイツがEUを捨て去る未来よりも、移民政策を刷新し、新たな欧州秩序を作り直す未来のほうが、はるかに現実的なドイツ人らしいと考えます。

日が落ちた夕方5時の気温は、4度。
もし、この国へロシア産ガスの供給が止まったら死活問題になるため、「現実的」な選択として代替エネルギーの確保を国も国民も真剣に考えるだろうなと思う今週です。

駅前では、クリスマスマーケットがはじまります。
この街はもう年末ですが、終末感はありません。
 

高城未来研究所「Future Report」

Vol.753 11月21日発行

■目次
1. 近況
2. 世界の俯瞰図
3. デュアルライフ、ハイパーノマドのススメ
4. 「病」との対話
5. 大ビジュアルコミュニケーション時代を生き抜く方法
6. Q&Aコーナー
7. 連載のお知らせ

23高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。

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