やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

「民進党」事実上解党と日本の政治が変わっていくべきこと



 北朝鮮のミサイル問題で支持率が回復した安倍政権が、状況の有利と言うよりは野党の退勢と足並みの乱れを突く形で解散総選挙に打って出ました。お陰でいろいろ余波が出て大変なことになっているわけですが、票読み的な実務上の論考を加える上で、今回の解散総選挙の意味について本稿では取り上げてみたいと思います。

 というのも、野党勢力は当然のことながら無理を承知で「政権は解散しろ」と攻めていくわけです。今回は森友学園・加計学園という、いわゆるモリカケ問題で政権を倒そうと頑張ったわけですが、北朝鮮のミサイル発射と核実験という「本物の危機」に直面して追及が困難になり、国民は一斉に北朝鮮有事にあたってどの政権が一番望ましいかを考えた結果、やっぱり安保法制であれだけ安全保障の議論をリードした安倍晋三さんが良い、となったわけであります。

 ここで問題となるのは、日本人にとって安全保障はそれほど大事なイシューなんだっけ、という点です。実のところ、安全保障関連の争点というのは長らく日本の選挙においては不人気で、北朝鮮の拉致問題が明るみに出た90年代以降でみても、景気・雇用などの経済問題と近年猛烈に進む高齢化対策で急浮上する年金・医療・介護の問題がトップに来て、その下に子育て・出産、教育、環境交通などの暮らしに関わるものと、そしてその下に安全保障です。昔は「平和ボケ日本」と揶揄されましたが、いまはむしろ安全保障については気にする人と気にしない人とに大きく別れるという属性上の問題であるという理解になりつつあります。平たく言うと「難しすぎて分からない」か「生活が大変なのでそういう遠い世界のことを心配して投票する余裕はない」かが有権者過半の本音ではないかと思うのです。

 また、政治意識の高い人たちや、50代以上高齢者女性に「安倍政権を支持しない」という傾向が強くなっています。もちろん、長期政権になって政治に対する飽きも出てきているのかもしれませんが、それ以上に「人柄が信頼できない」がトップに出て、安倍晋三さんは原則として女性に人気のない宰相になってしまった、ということが分かります。定期的なグループインタビューをしてみると、いわゆる不倫不貞といったスキャンダルよりも、安倍さんの本質に問題があることがわかります。具体的には、ファーストレディーである安倍昭恵女史に対する不満であったり、品のない国会での野次であったり、ポイントポイントで女性の嫌悪感を引き出してしまうような事案が積み重なって、女性の感情に悪い影響を与えているものと考えられます。

 さらに、自民党支持者の中にも、また公明党にも、自民党や公明党は支持しているけど安倍さんは不支持という層がいることが分かります。もちろん民進党や維新支持でも安倍政権支持という人もいるのですが、安倍政権に対する支持は政治的意識の高い低いにかかわらず男性、安倍政権に対する不支持は主に政治的関心の高い方か、高齢者女性に広がっているということがわかります。

 この問題で何が分かるかというと、基本的には政治的関心があって投票行動が強い有権者に不支持が増えているということであって、それは単純にいまの月齢の政治意識調査で50%の支持が仮にあったとしても投票箱には四割かそれを下回る得票しか政権が得られない可能性があるということになります。とりわけ、若い世代の安倍人気は高いのですが、彼らは残念ながら積極的には投票に行きません。しかし、調査上は人口比のバイアス処理も行った上で意識調査の対象になるわけですから、必然的に実際の投票傾向よりも支持率が高く出ることになるのが安倍政権のマジックといえます。これを信じて「おっ、北朝鮮のミサイル発射のお陰で安倍政権の支持率が盛り返したな。よし、野党の体制が整わないうちに解散総選挙だ」と判断してしまうと、大変な計算違いをしてしまうのではないかと深く憂慮するところなのですが、まあ解散総選挙に突入してしまったのでどうしようもないですね。

 で、野党の動きとしては現在巷でも出ているとおり、民進党新代表の前原誠司さんが中心となって、民進党が自ら身を投げる形で小池百合子女史率いる希望の党への合流を決めました。しかし、希望の党の側は小池女史は「すべてを迎え入れる」とは一言も言っておらず、一口に合流と言っても実際には保証は何もない状況になっているわけです。

 ただし、担保として今回の合流の立役者である連合は民進党の各議員が希望するならば、可能な限り希望の党は公認を出し受け入れるという裏の条件で調整を終えていると伝え聞くところはあります。もちろん、参議院議員で民進党は明らかに小池百合子女史と一緒にやれない人が出てくるのですが、参議院議員もいま合流してしまうと政党交付金が出ないので党はまだ残し、政党交付金が出てからの分党、または解党をしていくことになるだろうと予見されます。

 一連の動きで、あまりにも小池百合子女史がヤバいので大変だという論調が非常に強くなってきました。あくまで即興のネット調査ですので参考値になりますが、実のところ民進党解党の前と後でそれなりのサンプル数で希望の党への期待感を調べてみても、上昇するどころかやや下落しているあたりに気になる部分はあります。また、地味に東京都知事としての小池百合子女史の支持率は概ね63%から70%の間で微減、これも他の都道府県知事の並びでみると他の知事は概ね80%台の支持率なのが一般的なのを考えると、実は言われているほど小池百合子女子は支持率という点では高くないというのが実態であることが分かります。

 前原誠司さんの決断については、いろいろと評価があります。これから結論が出て、歴史が判断する部分は大きいと思いますが、私個人としては、前原さんは出来る限りのことはしっかりとやった、優れた判断をしたと考えています。というのも、このまま共産党などと野党共闘の枠組みの中で小さい議論を積み重ねて自民党を打倒するために反自民票の受け皿という立場に甘んじるよりは、野党全体を大同合併させつつ大きなうねりとして政界を動かし、自民党主導の解散総選挙からイニシアチブを奪い取り、話題の中心に民進党、その先に希望の党を置く、というのは方法論として正しかろうと思うのです。

 もちろん、そこには小池百合子女史特有のヤバさはあります。政治勘が強く勝負師であることは間違いない一方、その経歴が示すとおり状況に対する堪え性がなく、本人の実務能力もないうえ、仕切らせる相手をコントロールしたり能力を推し量る力もないというのが小池女史の特徴です。すべての能力を政治闘争に振り分けたかのような人物ですから、政局には強くても政策はからっきしダメで、混乱させる要因にしかなりません。

 また、前原さんも言うだけ番長という評価がつきまとう中で、必ずしも実務に長けた人物とは判断されずにここまで来ました。それでも、一時は民進党(旧民主党)の中では終わった人扱いされたところから代表戦を勝ち上がっていったという点で、ある意味で元首相で枯れた存在と見られた失意を経た安倍晋三さんにも通じるものはあります。

 このある意味似た特質の二人がうまくいく保証はいまのところそれほどないにせよ、ひとつのムーブメントを作っていく中で「次に繋がる野党第一党」になれる可能性はあると見られます。巷で話されているとおり、小池百合子女史は日本初の女性首相を目指すという野心に取り憑かれているところはあるでしょうが、今回の選挙ですべてを手に入れることはむつかしいかもしれず、まずは民進党の抱えている資金、そして連合による組織選挙の能力、これに小池百合子女史のムーブメントを作る力が一緒になってまず一度選挙を戦ってみる、そして二回目の選挙までに盤石の体制と流れを作り上げる、というのが勝ち筋なのではないかと感じます。

 良くも悪くもこれ以上無いというタイミングと幸運に恵まれた状況で出来上がった希望の党は、果たして党名通りに日本人に希望を与える存在になってくれるのでしょうか。

 私見としては、このぐらいのダイナミズムがどんどん打ち出せる日本政治であってほしいという部分は半分あります。もう半分は、小池百合子女史はヤベえだろという警戒感でいっぱいなのですが、それは認知不調和を起こしている左翼系知識人が嫌というほど指摘されていますし、私もその不安はとてもとても良く分かります。こんなことが許されていいのか、というのが本音だと思いますし、実際にそうなってしまったことに対する呆然もあるでしょう。最たるものは、最後の最後で袖にされた共産党系勢力の茫然自失とした対応の混乱にも見受けられますが、もし私がそこにいてどうにかしろと言われたら胸ポケットに辞表を入れていると思います、本当に。

 蛇足ですが、最後に言われている「リベラル勢力の壊滅」というテーマはあります。ただこれは、今回の前原民進党の「英断」でどうこういうものではなく、そもそも枝野幸男さんが民進党代表戦に立ち、党内左派勢力の糾合を行っても議員票も民進党サポーター票も及ばなかったわけです。議員票51は、そもそも民進党左派と言えども擁する議員はその数字でしかなかった、と言えます。

 一応、希望の党が出した踏み絵「安保法制に賛成する」というネタにおいて、民進党左派議員の動きは注目されていたのですが、結論から言えば「民進党本部の意向に従う」というロジックでみんな希望の党に合流する可能性が高くなってきました。まあ、選挙戦えないですからね。そんな野合でいいのかという気もしますが、実際にその方向で話が進んでいるため、結果的に安保法制反対で論陣を張ってきた左派議員やその支援者は見事に変節を余儀なくされてしまうことになります。

 それが嫌ならば離党して共産党との野党共闘に打って出るしかないのですが、これは旧社会党、いまの社民党と一緒で、連合の支援なく選挙を戦うことができない議員がどうなるかは自明です。それを知っているので、希望の党の軍門に降らざるをえない、ましてやまったく選挙対策のできていない今回の選挙は、ということになります。枝野新党の構想もあったように聞いていますが、あっという間に立ち消えになったのはそういう理由ではないかと思う次第です。

 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.201 騒然とする衆院解散総選挙の意味を考えつつ、東京ゲームショウ2017を総括し総務省が掲げるIoTセキュリティの行方などを見つめる回
2017年9月29日発行号 目次
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【0. 序文】「民進党」事実上解党と日本の政治が変わっていくべきこと
【1. インシデント1】東京ゲームショウ2017の個人的な総括
【2. インシデント2】総務省がいよいよIoTセキュリティに本腰を入れるそうですね
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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