※メールマガジン「小寺・西田の金曜ランチビュッフェ」2016年3月18日 Vol.074 <時代の流れに身を任せ号>より
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3月12日から25日まで、筆者はアメリカ・サンフランシスコに出張だ。出かける前後、日本で話題になっていたのが、Googleが開発した囲碁用AI「AlphaGo」と、囲碁の世界チャンピオン・李世ドルの対決だ。アメリカでは日本ほど話題になっていないようだが、そこは囲碁というゲームに対する認知度というか、注目度の差かな、と思う。この記事を書いているのは3月13日(アメリカ西海岸時間、日本時間では14日早朝)のことで、最終的な結果はわからない。4戦目で李世ドルが一矢報いたところだが、5戦目もがんばってほしい、と思っている。
筆者は囲碁にはさほど詳しくない。弱いながら、将棋とチェスはそこそこわかるが、囲碁はルールを知っている程度。場の展開の有利・不利がどうにも見通せない、というレベルに過ぎない。だが、囲碁というゲームの複雑さや、先を読むことの難しさを思うと、ここまでの囲碁用AIが作れたことには、感嘆を禁じえない。囲碁は、ゲーム理論の世界では「二人ゼロサム有限確定完全情報ゲーム」と呼ばれる。意思決定に関わる情報のすべてが盤面に存在するため、コンピュータにとっては比較的与し易いものとされ、AI研究の初期から研究が続けられてきた。それでも囲碁と将棋は難しく、プロに確実に勝つソフトを作るのは、一つの目標とされてきた。
このところ、AIをめぐる話題が多い。自動運転車にしても、映像認識にしても、その背後にあるのはAIだ。現在の自動運転車で使われている画像認識は、実際に走行中のスピードでも、周囲の車の車種や標識の内容、飛び出そうとしている人のの動きなどを高精度に認識できるレベルに到達している。疲れや老化などが原因でミスを犯す人間を超える精度を持つのは、遠い日ではない。
だが、ここで注意が必要な点がある。
こうしたAIについては、「学習系」と「処理系」を分けて考える必要がある、と
いうことだ。
現在の画像認識認識AIは、俗にいう「ディープラーニング」を使っている。
ざっくり説明しよう。
ディープラーニングでは、脳機能を数学モデルで再現する「ニューラルネットワーク」が使われる。これ自体は、PC普及以前の1960年代まで、コンピュータで問題解決を目指す手法として注目されていたのだが、現在一般的な「データベース的人工知能」に競争で負けた。ニューラルネットワークは、人間が自ら学習して知識や認識を強化していくように、自ら認識を高めていくのが特徴なのだが、その学習よりも、人がパラメータ設定を行って認識に利用する方が、パラメータ製作の手間を含めても効率が良かった。
そうした状況をひっくり返したのが、ディープラーニングという手法の導入だ。ニューラルネットワークでの学習プロセスを多層化して「深く」するからディープ、なのだが、色やディテールなどに分割したり、エリアを分割したりして学習層を多層化し、グルグルとフィードバックすることで、機械学習によるパラメータ構築が、人の手によるパラメータ構築を越える速度を効率を実現した。そのためには、小規模な演算を多層的に、大量に並列に回せるコンピュータが必須になる。GPUが高性能化した結果、そうした「ぐるぐる回すためのシステム」の開発が容易になり、処理能力が高まった結果、自動運転用の画像認識が高度化したわけだ。画像認識の他、翻訳や音声認識の精度アップにも使えるし、AlphaGoも使っている。個々の技術でどんな手法を使うかは異なるのだが、「ぐるぐる回す」仕組みである点に変わりはない。
ただし、これらはあくまで「学習」のためのものだ。
例えば、自動運転車の場合には、自動車に乗っているのは、サーバーがディープラーニングで学習した結果生まれた「パラメータ」を受け取り、それで実際に画像認識を行うフロントエンドである。AlhaGoの場合にも、サーバーで動く学習用のソフトと、実際の対局に使われるソフトは別になっている。どちらも、フロントエンドはさほど巨大なシステムではない。我々が日常的に使っている自動翻訳や音声認識だって、フロントエンドはパソコンやスマホであり、背後に巨大なサーバーがある。
こうした階層化が、現在のコンピューティングの一つの本質といえる。多くの人が利用する賢いサービスも、その本質はサーバーにあり、フロントエンドが得た結果(画像認識の場合も囲碁の試合の場合も同じだ)をサーバーに返し、サーバーが再度学習したパラーメータを受け取る仕組みになっている。すると、多くの人が使うほど精度が上がっていく。
こうしたシステムは、人間とは大きく異なる仕組みだ。巨大なサーバーがあって、それが賢くなったとしても、SFのように人間を攻撃するのか、というと、ちょっとありえない。
だが、人間と異なるロジックで最適化が行われ、その結果を人間が使うようになるため、「人の考えではなぜこれが適切なのか短期的には判断できないが、実際にはコンピュータの判断が正しい」「人々にはフロントエンドしか見えないので、さらになぜそうなっているのかわからない」という事態は起きうる。
AlphaGoの戦い方は、人間の棋士には意外とも思えるものだったそうだ。そのあたりは、現在のAIと処理系の組み合わせを考える上で、非常に示唆に富んだエピソードだと思える。
小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」
2016年3月18日 Vol.074 < 時代の流れに身を任せ号> 目次
01 論壇【小寺】
ストリーミングサービス、子供が使って大丈夫?
02 余談【西田】
AlphaGoから考える「人とAIの関係」
03 対談【小寺】
NexTV-F事務局長に聞く、4Kコピー禁止の真相(2)
04 過去記事【小寺】
Windowsよ、どこへ行く
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと
コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。 家電、ガジェット、通信、放送、映像、オーディオ、IT教育など、2人が興味関心のおもむくまま縦横無尽に駆け巡り、「普通そんなこと知らないよね」という情報をお届けします。毎週金曜日12時丁度にお届け。1週ごとにメインパーソナリティを交代。 ご購読・詳細はこちらから!
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