小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」より

クラウドファンディングの「負け戦」と「醍醐味」

小寺信良&西田宗千佳メールマガジン「金曜ランチビュッフェ」2015年10月16日 Vol.054 <仕組み作りはタイヘン号>より

量産で地雷を踏むスタートアップ達

今や、クラウドファンディングは、出資を募る方法としても、商品をマーケティングする方法としても「あって当然」「なければ困る」ものになっている。

だが一方で、クラウドファンディングで「予定通り製品が出た」経験をした人も少ないはずだ。ほとんどのものが出荷遅延し、場合によっては製品の中身が大幅に変わったり、出なかったりする。

理由は簡単だ。ほとんどのハードウエアスタートアップは、量産のノウハウを持っていないからだ。試作品はきちんと作れても、数千・数万・数十万と数を作ることになると、そこにはいろいろな罠が待ち受けている。「パーツ形状が合わない」「漏洩する電磁波の量が試作機と違って著しく多い」なんていうのは序の口で、「知らぬ間に工場が休暇に入って予定通り出荷されない」とか「こちらが依頼したものと色が全然違う」とかいう初歩的だが意外とクリティカルなことまで、地雷はそこらじゅうに埋まっている。「メーカー」というのは、そういう地雷を避けたり、相手に地雷を掘り起こさせたり、地雷を踏んでも最低限のダメージに抑えたりするノウハウを持っているものだし、そういう交渉を担当する職種もあったりする。

だが残念ながら、経験がないと地雷をいくつも踏んでしまうことになり、結果出荷が遅延したり、製品仕様が変わったりする。これが「クラウドファンディングで商品出荷が遅れる理由」だ。クラウドファンディングのみならず、新興メーカーの中にも、そういう地雷を踏むところは少なくない。年に1社や2社は、そういうトラブルに巻き込まれるものだ。中には、ここに書くのがはばかられるほど深刻なパターンもある。

 

西田の「クラウドファンディング勝敗」結果公開

……という話をあるコラムに書いたら、メルマガの読者の方からこんなご依頼をいただいた。

「ぜひ、西田さんのクラウドファンディングの勝敗を教えてください」

というわけで、私が今記憶していて、すぐに記録が出てくる分についての「投資したハードウエア・クラウドファンディングと、その遅延状況」について挙げていきたい。たぶん実際にはあと2つ3つあるのだが、情報が不確かなところがあるので、ここでは書かずにおく。だがリストにあげるだけでも、なかなかに厳しい結果になった。

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・Brydge + iPad
https://www.kickstarter.com/projects/552506690/brydge-ipad-do-more

iPad miniをくっつけ、クラムシェル型PCのようにするキーボード。今や珍しくないものだが、2012年当時はこのくらいしかなかった。

募集開始日:2012年5月

予定出荷日:2012年10月

最終的な出荷日:2013年1月

感想:まあまあな遅れだが、そこまでひどくない。ただし、製品の出来は実にひどかった。

予定実現度 △、満足度 ×

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・Oculus Rift
https://www.kickstarter.com/projects/1523379957/oculus-rift-step-into-the-game

今をときめくOculus Riftの最初の開発キット。あの時は、ここまでこの会社がブームの中心に来るとは思わなかった。

募集開始日:2012年8月

予定出荷日:2012年12月

最終的な出荷日:2013年5月

感想:これもなかなかに待たされた。だが、そこで得られた驚きは、待つに値するものだった。ここから同社はビジネスを急加速する。最初のクラウドファンディングから出荷できたからこそ「これが本物だ」ということを人々に示せた好例である。

予定実現度 おまけして△、満足度 ◎

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・CST-01: The World's Thinnest Watch
https://www.kickstarter.com/projects/1655017763/cst-01-the-worlds-thinnest-watch

電子ペーパーを使った極薄時計。思えば、時計をほとんどつけない私がなんでこれに投資しようと思ったのか、実はまったく思い出せない。

募集開始日:2013年2月

予定出荷日:2012年9月

最終的な出荷日:出荷のめど立たず

感想:失敗プロジェクトその1。要は開発の見通しが甘かった、ということだ。現在プロジェクトは完全に止まっている。

予定実現度 ×、満足度 ×

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・The Dash
https://www.kickstarter.com/projects/hellobragi/the-dash-wireless-smart-in-ear-headphones

両耳の間もワイヤレス接続で、耳から心拍を取得できるステレオイヤホン。音楽+フィットネス向けとして、なかなかに野心的な作りのものだ。

募集開始日:2014年2月

予定出荷日:2014年11月

最終的な出荷日:2015年10月に出荷直前

感想:同じようなコンセプトのものはけっこう出始めていて、機能面ではもはや珍しくない。だが、左右がワイヤレスであることによって音のバランスを量産機でとることに苦労したらしく、こまめに開発アップデート情報が告知された。ついに工場から出荷の記事がアップされたので、手にする日も遠くはなかろう。

予定実現度 ×、満足度 ?

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・Earin
https://www.kickstarter.com/projects/1629248706/earin-the-worlds-smallest-wireless-earbuds

Dashと同じく、左右分離型でワイヤレスのBluetoothイヤホン。とにかく小さく、耳栓程度しかない。付属のケースに入れと充電になる、というフィーチャーも面白そうだった。

募集開始日:2014年6月

予定出荷日:2015年1月

最終的な出荷日:2015年10月に最初のロットを出荷

感想:紆余曲折の末、遅延9カ月を経て、最初のロットが出荷されたらしい。筆者はファーストロットには含まれなかったようで、まだ手にできていない。

予定実現度 ×、満足度 ?

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・Qrio Smart Lock
https://www.makuake.com/project/qrio-smart-lock/

これは国内のクラウドファンディング。ソニーとベンチャーのWiLLが共同でたちあげたスマートロックだ。製品は既に出荷されており、アマゾンで購入できる。

募集開始日:2014年12月

予定出荷日:2015年5月

最終的な出荷日:2015年8月

感想:完成度アップのため若干伸びたが、問題なく到着。出来上がった製品も、最初に告知された仕様からほとんどブレがない。製品の出来も悪くない。そもそもこうしたスマートロックに過大な期待を抱いていた人からは悪評もあるようだが、筆者は満足している。

予定実現度 かろうじて◯、満足度 ◯

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・InfiniteUSB
https://www.kickstarter.com/projects/668098663/infiniteusb-one-usb-port-unlimited-devices

ケーブルの端に小さな1ポートのハブを内蔵することで、USBケーブルをシンプルにスタックしてPCに接続できるケーブル。一時はバイラルメディアなどで、そのデザイン性が高く評価されていた。

募集開始日:2015年3月

予定出荷日:2015年7月

最終的な出荷日:2015年10月に最初のロットを出荷

感想:かっこよさに惹かれて申し込んだのだが、内心「こんな簡単な製品、確実に予定からは遅れないでしょ」と思ったのも事実。でも遅れた。筆者はUSB-Cモデルに切り替えてもらったので、来年1月に手にすることになる。

予定実現度 △、満足度 ?

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・Hub+ for USB-C
https://www.kickstarter.com/projects/nonda/get-your-macbook-ports-back

USB-C対応のハブ+メモリーカードリーダー+モバイルバッテリー。USBの十得ナイフみたいな製品だ。

募集開始日:2015年5月

予定出荷日:2015年7月

最終的な出荷日:出荷まであと数ヶ月かかる見通し

感想:USB-C周りはまだデバイスが出揃っておらず、開発もいろいろ大変、とは聞く。だが、さすがにこれは見通しが甘すぎたんではないだろうか。ちょっと危ないので、リファンドしてもらう予定。

予定実現度 ×、満足度 ×

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・ZNAPS
https://www.kickstarter.com/projects/1041610927/znaps-the-9-magnetic-adapter-for-your-mobile-devic

USBやLightningなどの端子にアダプターを付け、Magsafeのような「磁石で簡単に取り外しできるコネクタ」に変えるもの。シンプルな上に安い(1つ9ドル)ので、気になって投資してみた。

募集開始日:2015年7月

予定出荷日:2015年11月

最終的な出荷日:量産はスタートし、予定通り出荷の見通し

感想:発想一発のシンプルなものだけに、製造などでのトラブルもほとんどなかったようだ。当初はなかったカラーバリエーションやUSB-Cへの対応を追加するなど、情報提供の形も評価できる。マーケティングツールとしてクラウドファンディングを使った例の優等生と言えそうだ。

予定実現度 おそらく◯、満足度 ?

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基本「負け戦」、気長に待つ心構えを

状況を見ればおわかりのように、正直「勝ち戦」はほとんどない。現在、Kickstarterでは「実現不可能なものは対象にしない」ルールがあり、試作機くらいはフェイクでなく動いていないとまずい、という流れにある。それでも量産でつまずくのが、ベンチャーの難しいところだ。やはり、基本的には「気長に待つ」しかない。

はっきり言って、あんまり多くの人には勧めない。日本のクラウドファンディングは海外のものに比べかなり信頼度が高いが、それは最初からある程度目処がたってからスタートするからだ。またQrioの場合には、結局は開発も生産も「メーカー」であるソニーのノウハウでやっているからスムーズである、ということは間違いない。

こうした背景を踏まえて、みなさんもクラウドファンディングに一喜一憂していただければ、と思う。中には、Oculusのように「世の中を変える」製品との出会いもあるのだから。これがクラウドファンディングの醍醐味である。

 

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ

10月16日 Vol.054 <仕組み作りはタイヘン号> 目次

01 論壇【小寺】
 「日本デジタルライターズ協会」が必要なわけ
02 余談【西田】
 クラウドファンディングの「負け戦」と「醍醐味」
03 対談【小寺・西田】
 今週号と来週号はお休みです。
04 過去記事【小寺】
 家電メーカーが電気を作る時代
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと
 
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筆者:西田宗千佳

フリージャーナリスト。1971年福井県出身。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。

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