やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

「日本版DBS」今国会での成立見送りと関連議論の踏み外し感の怖さ


 現象としては「ですよねー」という感じですが、その結論に至った議論のプロセスが180度実情と違い過ぎてどやねんという案件になってしまいました。

 もちろん、ベースには解散を控えた臨時国会で、面倒な論戦になりそうな割に重要でもない政策審議に時間を割きたくないというのが本音なのかなあと思わなくもありませんが、こども家庭庁のトップに来た加藤鮎子さんからすれば「そんなもん初めから分かってたんだから旗振り役だった小倉將信さんのときにさっさとケジメをつけておいてほしかった」というのが正直なところなのかなと感じます。

性犯罪歴なし確認「日本版DBS」、臨時国会への法案提出見送り…「職種の範囲狭い」指摘も

 もちろん、ロリコンが一度犯した性犯罪を再び犯す可能性が高いよというのも一応はあるのですが、当メルマガやnoteでも書きました通り、センシティブな犯罪歴という個人に関する情報を、公教育のように国家資格に触れるものならともかく、学習塾やスポーツクラブのような単なる民間事業者に対しても照会をかけられるようにしてしまうというのは違憲でしょうというのが法学徒たる私の立場ではあります。

「再犯率の高いロリコンを教育の現場に出すな」方面の雑な人権論

「再犯率の高いロリコンを教育の現場に出すな」の人権論

 ただまあなんつーか、伴走して見物していた自民党関連議論では、武士の情けではありますがむしろ議論の論調は逆で「公開範囲が生ぬるいし、照会可能な犯罪歴も緩すぎる。これではロリコンがいろんなところで子どもに関わる仕事に就けてしまう」という内容が続発しており、実際ペーパーを見ていてもそのように書いてあるので、こりゃまた一体どうしたことだとも思うのです。

 ああいう改憲案を堂々と党として出してしまう俺たちの自民党のことですから、犯罪を犯したロリコンに対してはもちろん厳しい目が向けられるのは当然としても、しかし児童虐待で特に性的虐待というものは小学校や学習塾、保育園、学童、スポーツクラブなどだけではなく、実際には家庭内で起きていることを忘れてはなりません。特に、シングルマザーが娘づれで再婚後に再婚相手から性的虐待を受けるケースは非常に多く深刻で、これらの通報制度をどこかにきちんと設けて行政管理するような仕組みを作るほかないんじゃないのと私ですら心配になるレベルです。

 職業選択の自由やロリコン本人の犯罪歴というプライバシーの扱い方、さらにはそういうセンシティブな情報をどこまで採用時点の情報として取得せしめるかというのは非常にデリケートな問題であるから、まずはスモールスタートとして取り組んでみましょうというのが有識者会議での結論であったのは言うまでもありません。

「こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに関する有識者会議」 報告書(案)

 報告書案はかなり難渋する界隈の首の傾げ方が網羅されており、読むほどに涙なくして読めない部分はあります。ただ、犯罪歴の照会という点で言うならば、確かに見た目の再犯率が高いとはいえ実際にもっと高い小口の窃盗犯は野放しでいいのかとか無原則に枠が拡大していって、犯罪を犯した人たちは民間側がリスト化してしまって就業機会が完全に失われることだってあり得ると思うんですよ。

 さらには、一部の有力自民党議員が仰っていたことではありますが、未遂や不起訴処分となった人物も検索できるようにしようというストレートな人権侵害もあったので、こりゃ止まらないなあとも思うのです。いや、ロリコンは駄目だし、やられた側は人生取り返しのつかないぐらいの傷を負う事例なのだから社会が対応するべきという議論は分かりますよ。でも実際にはお縄にはならない家庭内での性的虐待のほうが件数で言えば間違いなく圧倒的であることを考えれば、突き詰めると女の子は家庭で生活させるなという話にすらなりかねません。

 実に危うい話ですし、それでも「やりすぎだ」という声が自民党内でもまあまああったのは救いとは言え、変な陳情やアンケートでうっかり政治問題にされてしまう仕組みはもう少し冷静に対処するべきであろうと思います。

 ロリコン性犯罪者の自殺率の高さは、単純に性的マイノリティの中でも群を抜いて高いというデータもあり、社会的包摂するにしても子どもがいるところに置いておいてはいけないし、まあなかなか大変なのも事実なんですよね。ある意味で、同性愛者よりも認められることの少ない、小児性愛持ちのむつかしさみたいなものは常に感じるところであります。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.418 日本版DBS成立見送りの背景をあれこれ考察しつつ、あまり明るくないかもしれない住宅関連金融やAI活用の行く先を念じる回
2023年9月26日発行号 目次
187A8796sm

【0. 序文】「日本版DBS」今国会での成立見送りと関連議論の踏み外し感の怖さ
【1. インシデント1】住宅価格は下がるのか? 変動ローン、国内新規融資7割の灼熱
【2. インシデント2】AIが無い未来はありえないが、人間が必要とされない未来はありえるかもしれないという話
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」のご購読はこちらから

やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

その他の記事

環境省が目論む「炭素税」の是非と社会転換の行方(やまもといちろう)
「Kindle Unlimited」日本上陸でなにが起きるのか(西田宗千佳)
なぜ人を殺してはいけないのか(夜間飛行編集部)
歩く速度と健康状態の関係(高城剛)
任天堂の役割は終わったのか スマホでゲーム人口拡大を受けて(やまもといちろう)
(1)上達し続ける人だけがもつ「謙虚さ」(山中教子)
古い枠組みから脱するための復活の鍵は「ストリート」(高城剛)
週刊金融日記 第306号【余るホワイトカラーと足りないブルーカラー、株式市場は回復の兆し他】(藤沢数希)
安倍三選と野党支持低迷時代の思考法(やまもといちろう)
『小説家と過ごす日曜日』動画版vol.001<IRA’Sワイドショー たっぷりコメンテーター><恋と仕事と社会のQ&A>(石田衣良)
ウクライナ情勢と呼応する「キューバ危機」再来の不安(高城剛)
少子化を解消するカギは「家族の形」にある(岩崎夏海)
週刊金融日記 第275号 <いまさら人に聞けないビットコインとブロックチェーン・テクノロジー他>(藤沢数希)
音声で原稿を書くとき「頭」で起きていること(西田宗千佳)
「不思議の国」キューバの新型コロナワクチン事情(高城剛)
やまもといちろうのメールマガジン
「人間迷路」

[料金(税込)] 770円(税込)/ 月
[発行周期] 月4回前後+号外

ページのトップへ