※高城未来研究所【Future Report】Vol.722(4月18日)より
今週は、富山にいます。
少し内陸に入った山側の地域では、いまシダレザクラとソメイヨシノが満開です。場所によってはライトアップされ、山里の夜を幻想的に彩っています。富山の春の風景は、都会の喧騒を忘れさせる静けさと美しさを兼ね備え、桜の花びらが風に舞う様子は、この地域の豊かな自然と人々の営みの調和を象徴しているように見えます。
近年、富山市は大自然と街が近いコンパクトシティの代表的な成功例としてメディアで頻繁に取り上げられてきました。
街中を歩いていても、荘厳な山々がビルの合間から顔を出すのは、富山ならではの光景です。
以前の富山市は「自動車依存度の高い町」と言われ、世帯あたりの乗用車保有台数が全国トップクラスまで高まり、住民の8割以上が通勤に車を使用していることから、公共交通機関の衰退と市内中心部の低密度化が問題視されていました。
また、広大な市域を持つ富山市では、郊外への無秩序な開発が進み、中心市街地の空洞化が深刻化して、行政コストの増大と環境負荷の増加をもたらし、持続可能な都市運営を脅かしていました。
そこで富山市は、路面電車を新たに用意し、廃線となる予定だったJR富山港線を活用して路面電車を使って移動ができる仕組みを整備しました。
2006年に開業した富山ライトレールは、日本初の本格的なLRT(Light Rail Transit)システムとして誕生。
明るく近代的な車両、バリアフリー対応の駅舎、そして15分間隔の高頻度運行により、廃線寸前だった路線に新たな命が吹き込まれ、利便性の高さから路面電車を利用する住民は瞬く間に増加し、市内経済の活性化に貢献しました。
しかし、富山市のコンパクトシティ政策が直面する大きな課題があります。
それが、変えようのない気候です。
バルセロナのような地中海性気候の都市と異なり、富山は日本海側特有の厳しい気象条件に悩まされています。
冬季には大量の積雪に見舞われ、歩行や自転車での移動が著しく困難になり、この気候的条件が、年間を通じた自動車依存からの脱却を難しくしています。
バルセロナは一年中温暖な気候により、徒歩や自転車での移動が容易で、街路でのアクティビティも活発に行われています。
この気候の違いが、両都市のコンパクトシティ政策の成果に大きな差をもたらしているのは間違いありません。
また、高齢者にとっては新しい交通システムへの適応も容易ではなく、長年慣れ親しんだ自家用車での移動を手放すことに抵抗感を持つ人も少なくありません。富山市の高齢化率は30%を超え、若年層の流出も続いており、交通の利便性向上だけでは都市の魅力向上には不十分です。
そこで、改めて世界のコンパクトシティ成功例を分析すると、実に興味深い共通点が浮かび上がります。
特に注目すべきは、バルセロナやストラスブール、コペンハーゲンといった成功したコンパクトシティは、どこも豊かな食文化を持っています。
これらの都市では、地域の特産品や伝統料理を提供するマルシェ(市場)やレストランが中心市街地に集積し、人々を惹きつける強力な磁石の役割を果たしているのが特徴です。
バルセロナのラ・ボケリア市場は世界的に有名で、新鮮な食材と活気ある雰囲気が観光客と地元民の両方を引き寄せています。
カタルーニャ料理の多様性と質の高さ、市場文化の活気、屋外テラスでの飲食の習慣が人々の交流を促し、まちに活力をもたらし、事実、僕自身も長年惹きつけられてきました。
そのため、同市は「スーパーブロック」と呼ばれるユニークな都市設計を採用し、9つの街区をまとめて自動車の通過交通を制限し、内部を歩行者と自転車優先の空間に変え、屋外飲食テラス空間を増やしました。
結果、大気汚染の減少、騒音レベルの低下、緑地の増加、地域経済の活性化など、多面的な良い効果が報告されています。
タパスバーや地中海料理のレストランが旧市街に点在し、夜遅くまで人々の交流の場となり、食事を楽しむという文化的習慣が、人々を街に引き寄せる強力な求心力となって、あわせて都市化を再構築しながら多くの問題を解決した世界的な好例です。
また、南半球のコーヒーキャピタルとして名高いオーストラリアのメルボルンも注目すべき事例です。
同市は「20分ネイバーフッド」という概念を導入し、住民が徒歩や自転車で20分以内に日常生活に必要なサービスにアクセスできる都市計画を推進しています。
この取り組みにより、地域コミュニティの活性化と交通渋滞の緩和が同時に実現されました。
メルボルンの場合も、多文化共生を背景とした多様な食文化が都市の魅力を高める重要な要素となっているのは見逃せません。
これに対し、富山市には質の高い魚介類など素晴らしい食材があるにもかかわらず、それを活かした食文化の発信や体験の場が中心市街地に十分に整備されているとは言い難い状況です。
コンパクトシティ、引いてはノマドシティの成功には、単に公共交通の整備や通信網の高速整備だけでなく、人々が「行きたい」と思える目的地の創出が不可欠です。
食は最も普遍的な人間の欲求であり、魅力的な食の体験は都市の求心力を高める上で極めて重要な体験要素なのは間違いありません。
さらに、パンデミック以降、急速に進むオンライン化は、都市のあり方そのものを大きく変えています。
テレワークの普及により、オフィスへの通勤の必要性が低減し、公共交通機関を基軸とした都市構造の前提が揺らぎ始めています。
オンライン化による変化は単に通勤形態だけにとどまりません。
ECの拡大は、中心市街地の商業集積の意義を弱め、オンライン教育の普及は学校という施設の集約の必要性を減少させ、テレヘルスの発展は医療施設へのアクセスの在り方をも変えています。
こうして、年々バーチャル空間での交流が増える中、物理的な「まちの賑わい」を創出することの難しさも増しています。
このような状況下では、オンライン化出来ない食のポテンシャルが、あたらしい街づくりにおいてますます重要な要素となります。
現在、物理的な距離や移動の概念が根本から問い直され、コンパクトシティ政策の基本的な前提である「集約によって効率性を高める」という考え方が、必ずしも唯一の解ではなくなってきているのは世界的な「新常識」となりつつあります。
実際、パンデミック後には「脱都市化」の動きも見られ、郊外や地方への移住を選択する人々も増え、コンパクトシティというかつてのモデルが通用しません。
桜の花が散るように、都市の形も常に変化し続けています。
富山の事例から学ぶべきは、成功した都市モデルにしがみつくことではなく、変化する社会に柔軟に適応する姿勢がその地域にあるかどうかなのだろうな、と市長選と市議会選のポスターを見ながら考える今週です。
街中では葉桜も見えはじめました。
季節が変わり、もうじき夏が始まります!
高城未来研究所「Future Report」
Vol.722 4月18日発行
■目次
1. 近況
2. 世界の俯瞰図
3. デュアルライフ、ハイパーノマドのススメ
4. 「病」との対話
5. 大ビジュアルコミュニケーション時代を生き抜く方法
6. Q&Aコーナー
7. 連載のお知らせ
高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。


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