やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

日本の研究政策をどうすんだよという話


 各方面で騒ぎになっている論文数の減少とか日本の研究開発能力が世界比較で低下しっぱなしでどうしようという話ですが。さすがに自由民主党でもかねて危機感を持っている議員さんたちが集まってあれこれ提言しておりました。

令和8年度科学技術・イノベーション政策に関する決議および量子PT提言・フュージョンPT提言

 その後、提言がめでたく官邸まで届いて「どうにかしましょうや」ということで日経その他が報じることになったわけですが… まあなんつーか、評判がイマイチよろしくなくて、そんな酷いこと提言していたかなあと思うわけです。「これが実現できるとは何の保証もないのに、どういうことなんだ」的な批判が、その辺のネットの野良ではなく日経本体のコメントにて有識者らしき人から集められていて、まあそりゃそうなんだけどさ、っていう。

自民、引用上位10%論文数「世界13→3位に」 科技計画に反映へ

 しかし… 関西学院大学経済学部教授の加藤雅俊さんって人が、わざわざ「塩崎氏のコメントには、もはや唖然とするしかない(国のいうことを大学が聞かないから?)。アカデミアにとっては、絶望的なニュースだ」とまで書いてる。よく分からないけど、この加藤さんって人はそこまですごい人なんですか?

 で、自民党科学技術・イノベーション戦略調査会が発表した提言は、日本の研究力低下に対する危機感に対して「どうにかしたい」という気持ちであることはまあ間違いありません。トップ10%論文数で世界13位まで転落し、韓国やイランにも抜かれた現状は、単なる一時的な停滞ではなく、構造的な問題の顕在化と言えるでしょう。もちろん、日本を抜いていった各国の研究開発体制は(いちいち個別には書きませんが)各国の実態を踏まえた割と着実な方針を打ち立てて実現してきた結果とも言えますから、その点で、我が国もこれらの国のやっていることをまずは最低でも理解し、取り入れられるものは取り入れていこうという他ないのではとも思います。

 この状況に対し、加藤さんの批判のように沖縄科学技術大学院大学(OIST)や国際教養大学などの成功例を引き合いに、「政府は研究者に自由度を与えつつ資金を投下する以外に方法はない」というレッセフェール型の研究開発政策を主張する声が関係者から強く上がっています。まあ、気持ちはわかる。確かに、研究の本質が創造性と自由な発想にある以上、過度な管理や統制は逆効果となる可能性があります。他方で、現在の日本が直面する課題の深刻さを考えると、単純な自由放任主義だけでは解決困難な構造的問題が山積していることも事実です。単純に、各大学各研究室を横で並べて「いろいろ学問分野を揃えました。研究したいところに来てください」と言ったところで我が国の理系トップ層はこぞって国公立医学部や生成AIなど情報工学を目指してしまうわけで、閑古鳥が鳴いている研究分野が放置されている以上、これはある程度、国が考えて「皆さん、この分野でも頑張ってください」とやらないといけなくなっている現状はあると思うんですよ。

 特に、日本の大学システムが抱える根本的な問題の一つは、私立大学の文系依存体質にあります。なんと言いますか、まあラクで楽しそうな分野ですからな。多くの私立大学が経営の安定性を求めて文系学部に重点を置き、設備投資や維持費が高額な理系分野への投資を避ける傾向が続いていて、大学経営のなんちゃらでも私学文系批判はたくさん出るけど「だってそれが学生が一番集まるうえにカネがなければ大学が潰れちゃうでしょう」と言われれば何も言い返せないわけですよ。で、理系教育の中核を担うべき国立大学は運営費交付金の削減により慢性的な資金不足に陥り、研究環境の悪化が深刻化しています。この二重の構造的問題により、日本全体として理系人材の育成基盤が脆弱化しているのです。

 最近、ようやく物価高を受けて国立大学にももうちょっと大学運営のお金を公費で出そうという話が出てきて補正予算なのか来年度予算かはまだ良く分かりませんが検討が始まりました。それはまあ構わないのですが、いまどき「コピー用紙を買うおカネにも不足があるので卒業生から募金を集めてタシにしましょう」とか「大学教員の移動に関する予算は負担できないので現地集合現地解散にしてください」など、つつましやかな経費削減策をやっている国立大学まで出る始末なのです。どことは申しませんが。

 リソースの不足という点で特に深刻なのは、原子力分野や工学分野における人材不足です。これらの分野は国家の安全保障や産業競争力に直結する重要領域でありながら、長期的な研究開発が必要で即座に収益につながりにくいため、民間企業の投資対象としては敬遠されがちで、官民連携の座組にはそもそも入っていない大学さえもあります。また、東日本大震災以降の原子力への社会的な風当たりの強さも、この分野への人材流入を阻害する要因となってしまいました。こうした状況下で、市場メカニズムに任せていては必要な人材の確保と技術継承は困難であり、国家戦略としての人材育成政策が不可欠となっています。造船を含めた一部製造業では、単独の学科として成り立たないばかりか、大学院研究科を立ててもやってくるのはベトナムやマレーシアからの留学生ばかりという状況になっていて、これはもうにっちもさっちもいかないぞという雰囲気にすらなるわけです。

 さらに問題を複雑化させているのは、数少なくなった日本人理系人材の配置の問題です。まあ、文字通り人口減少によって子どもの数が減ったぞというビッグな要因があるわけですが、優秀な理系人材は限られており、その配置を市場原理だけに委ねていては、短期的な収益性の高い分野に集中し、基礎研究や長期的視点が必要な分野が空洞化するリスクがあります。前述したとおり、子どもたちというよりは親の世代が子どもの手に職のことを考えて国公立医学部に人気が集中する日本固有の現象があることも大きな背景にあります。さらに、実際のこととして、大学当局も運営資金の確保を優先し、企業からの受託研究や共同研究など「すぐカネになる研究分野」にフォーカスする傾向が強まっています。

 結果として、この日本特有の傾向は、我が国の科学技術を根本から脅かしかねない基礎研究への深刻な影響をもたらしています。基礎研究は成果が出るまでに長期間を要し、その応用可能性も不確実であるため、短期的な成果を求める現在の研究環境では軽視されがちです。しかし、歴史を振り返れば、量子力学や分子生物学といった基礎研究の成果が後に革命的な技術革新をもたらした例は枚挙にいとまがありません。最近では、mRNAやES/iPS細胞など、画期的なワクチンの開発や四肢・神経再生といった未踏分野で価値のある研究が世界で続々と出てくるようになりましたが、日本では… という状況です。現在の日本で基礎研究に従事する人材や資金などのリソースが決定的に不足している状況は、将来の技術革新の芽を摘んでしまう危険性を孕んでいます。

 現実には、研究者の多くが研究以外の業務に追われ、純粋な研究時間が削られているという問題があります。国立大学運営費交付金の削減により、教員は教育負担の増加、事務作業の増加、外部資金獲得のための申請書作成などに時間を取られ、肝心の研究に集中できない状況が常態化しています。また、研究資金の確保も年々困難になっており、短期的な成果を求める競争的資金に依存せざるを得ない状況では、長期的視点に立った基礎研究の推進は困難です。裏を返すと、単純な研究費などリソースの不足は現象として表れている面は大きいけど、その根幹のところでは研究を進める環境づくりのところから人口動態・医学部人気も含めてメスを入れていかないとまあ簡単には論文数なんて増えんやろという結論に至るわけですよ。

 こうした状況を改善するために国が明確な計画を立てて戦略的に資金を配分していく以外に、なかなか解決策はないと考えられます。研究人材が溢れかえっているのに単にカネがないのであれば現場に介入する名でいいとは思いますがね。自民党の提言で示された科研費倍増や若手研究者への重点配分、フュージョンエネルギーや量子技術への戦略的投資などは、まさにこの方向性を示すものです。

 ただし、戦略的介入が必要だからといって、研究の自由を損なうような過度な統制は避けなければなりません。重要なのは、基盤的な研究環境を安定的に提供しつつ、研究者の創造性と自主性を最大限に尊重するバランスの取れたアプローチです。具体的には、運営費交付金の充実による基盤的研究環境の改善と同時に、競争的資金制度の改革により長期的視点に立った研究を支援する仕組みの構築が必要でしょう。

 また、人材配置の戦略性も重要です。限られた理系人材を効果的に活用するためには、国家戦略に基づいた人材育成と配置が不可欠です。原子力や工学分野など、民間投資が期待できない重要分野については、国が積極的に人材育成に投資し、適切な処遇とキャリアパスを提供することで、優秀な人材の確保を図る必要があります。そもそも原子力とか、原子炉メーカーに就職を希望しようと思えば東芝日立三菱重工業ぐらいしかない、という産業分野なわけじゃないですか。でも、その分野で論文数を増やそうとすると、最終的にはそういう出口論にもなるのですから、カネだけ撒いていれば論文数が増えるわけではない、しかし現場にいちいち政策が介入するのは問題だ、という微妙な匙加減が問われるようになるわけです。

 さらに、大学システム全体の構造改革も避けて通れません。私立大学の理系強化を促進するインセンティブ設計や、国立大学の財政基盤強化により、日本全体として理系教育・研究の基盤を底上げしていく取り組みが求められます。

 今回は何故かフュージョンエナジー系の話が出てきました。いやまあ資源のない日本からすればムーンショット的な博打を打つ必要があるんですが、原料となるトリチウムがそもそも足らんだろというのはあります。それでもなんかやるんだってことで、フュージョンエネルギー分野への千億円単位の基金設置や量子技術分野での「Quantum-Ready」な日本の実現といった、具体的な数値目標と資金規模を明示しています。ああまあそうなんですかね。これまでの日本の科学技術政策は、抽象的な目標設定に留まることが多く、実際の資金投入や人材配置において具体性に欠けていました。今回の提言では、米国のマイルストーンプログラムを参考にした競争的な資金配分システムの導入や、2030年代の発電実証という明確な期限設定など、より実効性の高い政策設計が示されていますが、政治側の熱量としては分かりますがフュージョンエナジー実現のために必要なトリチウムを調達するために原子炉を増やしましょうとかいう話になっていくのでありましょうか。

 蛇足ではありますが、ここからさらに、国際的な人材競争への対応も重要な論点です。優秀な研究者の国際移動が加速する中で、日本が「選ばれる国」となるためには、研究環境の魅力向上が不可欠です。提言では国際頭脳循環の確立を掲げていますが、これを実現するには単なる資金提供だけでなく、研究者のキャリア形成支援、家族の生活環境整備、事務手続きの簡素化など、包括的な環境整備が求められます。

 地方大学の活性化という観点も見逃せません。東京一極集中が進む中で、地方の国立大学は特に厳しい状況に置かれています。地方大学こそが地域の産業界との密接な連携を通じて、実用的な研究開発を推進できる可能性を秘めているのですが、学生の集まらない地方で無理矢理地方大学が大事だからとカネを突っ込んで延命させる意味がどこにあるのかは強く問われなければなりません。ほんとこの辺、むつかしいんすよね。提言で触れられている大規模試験施設・設備群の地方配置は、地方創生の観点からも意義深い取り組みと言えるでしょう。

 んでまあ政策屋からすれば「この提言で政策を組むとして、打ち手が成果として実を結ぶまで経年的に取り組み続けることができるのか」という最終的な問題にぶち当たります。といいますか、論文数を増やすためには若い理系人材の適切な配置と、それを育てられる教員、および研究できる環境(大学運営含め)と、考えるべきことは出口論含めて山ほどございます。これは数年取り組んでみたけどダメだったので方針転換するぞという感じの話では駄目で、本来の意味での国益、国家方針(ある意味でのNational Idea的なもの)がないといけないんだろうなあとは思っておるところでございます、はい。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.486 日本の研究政策が陥った現状を憂慮しつつ、三菱商事の洋上風力発電事業撤退や米トランプ政権のデジタル課税報復政策などに触れる回
2025年8月28日発行号 目次
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【0. 序文】日本の研究政策をどうすんだよという話
【1. インシデント1】三菱商事さんがいきなり風力発電開発計画から全部降りて阿鼻叫喚だけどまあ仕方ないよな
【2. インシデント2】いよいよトランプ政権とビッグテックが世界を相手に仕掛けてきたようにみえる件
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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