やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

高市早苗政権、何か知らんがほぼ満額回答でトランプさん来日首脳会談を乗り切る


 いやあまあ、これは満点なんじゃないのかなあという感じで終わって良かったですね、という顛末でありました、今回のトランプさん来日。皆さん何があってもおかしくないと気負いと警戒を強く抱きながら、成り行きを見守っていたのではないでしょうか。ご担当者の皆さま、本当にお疲れさまでした。

 また、なにより、高市早苗さんの初陣とも言える対米外交、またその前後のASEAN日本会合もそうでしたが、意外と無難にちゃんとやってくれるじゃないかという安心感も得られたのではないかと思います。期待感よりもやらかす恐怖のほうが関係者の中でも多くが占められていたと思うので。

 個人的には、今回の外交関係はもちろん埒外からドキドキしながら拝見していたわけですけれども、そんな懸念はさておき10月28日の東京の迎賓館で行われた日米首脳会談は、和やかな雰囲気の中で終了しました。なにより就任わずか1週間の高市早苗さんと、第2次政権下で初来日したドナルド・トランプさんとの初顔合わせは、両首脳が互いを称賛し合う場面が目立ち、見ている側として「えっ、なんだそれ」というぐらい意気投合…。んで、中身はともかく何か凄い感じの「日米同盟の新たな黄金時代」という力強い言葉で締めくくられました。えええーーー。会談後、高市さんは「大きな成果を上げられた」と自信を見せ、トランプさんもまた高市さんを「偉大な首相の一人として歴史に名を残すだろう」と持ち上げました。いいんですか、これで。まあいいんですけど。ええ。

 で、この友好的な雰囲気の背景には、やっぱりトランプさんの記憶に深く刻まれた一人の日本人政治家の存在があるようです。在日アメリカ大使館も相当に気を遣ってくれたようで、とても感謝していますが、トランプさんの念頭にあった信頼できる同盟国・日本を支える政治家。それは故・安倍晋三さんであることは間違いありません。何か知らんがトランプさんにとって、国際政治の何たるかを教えてくれて、頻繁に(忘れやすいトランプさんが方針をブレさせない目的もあって)訪米しトランプさんと世界的な問題について頭出しをして、なんとなれば不利になりがちなアメリカ外交を側面支援してくれる頼もしい友人・安倍晋三であります。トランプさんは第1次政権時代、安倍さんと本当の意味での蜜月関係を築き、ゴルフ外交()を通じて個人的な信頼関係を構築しました。

 いまにして思うと、あれは画期的だったと感じるんですよ。とにかくトランプさんの気が変わらないように、ずっとコンタクトを絶やさず、機嫌を損ねさせず、何も決まらなくていいから悪い方向に進まないようにする。そして、高市さんは安倍さんの政治的な後継者として知られていたようです。アメリカ側外交担当者も、かなり必死にトランプさんに対して「高市さんは亡くなった安倍さんの後継者だ」と繰り返し力説し、インプットしてくれていたことは本当に感謝しています。

 もちろん、日本政治の文脈からすれば安倍さん後継と言っても旧清和研究会の派閥入りを願っていた高市早苗さんは安倍さんが亡くなるまで認めてもらえず、その点では本当の意味での安倍さんの後継者こそタワシこと俺たちの加藤勝信であることを忘れてはなりません。しかしながら、そんなことはどうだっていいんだよいまの総理は高市早苗さんなんだから、ちっこい党内政治の経緯や歴史などぐにゃんぐにゃんに曲げてでもトランプさんが喜ぶ舞台装置をきちんと用意し、アメリカ側の理解と協力が引き出せるようお膳立てをしてナンボなんだから嘘も方便、使えるものは何でも使えの精神でやっていくのです。

 その点で、保守的な政治姿勢や経済政策の方向性においても安倍路線を継承する立場を明確にしていると伝えてさえおけば、細けぇ日本政治の機微やら詫び寂びなどどうでもいいトランプさんも納得してくださるわけです。そして、トランプさんにとって、高市さんは「信頼できる安倍さんの後継者」という印象で捉えられさえすれば、その認識で今回の会談における好意的な態度を引き出せると日米双方の外交担当者がしっかりと考えて臨んだものなわけです。実際、会談中、高市さんがトランプさんをノーベル平和賞に推薦すると伝えた一方、トランプさんは「JAPAN IS BACK」と記されたゴルフ帽に署名して高市さんに贈るなど、互いに相手を立てる外交的配慮が随所に見られました。正直、トランプさんが国際社会にコミットする動機なんてアメリカの直接の国益かノーベル平和賞ぐらいしかトリガーがないわけですから、唇と唇の間から声が出る限りは、価値があるないは別としてノーベル平和賞でもスポーツ平和賞でも何でも持ってきて良いわけです。実益こそが求めるものなのですから。

 喫緊の課題である経済協力については、その具体化において一定の前進が見られました。特に注目すべきは、会談後に公表されたファクトシートによって、日米間の合意内容の詳細が明らかになったことです。当初、アメリカ側からは日本による5,500億ドル規模の対米投資という大きな数字が独り歩きし、日本側が一方的に譲歩したのではないかという懸念も聞かれました。まあ、心配する気持ちはわかる。しかし、ファクトシートの内容を精査すると、アメリカ側の認識ほどには一方的に恩恵のある内容でまとまったわけではないことが確実になりました。投資案件には日本企業にとってもメリットのある相互的な要素が含まれており、関税面でも日本側の主張が一定程度反映された形跡が見られます。この内容で頑張って進めていく限りにおいて、日本はトランプ政権から一方的に見捨てられるようなことは無いのではないか、と楽観的に捉えてもいい雰囲気まで出ています。いや、油断しちゃいかんぞと思うわけですが。

 この点において、石破政権下の9月に実質的な交渉をまとめた赤澤亮正さんの功績は大きいと言えるでしょう。赤澤さんは経済再生担当大臣として、トランプ政権との困難な関税交渉に当たり、アメリカ側の強硬な要求に対して日本の国益を守る立場で粘り強く交渉を続けました。高市政権でも引き続き経済産業相に就任した赤澤さんは、今回の首脳会談においても日米間の経済協力の具体化に向けて重要な役割を果たしたと見られます。今回、高市政権の閣僚紹介で、自称タフネゴシエイターの外務大臣・茂木敏充さんよりも、明らかに赤澤亮正さんに対して親密そうに向き合い、両手で包み込むように握手をしたトランプさんにとっては毎週のようにアメリカを訪問した出入り業者のようなピストン赤澤のほうを信頼しているように見えるのも当然のことではないかと思います。

 他方で、安全保障の分野については、具体性という点で課題が残りました。なんつーか、具体的にどうするのか事務方も首をかしげる着地になったのは、込み入った話を具体的に詰める方向で進めるとトランプさんが現実に気づいて不機嫌になってしまうことを避けたんじゃないかとすら思うんですが。。もちろん、国防長官あらため戦争長官(Secretary of War)ヘグセスさんと我らが防衛大臣・小泉進次郎さんの初顔合わせは上手くいって良かったななんですが、スカジャン寄贈や謎の信長像の授与もありつつ、会談の成果として伝えられたのは、あくまで防衛費の増額と日米防衛同盟の再確認、日本による米国製武器の購入、そしてオーストラリア、韓国、フィリピンを中心とした国債防衛協力体制の確認といった、実務的な項目が中心でした。いや、日米同盟が改めて気持ちよく確認されればそれでいいんだという低いハードルを敢えて志向したという話も伝え聞きましたが、それでいいんですかねえ? 知りませんが。

 高市さんは会談で、防衛力の抜本的強化と防衛費の増額に引き続き取り組む決意を伝え、トランプさんからは理解と支持を得ました。また、レアアースや重要鉱物のサプライチェーン強化についても合意文書に署名し、中国への過度な依存を減らす方向性を確認しました。これらは確かに重要な成果ですが、インド太平洋地域全体の安全保障アーキテクチャをどう構築するかという大きな絵は、依然として不明瞭なままです。FOIPについては、あんまり議題にならなかったんじゃないでしょうか。その代わり、拉致問題がねじ込まれ、そこのところでだけトランプさんの顔色が曇ったのはちょっと気になりましたが、もしかすると、あんまりうまくいかなかった「北朝鮮」と角刈りさんを思い出してしまったのではないかとさえ邪推するところです。

 いずれにせよ、本質的な問題は、日本とアメリカが同盟国として同じ夢を見ることができるのか、そして具体的な危機が発生した際にアメリカから確実に協力を引き出せるのか、という点に尽きます。絶対的なものであるはずだった日米同盟が相対化してしまえば、台頭するというか、もうリージョナルパワーの最たるものになっている中国を制御することすら不可能になってしまいます。しかるにトランプさんは「アメリカ第一」を掲げる政治家であり、同盟国であっても無条件の支援を約束するわけではありません。今回の会談では、スローガン的に「日米同盟の新たな黄金時代」という美しい言葉が繰り返されましたが、それが具体的に何を意味するのかは明確ではありません。正直どうなるかはよく分からないが、冷たい雰囲気にならなかっただけ良かったし、しょっぱなの顔合わせとしては満点だぞというのは変わらない評価だけど今後どうしようかって言ったところでしょうか。

 大方針での合意があったとしても、何を具体的な成果とするかという点があいまいだと、「それ違くね?」となった瞬間に、さまざまな問題が噴出しかねません。今後は、そのあたりのバッファを作りながら細目を詰めていく実務家・担当大臣同士の詰め方が課題となっていくのでしょう。たとえば、一番大きな問題で言えば台湾海峡で緊張が高まった際、アメリカがどこまで日本と共に行動するのか。あるいは、経済面での投資や協力が期待通りの成果を生まなかった場合、トランプさんがどのような反応を示すのか。こうした具体的なシナリオに対する備えが十分かどうかは、今後の日米関係の試金石となるでしょう。

 前述の通り、高市さんとトランプさんの初会談は、個人的な信頼関係の構築という意味では成功だったと言えます。しかし、その信頼関係が実際の政策や危機対応においてどれだけ機能するか・機能させられるのかは、これからの両国の取り組みにかかっています。美しい言葉だけでなく、具体的な行動と成果が求められる段階に、日米同盟は入ったと言えるでしょう。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.493 トランプさん来日でまずは順調な滑り出しの高市政権を眺めつつ、メガソーラー規制強化やAIブラウザはどうしたものかと思案する回
2025年10月31日発行号 目次
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【0. 序文】高市早苗政権、何か知らんがほぼ満額回答でトランプさん来日首脳会談を乗り切る
【1. インシデント1】高市政権のメガソーラー規制強化対応で右往左往してますが私は元気です
【2. インシデント2】AIネイティブなブラウザが登場してきたことについての雑感
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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